菅田将暉主演の月9ドラマ「ミステリと言う勿れ」(毎週月曜21時~)が、惜しまれながらも、15分拡大版の12話で有終の美を飾りました。SNSでは毎回放送終了後に熱い感想が飛び交っていましたが、最終回終了後も続編や映画化を望むラブコールをたくさん目にしました。
このドラマでは、原作者である田村由美先生も絶賛されていた、久能整(くのう・ととのう)役の菅田さんをはじめ、様々なキャスト陣がコミックの人気キャラクターを体現してきました。伊藤沙莉、尾上松也、筒井道隆ら刑事チームのレギュラー陣はもちろん、永山瑛太や門脇麦をはじめ、事件のカギを握る豪華ゲスト陣の熱演が光っていました。
最終回では、整と列車のなかで出会う、美樹谷紘子役の関めぐみ、紘子の育ての母であるサキ役の高畑淳子とのやりとりでは、手紙をモチーフにしたまさかのミステリーが展開され、視聴者を圧倒。犬堂我路役の永山瑛太と、羽喰十斗こと辻浩増役の北村匠海とが対峙するシーンも見応えがありました。
12話のここにしびれた!
(これより以下、12話のネタバレを含みます)
まず、整のパートでは、サキ役の高畑さんの存在感が白眉でした。親友である紘子の母親から紘子をあずかったのは、紘子の父親のDVから逃れるためだったようですが、やがて、サキと紘子の実母が抱える秘密が明らかになります。
そのことを指摘したのが整です。いつもながら名推理を発揮しましたが、その時の高畑さんの鬼気迫る表情が圧巻でした。愛する紘子のために、2人で男を手にかけた葛藤と、それを暴かれた衝撃とがにじみ出ていて、台詞がないのに、苦悶していることが伝わってきました。
また、すべてを悟り、そういう姿を目の当たりにしても取り乱さない整の安定感もすばらしい。彼自身が親のDVの被害者であるだけに、そういう状況を達観しつつ、その悲しみに寄り添えるんだなと。
また、白石麻衣演じる我路の妹・愛珠のサディスティックで美しい魔性ぶりも秀逸。病に冒された者ならではの苦悩もにじませつつ、我路に冷たくあたるシーンのドSぶりにもそそられました。普段は沈着冷静で我路が、唯一、愛珠には頭が上がらないということで、そういうほころびが、より我路の魅力を引き立てましたね。
結局、最後に新たな謎の余白を残したことが、さらに続編を期待する声につながった気がします。これは、原作ファンとしてもドラマファンとしても結果オーライだったのでは。原作には、まだまだ面白いエピソードが多数あるので、そこはぜひ菅田さん続投での新作を心待ちにしたいです。
「ミステリと言う勿れ」としながらも本作は極上のミステリーだった!
「ミステリと言う勿れ」というタイトルって、本当によくできているなと、私は途中から、常々思ってきました。
ミステリーが大好きだという田村先生が、コミックのあとがきで「ミステリーなんて私には描けません」といった謙虚なコメントを寄せていたことは、以前にも触れました。その緻密なトリックや巧みな暗号のやりとりから「でも、極上のミステリーです」とうなる感想は、SNSでも多く寄せられていましたし。
でも今思えば、確かに本作はただのミステリーではなく、その背景にある人間ドラマにスポットを当てているので、まさにそこをずばり言い当てたタイトルだったのかと、今は声を大にして言いたいです。
本作の原作もドラマも、1つの事件の謎解きをメインにしているわけではなく、常に語られるのは、整の台詞にあるように「真実は人の数だけある」という奥深さです。整は常に加害者を一刀両断するのでなく、その犯行動機となったバックグラウンドをちゃんと考えてきました。
整の名推理によって、犯人が犯行を認めるという構図の作品ですが、「北風と太陽」でいくと、整は北風ではなく、常に太陽の役割を果たしてきました。人の心の奥にある闇や悲しみをちゃんと想像することの大切さを、彼は教えてくれたんです。
まさにコロナ禍の今だからこそ、より一層、人々の琴線にふれる作品になった「ミステリと言う勿れ」。ということで……「また、整に会いたい!」「映画でもシーズン2でもスピンオフでも、どんな形でもいいので、続きを観たいです!」と、ファンの方々の声を代弁し、この連載を締めくくらせていただきます。
文/山崎伸子
カレー好きで天然パーマの大学生・久能 整(くのうととのう)がある日、
殺人事件の容疑をかけられて…!?整の言葉に、事件の謎も人の心も解きほぐされていく新感覚ミステ
月刊フラワーズ(毎月28日頃発売)にて連載中!
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