日本では明治以来〝単独親権〟制度を導入
欧米を中心とした諸外国では、離婚後、父親と母親が共に子どもに対して親権を持つ〝共同親権〟が多く導入されています。けれども、日本では、明治期に制定された民法819条に基づいて、離婚後はどちらか一方の親が親権者となる〝単独親権〟がこれまでずっと導入されています。
しかし、法の制定から多くの歳月を経たいま、社会や家族の形態が大きく変わってきたために、〝単独親権〟では子どもの福祉を阻害し、かつ片方の親の権利侵害をしているのではないかという意見が日本でも多く見受けられるようになりました。離婚する際に調停や裁判で激しい親権争いをしたり、親権を得られなかった親が子どもを連れ去って事件となるケースも多発しています。
そこで、国会では、それぞれの家庭の状況に適した形で〝単独親権〟とともに〝共同親権〟も認めてはどうかという審議を現在行っています。
〝共同養育〟とは、離婚や別居の状況下で両親が協力して子どもを育てていくこと
そんな中、いま注目を集めているのが、離婚後、父親と母親が協力して子どもを育てていく〝共同養育〟です。‶共同養育〟は法改正を待たずに実践できるため、近年、日本の離婚家庭で取り入れられつつあります。
しかし、〝共同養育〟を行っていくには、実際にはかなりの困難を要します。
なぜなら、離婚を考える夫婦というのは、そもそも別々の人生を歩みたいと思っているわけで、価値観の相違も大きく、どちらかというと険悪な関係にあるからです。そのため、親として子どものことは愛していても、共に子育てをしていくことを冷静に話し合うことがなかなかできないケースが多いのです。
にもかかわらず、〝共同養育〟をしようとしたとき、元夫と元妻がふたりで話し合うべきことがたくさんあります。子どもの気持ちに寄り添いながら‶共同養育〟をするための方法や詳細なルールをたくさん決めなければならないからです。
たとえば、別居をしている親と子どもはどの程度の頻度で会って、どのくらいの時間を過ごすのか。親子交流をするときは、どのような手順と方法で子どもを行き来させるのか。面会しているときに片方の親の悪口を子どもに言わないというような親のマナーをある程度決めておくことも必要です。このように‶共同養育〟をする際には、双方の親が気になることを、いくつもクリアしていかなければならないのです。
そこで今回は、そんな離婚家庭の共同養育支援を行っている一般社団法人「りむすび」の共同養育コンサルタント・上條まゆみさんに、〝共同養育〟の実例や、実際に行うときの心構えについて伺ってみました。
「りむすび」は、2017年、代表・しばはし聡子さんが自身の子連れ離婚の経験を活かして、別居・離婚家庭の手助けをしたいという思いから設立された法人で、〝夫婦が離婚しても子どもにとって親はふたり〟という思いを信条に、共同養育の実践支援を中心に、離婚前後のカウンセリングや親子交流支援、協議離婚の話し合いのサポートを行っています。
〝共同養育〟とは親と子がつながっていること! さまざまなパターンがあっていい
――「りむすび」さんが支援している共同養育には、どんな事例があるのでしょうか? 具体的に教えてください。
上條:共同親権が一般的な欧米では、離婚・別居後も子どもが双方の親と過ごすのが当たり前の風潮があります。映画や小説で描かれているように、別居している親と子どもが親子交流をスムーズにしているケースが多いようです。
「りむすび」が支援している共同養育では、もちろんそういったケースもありますが、各家庭の状況によってさまざまな共同養育のパターンがあります。
たとえば、元夫と元妻が顔も見たくなく、メールのやりとりもしたくないような場合は、親子交流の連絡仲介サポートをしたり、親子交流当日に私たちがお子さんの受け渡しをお手伝いしたりするケースもあります。また、お子さんに同伴して親子交流に立ち会うケースもあります。
お子さんの生活拠点が東京で、別居している親が北海道に住んでいるなど親子間の距離が離れている場合は、私たちが段取りを組んで、リモートで親子交流ができるように支援しているケースもあります。
このように離婚家庭の状況は本当にさまざまです。「りむすび」では、それぞれの家庭に合わせた支援をしています。
〝共同養育〟をしていく上で、何より大切なのは子どもの気持ち
――共同養育にはさまざまなパターンがあるのですね。子どもが幼い場合は、親の都合が優先される気がしますが、その点はどのように考えていらっしゃいますか?
上條:離婚理由が家庭内暴力や虐待であるなど子どもに危険が及ぶ場合は、共同養育は論外です。しかし、それ以外の場合、私たちがいちばん大事にしているのは〝お子さんの気持ち〟です。
親が離婚しても、子どもにとって親であることは変わりませんので、別居した親を慕うお子さんも多いんですよね。ところが、子どもというのは同居している親の気持ちを敏感に察知しますので、別居している親と会いたいかどうかを同居している親が尋ねると、『会いたくない』と言うケースも多いのです。
じつは、私自身も離婚家庭で育っていまして、母と同居していたのですが、別れた父親と会いたいという思いがずっとありました。でも、母に遠慮して本心を言い出せずに過ごしていたのです。ですから、共同養育の支援をするときには、まずは相談者の方たちに「夫婦間の問題と子どもの気持ちを切り離して考えてみてください」とお願いしています。
元夫への信頼がなくて私たちが同伴して親子交流をしているような場合でも、面会を重ねていくうちに親子間の交流がスムーズになって、面会後、お子さんが楽しそうにしている姿を見て、お母さんが『夫としてはダメだったけれど、親としては評価できるのかも』と思えるようになって、元夫との交流をゆるやかに受け止められるようになるケースもあるんですよね。
上條:これは私の考えですが、義務的であっても、お子さんが大きくなるまで親子の関係性を繋いでいくことが大切なのだと思います。
日本では養育費の不払いが大きな問題となっていますが、それも親子交流をしていくことで解消する可能性もあると思うんですよね。別れた親も人間ですから、子どもと継続的に会っていると愛情がわいて、養育費を支払う努力をしようとするからです。
たとえば、『中学受験をしたい』と子どもに言われて、別途、養育費を出したお父さんもいます。ですから、もしお子さんが『会いたくない』と言って、すぐに交流ができなくても、あきらめずに交流ができるようになるのを双方の親が〝待つ〟というのも、共同養育だと考えています。
両親から経済的にも精神的にも支援されながら育つのは子どもの権利
――これまで多くの事例に携わっていらっしゃる上條さんから、これから共同養育をしようと考えている人へアドバイスをするとしたら、どんなことですか?
上條:くり返しになりますが、夫婦間の問題と子どものことは切り離して考えてほしいということですね。たとえば、夫の浮気が原因で離婚をした場合などで相手に有責事項があっても、子どもの気持ちが母親の気持ちといっしょとは限りません。とくに小さなお子さんの場合は、お父さんのことを嫌いになったりしていない場合が多いんですよね。ですから、まず子どもの気持ちに寄り添って、共同養育をすることを考えてもらいたいです。
また、子どもにとって片親の悪口を聞かされることは辛いことです。共同養育をする際は、子どもの前で片方の親の悪口を言ったり、会わないでほしいというオーラを出さないように自覚して臨んでほしいと思います。
継続的に両親と交流しながら育つように願うのは、21世紀のいまは世界標準の理念です。日本政府が1994年に批准した「児童の権利に関する条約」では、第9条において「子どもは両親から引き離されない権利」があることを規定しています。そのことをまず念頭において、父母が話し合いをしていただきたいと切に願います。
――アドバイスはどれももっともなことだと思います。でも、頭ではわかっていても、なかなか実行するのは難しい気がします。
上條:相談者の方たちからも同じことをよく言われます。でも、たとえばビジネスの場では苦手な人でもいっしょに仕事をするじゃないですか。共同養育をするのは、別れた相手と仲よくするわけではありません。子どもの親同士としての関係性を再構築する作業だと考えていただきたいんですよね。
最初にお伝えしましたように、共同養育の実践の仕方は離婚家庭ごとさまざまです。父母の間に私たちのような第三者が入ることで冷静に話し合いができて、第一歩を踏み出せることもあります。悩んでいらっしゃる方は、私たちのような第三者機関のサービスを利用いただけたらと思います。
――確かに、子育てをひとりで抱え込まないことも重要ですね。親の離婚は子どもにとっても辛い試練です。しかし、そのような状況にあっても、共同養育をして子どもが両親から変わらずに愛情を受け続けながら育つことができたなら、それは子どもにとって最低限のストレスとなり、やがては豊かな心を育む大きな力になる気がします。本日はありがとうございました。
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◆お話を伺ったのは…
上條まゆみさん
一般社団法人「りむすび」の共同養育コンサルタント。結婚・離婚・再婚・子育て等のテーマをメインにフリーランスの編集者・ライターとしても活動。
公式サイト≪
YouTube≪
◆オンライン無料相談会
http://www.rimusubi.com/soudankai
取材・文/山津京子