杏が「名もなき家事」に奮闘する母親をリアルに体現!『私たちの声』呉美保監督インタビュー

世界を代表する女優と女性監督たちが紡いだアンソロジー映画『私たちの声』で、日本版エピソードの監督と脚本を担当した呉美保監督を直撃。主演の杏との撮影秘話や、子育てと監督業を両立させる難しさや課題についてたっぷり語ってくれました。

国を超えた女性たちのリアルな“声”を集めた映画

©2022 ILBE SpA. All Rights Reserved.  ©WOWOW

『私たちの声』というタイトルどおり、国を超えた女性たちの“声”を集めた映画『私たちの声』が9月1日(金)に公開となりました。各国を代表する実力派女優と監督が集結した本作は、7つのショートストーリーから構成されています。本作で日本から女優の杏と共に参加したのが、『そこのみにて光輝く』(14)や『きみはいい子』(15)などで知られる呉美保監督です。

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「映画、芸術、メディアを通して女性を勇気づける」をスローガンとして掲げる非営利映画製作会社「We Do It Together」協力のもと、企画意図に賛同したキャストやスタッフ陣が紡いだのは、実際の出来事から着想を得たエピソードから、物語仕立てのフィクション、さらにはアニメーションといった様々な作品たち。Hugkumの親世代にも刺さりそうな珠玉のヒューマンドラマが誕生しました。

その中の1本である呉美保監督の「私の一週間」は、杏を主演に迎え、仕事をしながら2人の子どもを育てるシングルマザーの奮闘を描いた物語です。ご自身も本作のヒロインと同じく2児の子育て中である呉美保監督にインタビューし、本作の撮影秘話と共に、日本の子育て環境についても語ってもらいました。

――まずは、『私たちの声』に参加された経緯から教えてください。

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「WOWOWの鷲尾賀代プロデューサーから声を掛けていただいたのが2021年です。各国でジェンダーギャップをテーマにした映画を作るので、日本の監督としてどうですか?と。でも当時は上の子が5歳、下の子が0歳だったので、それまでの5年間は長編映画のお話を断っていたんです。自分でもまだ、映画の仕事ができるようなタイミングじゃないと思っていたので。

でも、そこでふと気づきました。ジェンダーギャップをテーマにした作品ということで、私自身が今、この仕事ができないと思っていること自体がジェンダーギャップなんじゃないかと。この作品をやらずして私はいつ映画を撮れるんだろうとも思ったので、お引受けしました。

――そこから脚本を書かれたのですか?

時間がない中だったので、ゼロからストーリーを作るというよりは、以前から具現化したいと思っていたことをやろうと思いました。日々、抱えている“名もなき家事”についての話です。子どもを育てていると常に時間に追われ、1週間があっという間だとよくママ友たちとも話していますが、夫に「大変だ」と言っても「何が大変なの?」と言われたりします。それは私も子どもを産むまで全く知らなかった生活であり時間の使い方でした。自分が知ったことで、いつか映像で表現したいと思っていたので、今回そこにチャレンジすることにしました。

名もなき家事の大変さに子育て中のママは共感必至!

――名もなき家事に奮闘するシングルマザー・ユキの多忙な日々を、杏さんがリアルに演じていました。杏さんのキャスティング理由についても聞かせてください。

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子を持つ母親役を、実感を持って演じてくれる人がいいなと思いました。私は杏さんと面識がなかったのですが、杏さんがテレビで育児について語る様子を観て、飾らない人だなという印象があったんです。例えば寝かしつけの時、早口で絵本を読みますとか。そういうエピソードをたまたまテレビで観ていて、すごく等身大で嘘がない人だなと思いました。この人なら、ちょっと殺伐としながらも、一生懸命前に進んでいくユキを演じてもらえるんじゃないかと思い、お願いしました。台本については、ディスカッションを重ねることができたので、想像以上のリアリティが出たと思います。

――本当にママの日常がリアルに描かれていると思いました。杏さんと子役のやりとりもすごく自然体でしたが、呉美保監督はお子さんを持ったことで、子役への演出の仕方などは変わりましたか?

そうですね。出産前にも、子どもが出る映画や広告なども撮っていましたが、確かに接し方は変わったかもしれません。例えば、撮影前に子どもの気持ちをほぐすために話をしますが、以前は大人が子どもに対して話す目線でした。でも、子どもを持ってからは、息子たちが今好きなものを一緒に観たりするので、同じ目線で話せるようになった気がします。「『ドラゴンボール』観た?」とか、友達のように話せるようになったかもしれません。

また、子どもは3~4歳ぐらいまでは、誰も手をつけられないほどイヤイヤの時がありますが、それは自分が子どもを産むまでわかりませんでした。でも、そこはもう理屈じゃないということを知り、日々育児をこなすことで免疫力がついてくるので、あまり動じなくなったと思います。今ならそういう時は待つとか、気をそらすとかできるかなと。もちろん人それぞれ個性があるから、すべてがその対応に当てはまるとは限らないですが。

自分を縛り付けている古い価値観を捨ててほしい

――劇中で、ワンオペの育児に奮闘するユキが、お掃除ロボットを見て嬉しそうな表情を見せるシーンが印象的でした。結局、多忙なユキをサポートしてくれるのは、パートナーや身内ではなく、文明の利器になってしまうのか、という点が今の子育て世代の大変さを物語っている気がしました。

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そうですね。ただ、お掃除ロボットは高価なので毎日切り詰めて生活している人は買わないと思うんです。でも、もらえたら嬉しいじゃないですか。私自身もそうだし、杏さんともよく話すことですが、ジェンダー問題とは別に、日本人女性の気質として、忙しい時にご飯を作らず、お弁当や惣菜を買って帰ったりすることが続くと、「なんかごめん!」と罪悪感を持ってしまいます。

今、パリに住んでいて、いろいろなことを経験されている杏さんが「それはけっこう日本人的な感覚かも」と教えてくれまして。確かに以前アメリカへ行ったときも、夕食をサンドイッチで済ませたりしたなと。パリだけじゃなく、3食ちゃんと火を入れたご飯を作っている国は日本くらいじゃないかとも思っています。

――確かに、日本人的な感覚はもう根付いているので抜けきれない部分があるのかもしれません。

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どうしても「子どもにはママよね」とか「ママの手料理がいちばん」と言われがちです。また、ロボット掃除機を使わないとか、食洗機ではなく手で洗わないと気が済まないとか、そういうことにがんじがらめになっている点は自分にも大いにあるので、そこから解放されたいなと。昔はお姑さんの目などがあったかもしれませんが、時代は変わってきています。買ったものが美味しければそれでいいし、子どもたちもむしろ喜ぶこともあるので、自分を縛り付けている古い価値観を捨ててほしい、という願いもこの映画に込めました。

――そういう意味で、この映画は多くの方に観ていただきたいですね。

友だちとはよく、名もなき家事から生まれるパートナーとのディスコミュニケーションについて盛り上がります。でも、それだけで終わらせるのではなく、パートナーや身近にいる人と一緒にこの映画を観ていただくことで、家事育児の作業量をより深く知り、どうすればお互いが気持ちよく生きていけるかと、考えるきっかけにしてもらえたらと思います。

『私たちの声』は9月1日(金)より公開中
監督:タラジ・P・ヘンソン、キャサリン・ハードウィック、ルシア・プエンソ、呉美保、マリア・ソーレ・トニャッツィ、リーナ・ヤーダヴ、ルチア・ブルゲローニ&シルヴィア・カロッビオ 出演:ジェニファー・ハドソン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、カーラ・デルヴィーニュ、エヴァ・ロンゴリア、杏、マルゲリータ・ブイ、ジャクリーン・フェルナンデス
公式HP:watashitachinokoe.jp

取材・文/山崎伸子

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