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「人形遊びの研究」から明らかになること
子どもの毎日の遊びに欠かせないおもちゃ。
様々なおもちゃがあるけれど、子どもにとっておもちゃのひとつである「お人形」の存在とはどんなものでしょうか?
この度、保育園で「1〜2歳児の研究 子どもの人形遊び」を行った大豆生田啓友先生にお話をお聞きしました。研究結果に出てきたのは、コミュニケーション力、想像力、思いやりなどのキーワード。
どうやらお人形遊びは思っていた以上に、子どもの世界を広げる可能性を秘めていそうです。研究レポートをまじえてご紹介します。
園で過ごす時間が増えた子どもたちと人形の関係は?
<大豆生田啓友 (おおまめうだ ひろとも)先生>
玉川大学教育学部教授。
青山学院大学大学院を修了後、青山学院幼稚園教諭等を経て、現職。 専門は乳幼児教育学、保育学、子育て支援。
『非認知能力を育てる あそびのレシピ 0歳~5歳児のあと伸びする力を高める』(講談社・こころライブラリー)など著書多数。
そもそも、人形遊びについての研究はあまり多くありません。
特に「集団保育の場での研究」は少数でした。これまで3歳未満の子どもは家庭で育てられるものだと一般的に捉えられてきたからかもしれません。
しかし、ここ数年の変化は大きく3歳児の半数が保育園に通っています。幼稚園にも3歳未満で入園することが一般的で、園を利用することが多数派になっています。
子どもにとって人形の存在、役割とは?
欧米では子どもの頃から「個の確立」を意識し、親と寝室が別なのも普通です。
親と離れて過ごす機会が多いほど、自分と一緒にいてくれる「誰か」としての人形の役割は大きくなります。テディベアなどのぬいぐるみや人形を大事にしていることが多いものです。
また、人形やぬいぐるみは「移行対象」とも呼ばれ、子どもが自立していくプロセスの中で重要な役割を果たすとも考えられています。ヨーロッパなどでは、人形が小さな友達のように尊重されているのに比べ、日本では「おもちゃの1つ」として、あまり重視されてきませんでした。
しかし今、保育園などで親と離れて過ごすことが当たり前になった日本の子どもたちにとって、人形の存在はより大切なのではないでしょうか。
保育の現場でこんな場面に出会ったことがあります。2歳の女の子がお人形に布団をかけて、トントンしながら「お母さん、早く帰ってくるからね。赤ちゃん待っててね」と声をかけていました。
その子はお人形を自分に見立てていたわけですね。自分で自分に声をかけてセルフケアをし、気持ちのコントロールをしていたと考えられます。
この研究の出発点は、人形を介して自分で自分をケアするということや、ぬいぐるみと人形の違いなど、私が問題意識を持っていたことも背景にありました。子どもたちがどのようにお人形と関わり、どのような育ちのプロセスがあるのか読み取ろう……。こうして今回の研究がスタートしました。
保育所4園で研究を実施。子どもが人形に関わる姿を保育士が記録。
園で過ごす1~2歳児クラスの子どもにとって、人形遊びはどのような意味を持つのでしょうか。研究は以下の方法で行いました。
保育施設の1・2歳児クラスに人形大小各2・計4体を取り入れる。
大=「あたしがママよ♡赤ちゃんぽぽちゃん やわらかタイプ お世話お道具つき」
小=「マシュマロぽぽちゃん やわらかタイプ」
• 対象園 東京、神奈川の保育所4園。
子どもたちが人形に関わる姿を、保育士が2か月記録。
• 期間 2020年9月中旬〜11月中旬。
• 2か月間の記録・エピソードを分析し、1歳児、2歳児の人形遊びの特徴を明らかにする。
ゆうゆうのもり幼保園 0歳児 「離れて、じ~~っ」
大豆生田先生
おもしろいことに、初めの関わり方は1歳児も2歳児も人形を初めて見た子はすぐに近付けなかったり、恐る恐る近付いていったりしました。
「ちょっと怖い」という言葉も出ましたが、これは実はとても大事なこと。
ぬいぐるみと違って、まるで本物の赤ちゃんを見たときのような慎重さを感じて、お人形を捉えていたからだと思います。
「人形(ひとがた)」と言うだけあって、人形は本物の人に近い存在なのでしょう。ぬいぐるみのようにキャラクター的なものと違って、そのリアルさに「おそれ」のような感情を子どもたちが感じているのが第1の特徴でした。
つまり、人形とぬいぐるみでは子どもの関わり方が違うのかもしれないのです。
そして、子どもたちは少しずつ人形と仲良くなっていきました。人形をとても丁寧に扱い、距離を縮めていきながら、「人」に接するように慎重に関わろうとしていました。ちょっとずつ触れたり持ち上げたり「赤ちゃん」と呼んだりして、まるで小さな友達のように親しんでいきました。
保育士 初めて見るお人形に慎重な様子でしたが、保育者が人形で遊ぶ様子を見せると少しずつ距離を詰めてきました。
鳩の森愛の詩瀬谷保育園 1歳児 「お人形、かわいいね」
保育士 その後、人形の脇を両手で持って保育者に見せにいきました。小さい子をかわいがる、思いやる心を感じました。
◆お世話をする対象から、友達のような関係へ
大豆生田先生
関わり方の2つ目の特徴は「お世話」です。子どもたちは、大人からしてきてもらったように、寝かしつけやおむつ替え、哺乳瓶でミルクを飲ませるなどのお世話をしていました。
人形を自分の分身のように捉えていること、自分が大事にされてきたように他者も大事にするということ(思いやり)の表れかもしれませんね。
3つ目の特徴は「お人形と横並びの関係」です。
慣れていくと次第に、お世話をする対象から友達のような関係になっていき、お人形と一緒に横になって寝る、ご飯を食べる、手をつなぐなど横並びの関係が見られました。
ちいさなたね保育園 1歳児 「一緒にねんね」
保育士 保育園で保育者が添い寝することはないのですが、きっと家庭で保護者がやってくれているのだと思いました。
ゆうゆうのもり幼保園 2歳児 「ミルクを飲ませてふきふき」
保育士 順番を待って、やっと使えるようになったお人形。こわれないようにやさしく扱っているのが印象的でした。
ちいさなたね保育園 1歳児 「お風呂だよ!」
※既に園にあったお風呂に入れるタイプのお人形の実例です。
保育士 ミルク、寝かしつけは見たことがありますが、沐浴は初めて。本物の赤ちゃん同様にやさしく触れていました。
ゆうゆうのもり幼保園 1歳児 「一緒に手を洗おうね」
保育士 水道の玩具で人形の手足を熱心に洗っていました。保育者やお母さんのように世話をしてあげることを楽しんでいたようです。
ゆうゆうのもり幼保園 2歳児 「おかあさんだから……とおむつ替え」
保育士 自分自身がお世話などをしてもらった経験が、人形への『やってあげたい気持ち』を育てるのかもしれません。
◆単純なお世話遊びからごっこ遊びまで
大豆生田先生
人形との遊びだけで、こんなに豊かな実践例が出てくるのかと、私たちも驚くような結果でした。
人形を「寝かせる」「抱える」「おんぶする」、人形に「ミルクをあげる」「食べさせる」「服を着せる」など、お世話をする関わりがものすごく豊かに見られたのです。
単純なお世話が多かった1歳児と比べると、2歳児はお父さん、お母さんのような役割イメージを持って遊ぶ姿が多く、遊びのバリエーションが増えました。
人形遊びがもたらす豊かな関わり、非認知的な育ち
今回の研究で、人形が子どもの自己世界を作る媒介となっていたことに気づきました。
子ども自身が辛くて寂しいから人形に安心感を求めるというよりも、「お世話遊び」など人形と豊かに遊びを作っていったり、人形を介して積極的に他者と関わっていたりしたことが印象的でした。
遊びを豊かに変えていくことが想像力や創造力など子どもの世界を広げるとともに、お世話の経験や、他者とのコミュニケーションも豊かになるなど、非認知的な育ちに通じる可能性もあると考えられます。
保育士は基本的に子どもを見守る関わりが中心でしたが、遊び方はとても多様でした。子どもが遊びに入りこんでいるときは、大人の関わりや制限がない方がいいのかもしれませんね。
非認知的な能力とは
文字の読み書きや計算などの認知能力に対して、非認知的な能力とは、コミュニケーション力、自分の気持ちのコントロール、やりぬく力などを指します。乳幼児期のみならず、その後の育ちも含めて重要な育ちであると注目されています。
お世話をする対象にも友達にもなれる「人形」
人形に対して慎重に関わる子が多く、ぬいぐるみと人形の違いが伝わってきましたね。また、人形があることで男女を問わず、子どもの遊びのバリエーションが驚くほど豊かに広がっていました。
お世話をする対象でもあり、友達のような存在にもなれる人形の役割や重要性を実感できたのではないでしょうか。
次回の記事では、人形遊びが育む「共感力」や「やりぬく力」など非認知的な力と、家庭における人形遊びの大切さについて引き続き大豆生田先生にお話をお聞きします。
文・構成/村重真紀 撮影/横田紋子