『マリはすてきじゃない魔女』ってどんな本?
主人公のマリは、食いしんぼうでおしゃれが大好きな魔女の女の子。自分のことが大好きで、人からどう思われるかは気にしていません。しかし、魔女と人間が共に暮らすこの町では、魔女は人間の役に立つ、すてきな存在でいることを期待されています。
そんなある日、マリの住む町に大きなピンチが訪れます…。
―児童書を書こうと思ったきっかけは何でしょうか。
柚木 2年ほど前、エトセトラブックスさんから、「今の子どもに向けた児童書を書いて欲しい」というお話をいただきました。エトセトラブックスさんは、ジェンダーやセクシャルマイノリティの権利について、最新の本だけでなく昔の本も取り扱っているのですが、自分が子どもの頃に読んでいた物語を改めて読んでみると、「若草物語ってフェミニズム文学だな」とか「ムーミンシリーズはマイノリティのメッセージが込められるな」と気づかされるんです。じゃあ私が今、子どもたちに向けて何を伝える?ということを意識しながら、書き始めました。
柚木 執筆期間中に、仕事でドイツに行く機会があったのですが、ドイツは子連れに協力的な人が多かったり、主要な鉄道がLGBTQの当事者に寄り添うメッセージを打ち出していたりと、学ぶべき点がたくさんあって。
書店を訪れてみると、LGBTQに関する児童書も数多く並んでいました。日本で見るこれらの児童書は、「LGBTQについて学ぼう」「いじめにあっている当事者を救おう」というものが多い印象ですが、ドイツのものはジェンダーを学ぶことが本題ではないんですね。ふたりパパの家族が海水浴に行く話や、ふたりパパの家のバースデーなど、ひとつの要素でしかないんです。ティーン向けのライトノベルでも、セクシャルマイノリティの主人公が登場する話が、カラフルな棚にいくつも並んでいて。こういう本がたくさんあるっていいなと感じて、その経験をゲラに反映しながら物語を構成していきました。
主人公もセクシャルマイノリティの仲間たちも、特別な存在にはしない
―マリにはお母さんがふたりいて、トランスジェンダーの友人もいますよね。
柚木 そうですね。マリのお母さんはレズビアンのカップル。友人のレイは、産まれときに割り当てられた性別は男の子で、今は女の子として暮らしているトランスジェンダーです。現代の子は親世代と比べて価値観のアップデートが進んでいるので、子どもに啓蒙してあげるぞ、というよりは、ジェンダーの多様性が当たり前の前提で書きました。
また、彼らを描くとき、“セクシャルマイノリティが主人公を救う”みたいな、特別な存在としての描き方はしたくなくて。それぞれに欠点がある、普通のキャラクターであることを大事にしています。
―主人公のマリについてはどうですか?
柚木 マリについても、親の問題を解決したり、町を救ったりしない魔女にしようと思っていました。私の好きな物語で気になるのが、主人公が有能すぎること(柚木さん曰く、主人公有能問題)。
例えばアニメ版『魔女の宅急便』では、おソノさんがキキに、あれをやってこれをやって、その次にこれやって…と早口で指示するシーンがあるのですが、キキは一度聞いて理解するんです。でも、私だったら絶対理解できないなと思っていて。だから、マリは一回で覚えられない子にしようと決めていました。
シワがあるのはカッコいい
―この物語の世界では、シワが刻まれている方がカッコいいとされてますよね。
柚木 魔女というジャンルではシワがいっぱいある方が偉いに決まっています(笑)この本を読んでくれた方に好きな登場人物を聞くと、シワシワのおばあちゃん魔女のマデリンが一番人気なんですよ。
日本はいま、ダブルバインド(矛盾したメッセージの中に置かれること)で苦しんでいる面があると思います。ありのままの自分を愛そう!と呼びかけていても、身なりは極力すてきな範囲で…という前提が隠れていたり、フェミニズムに特化したメディアでもキレイになるための方法が特集されていたり。
でも、海外に目を向けてみると、年齢を感じさせる俳優さんほどおもしろい役を手に入れているし、写真のシワを補正すると「私のシワがいけないということ?」とカンカンになって怒ることがありますよね。だから子どもたちにも、傷がついていくことがクールという価値観に触れてほしいなと思っています。
―親世代は昔からの価値観をアップデートできずに戸惑うことがありますが、子どもたちには新しい価値観の中で、マリのようにありのままの自分を生きて欲しいですね。
後編では、柚木さんご自身についてや、子育てについてお聞きします!
後編はこちら≫
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お話を聞いたのは…
取材・文/寒河江尚子