なぜ「万引き」というの?実は「刑法」にはない用語です【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

「万引き」にまつわる2つの語源説とは?

買い物客を装い、店員や店内監視員などの人目をかすめて商品を盗み取ることを「万引き」と言います。なぜこのような行為を「万引き」というのか、ご存じですか?

多分そうだろうと考えられている語源説が、2つあります。

「間引く」からの変化

ひとつは、「間引(まび)く」から生まれたという説。「間引く」は、野菜などをじゅうぶんに生育させるために、生育の途中で間を隔てて抜き取ることです。その「まびく」に「ん」が加わり、「まんびき」になったというのです。

「時のはずみ」という意味の「間拍子」からの変化

もうひとつは、マンは「間拍子(まびょうし)」または「拍子まん」の「間」「まん」と同じで、チャンスという意味だというものです。「間拍子」は、音楽や舞踊で、リズムを生むための休拍と強弱を示す拍子のことです。これが、その時のひょうし、時のはずみという意味でも使われます。「拍子まん」は、めぐりあわせや運、調子という意味です。「万引き」はチャンスをねらってするから、チャンスの意味のマンだというのです。

確実ではありませんが、ひとつめの説の方が有力だと考えられています。ただ、「万引き」と同じ意味で、「万買(まんが)い」という語がありました。「買い」は盗むという意味の隠語です。そして「万引き」も「万買い」も江戸時代から使われていました。

江戸時代から使われていた「万引き」

たとえば、「万引き」には、「こりごりしろと万引をぶつ」という、江戸時代後期の雑俳の例があります(『俳諧觽(はいかいけい)三〇』(1831年)。「こりごりしろ」は、もう二度とやるまいと深く思えという意味です。そう言いながら捕まえた万引きをたたいているのです。場面が浮かんでくるような句ですね。

「万引き」「万買い」が同じ頃から使われていた語だとすると、「万」の方に意味があったような気もしてきます。「間引き」→「万引き」ではなく、チャンスの意味の「万」だったという説も、私には捨てがたいのです。

「万引き」は刑法では「窃盗」

ちなみに、刑法には「万引き」という語はありません。「万引き」は「窃盗」に当たり、刑法第235条には、「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とあり、この法律が適用されます。「万引き」は犯罪なのです。軽く考えてはいけません。

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神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

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