家族を失ったMが命がけで伝える戦争の悲惨さ・・・知らなくても生きていける、けれど知ってほしい|映画『ガザからの報告』劇場公開

戦争を知らない世代が多くを占める日本では、今世界で起こっている戦争にもどこか他人事のように感じてしまいます。ですが、数年前にはなかった戦争が今世界では起こっていて、そこでは日々罪のない人たちの命が奪われ続けています。

映画『ガザからの報告』は、テレビでは報道されない目を覆いたくなるような戦争の悲惨さに、しっかりと向き合った作品です。「わが子の将来に戦争のない世界を」と願うのは親であれば皆同じです。辛い気持ちになる戦争の映画ですが、これが現実世界で起こっていることをしっかりと受け止め、お子さんとほんの少しでも戦争について話し合う機会をつくってみてはいかがでしょうか。

パレスチナ・ガザ地区では、今何が起こっているのか

この映画の舞台になっているガザ地区では、国を追われたパレスチナ難民の多くが住んでいます。住民の誰もそんな土地に生まれたこと、そんな生活をすることを望んではいません。11食の食事、夜はまともに眠れない、悪辣な環境と栄養不足で病気になり、病気になっても医師に診てもらえない……。現代の日本では考えられないこと。それが実際に起こっています。

イスラエルの地図(赤)
イスラエルの地図(赤)

イスラエルとパレスチナの30年間の抗争を「ガザのパレスチナ人」として括らずそこに暮らす個人を描く

2023107⽇、ハマスによる越境攻撃をきっかけに始まったイスラエルによる未曽有のガザ攻撃からまもなく1年が経ちます。この映画は、イスラエル、パレスチナの両国を⻑年取材し続けてきた⼟井敏邦監督が、30年にわたる激動の記録をまとめたドキュメンタリー。ガザで生きる民衆の“生の声”を伝える希少な映画です。

エクアクラ家の父と母(1993年)
エクアクラ家の父と母(1993年)©DOI Toshikuni 2024

『沈黙を破る』(2009年)、『愛国の告⽩』(2022年)で⾃国の加害と向き合う元イスラエル兵⼠たちの証⾔を記録してきた⼟井敏邦監督。イスラエル・パレスチナ取材歴30年の⼟井監督のもとには、2023年の107⽇以降、ガザの現地ジャーナリストMから定期的に報告が届いていました。

大切な家族を失ったMが命がけで伝える情報を受けてまとめた本作は、「ガザのパレスチナ⼈」と⼀括りにされる彼らの素顔を描き、今のガザの惨状をつぶさに浮かび上がらせます。

監督のコメントにあった、ハマスの越境攻撃(2023年10月)直後から続くジャーナリストMの現地報告(2023年)
監督のコメントにあった、ハマスの越境攻撃(2023年10月)直後から続くジャーナリストMの現地報告(2023年)©DOI Toshikuni 2024

⼟井敏邦(本作監督)のコメント

⼟井敏邦監督
⼟井敏邦監督

私は1985年以来、34年間、パレスチナに通い続けてきた。遠い国の⼈たちに起こっていることを伝えるときにまずやるべきことは、現地の⼈びとが私たちと“同じ⼈間である”と伝えることだと私は考えている。私たちはニュースが伝える数字で現場の実態を「分かった」つもりになる。

しかし、あの空爆や砲撃の下には犠牲になった⼀⼈ひとりの死の痛み、悲しみがあるのだ。遠いガザで起こっている事態を、⽇本で暮らす私たちに引き寄せるために、⻑年ガザと関わってきたジャーナリストの私がやるべきことは、そのための“素材”を提供することではないか。

ハマスによる越境攻撃から2週間ほど経た10⽉下旬から、現地ジャーナリストM12週間ごとにインターネットの画⾯を通して、現地の状況を伝えてくれた。⾃⾝も⾃宅が砲撃を受け、弟と義弟を殺されたMは、世界のメディアが伝えない市井の⼈びとの空気を私に伝えてきた。

Mが命懸けで伝えてきたその“⽣の声”を受け取った私には、それをきちんと世界に向けて伝える責務がある。この映画はそういう役割を担っている。

2部に分かれた長い本編が、人々の生活を壊し続けいつまでも終わらない現状を一層訴えかける

この作品は2部に分かれています。途中休憩が入るくらい長い作品ですが、食い入るように観てしまうのは、作品が同じ人間を描いているからでしょう。

私たち日本人が日々暮らしている生活とかけ離れたいつ死ぬかわからない恐怖、飢えと将来の希望のない生活が目の前に容赦なく見せつけられます。監督の言うように、一人ひとりの人間を描いているので、遠くの世界の出来事と思えないのです。

  • 第⼀部『ある家族の25年』(120分)

農場を経営していたエルアクラ家が故郷を追われ、たどり着いたガザ最⼤の難⺠キャンプ「ジャバリア」での暮らしを中心に描いています。⼟井監督はこの家に住み込みで約半年間取材を行いました。イスラエル軍の撤退、解放、パレスチナ⾃治政府の誕⽣。25年の歳⽉をかけエクアクラ家の⼈々の⼈⽣をみつめた本作は、「ガザのパレスチナ⼈」と⼀括りにされる彼らが私たちと“同じ⼈間”であることを伝えています。

職を失い日々トランプに興じるしかない男たちがエルアクラ家に集まる
職を失い日々トランプに興じるしかない男たちがエルアクラ家に集まる©DOI Toshikuni 2024
  • 第⼆部『⺠衆とハマス』(85分)

イスラエル国家を認めず、全パレスチナの解放、難⺠の帰還を掲げるハマス。慈善事業とパレスチナ解放をめざす武装闘争の両⾯で⺠衆の⽀持を拡げ、ガザ地区を支配するようになりますが、イスラエルの封鎖政策とハマスの悪政で⼈びとはかつてない貧困に喘ぐことになります。

ハマスの指導者やスタッフ、戦闘員、そしてガザ住⺠へのインタビューを重ね、ハマスが⺠衆から乖離していったプロセスを追い、今のガザの惨状の根源を浮かび上がらせます。

オスロ合意直後、イスラエル兵士と対峙するパレスチナ人
オスロ合意直後、イスラエル兵士と対峙するパレスチナ人©DOI Toshikuni 2024

戦争とは? この映画からその意味を読みとって家族での対話のきっかけにしてほしい

戦争とはいったい何なのか、この映画を観るとその答えがあるように感じます。戦争とは人々の暮らしを破壊し、人間らしく生きることを奪うものです。ガザの人々は今、医薬品や食料、着るものなどの物資が入ってこないため、ひどい暮らしをしています。

これから冬がやってくるのに、着の身着のままで、防寒のための衣類はほぼありません。病院も破壊され、がん患者の治療もできない状況です。すし詰めのテント生活に、感染症が広がり、攻撃での死者だけでなく、栄養不良や薬不足のため、病気で死んでいく人々も多くいます。

最低限の生活もできず、教育もまともに受けられないのです。為政者に裏切られ、希望をなくした人たちの目は空虚で、戦争の虚しさを見る人に訴えかけます。

ハマスの軍事部門アルカッサームの戦闘員(2007年)
ハマスの軍事部門アルカッサームの戦闘員(2007年)©DOI Toshikuni 2024

遠い国に住む私たちに何ができるのでしょう。何もできないからとあきらめてはいけないと思います。

まずは知ること、同じ人間として自分事として考えること。そして、周囲の人たちに伝えていくことで少しずつ戦争の恐ろしさを伝え、絶対に戦争をしないという固い決意をもち、日本が戦争に向かわないようにすることではないでしょうか。

ジャバリア難民キャンプの通り(1993年)
ジャバリア難民キャンプの通り(1993年)©DOI Toshikuni 2024

子育て世代であるHugKum読者のみなさんから、戦争の悲惨さを知ってほしいと思います。そしてお子さんともわかる範囲で戦争について話をしてください。大切な子どもの未来を守ることができるのは、みなさんだと思います。

『ガザからの報告』
10月26日(土)よりKʼs cinemaほか全国順次公開

監督・撮影・編集・製作:⼟井敏邦/整⾳:川久保直貴/デザイン:野⽥雅也、尾尻弘⼀/ウェブ広報:ハディ・ハーニ/配給協⼒・宣伝 リガード
ドキュメンタリー/2024/⽇本/205分/Blu-ray/©️DOI Toshikuni 2024

公式サイト

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取材/原佐知子

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