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「外側の基準」に縛られる日本の教育
高濱先生:私はこれまで、花まる学習会で30年間指導を続けてきました。花まる学習会には幼児~高校生を対象としたコースがあり、子ども達一人ひとりと長いスパンで関わっていくのが特徴です。多くの子どもと接する中で、高校生以降にイキイキと力をつけていく子、あと伸びする子をたくさん見てきました。本日は、その経験を基にお話ししたいと思います。
日本には、定職には就きたいけれど、やりたいことを見つけられない人がたくさんいます。その原因として、偏差値という「外側の基準」ばかりを意識させられ、評価されてしまう風潮が挙げられます。自分の心を見つめてやりたいことを見つければいいのに、「偏差値をあと5上げれば医学部に入れる!」などと言われ、興味と違うことをやらされてしまう。そんな、やらされ人間になってしまうのです。
あらゆる勉強の土台は「自己肯定感」
高濱先生:勉強には2種類あります。1つは、ひらがなや漢字、計算のような「基盤力」。これは、なくてはならない力ですが、早くからやらせることに意味はありません。幼児のうちから割り算をやらせるようなご家庭もありますが、慌てる必要はありません。「基盤力」はやる気があればすぐに追いつく力です。
むしろ幼児期に育てたいのは、思考力や体力、感性、人間力といった「強み」の部分です。考えることや絵を描くこと、走ることなど、その子の好きなことを集中して伸ばすことが必要です。「好き」に焦点を置かないと、前述のようなやらされ人間になってしまいます。関心事は本人の中にしかありませんので、子どもが好きなことを見つけたら集中してやらせてあげてください。
そして、長年子ども達と接してきて、これらの能力の土台が「自己肯定感」であることに気づきました。「自分はここにいていいんだ」「世界って楽しい」「お母さんは本当に私のことが好き」「嫌なことがあっても明日はうまくいく」。世の中に対してこのような肯定的な気持ちがある人は、へこんでも立ち上がり、乗り越えることができます。どんな勉強をさせるかよりも、まずは自己肯定感を高めてあげてほしいと思います。
幼児期と思春期において、親に求められるものとは?
高濱先生:子どもの成長は、およそ4歳~9歳頃の幼児期(赤い箱)と11歳~18歳頃の思春期(青い箱)では大きく違います。幼児期の子どもにとって、世界で一番大切なものは家。とりわけお母さんが大事な存在で、この時期に必要なのは「愛としつけ」です。
一方、思春期になると正反対になります。お母さんが良かれと思ってかけた言葉にも「うっせーな!」と返すなど、これまでの干渉を受け入れなくなります。一番まずいのはこの時期の過干渉。思春期以降もこれまで通りに世話を焼き続けると、将来引きこもりなどに発展することも。思春期になったら、お母さん主導の時期は終わったと思いましょう。子どもを外の世界に預ける時期です。子どもはコーチや先輩、アイドルなど、外の世界を仰ぎ見るようになります。たとえミスをしても、外で恥をかいて学べばいいのです。子どもには外に師匠を見つけてあげることが大事です。お母さんも趣味を始めるなど次の方向性を見つけ、その姿を子どもに見せると良いですよ。
伸びる子が持つ共通点は「言葉の力」
高濱先生:「あと伸びするお子さんの家庭は、他の家庭とどう違いますか?」という質問をされることがありますが、いつも「言葉がしっかりしている家庭」と答えています。
これまで多くのご家庭を見てきましたが、伸びるお子さんは、エンジンとしての言葉の力が親子共に優れていると感じます。
伸びる子の親は言葉の使い方に厳密です。子どもが言い間違いをしたとき、きちんと直してあげるんですね。例えば、「うれしい」と「楽しい」の使い方の違いをきちんと指摘できますか?
言葉を厳密に使っている親は社会的に成功している人が多いです。だから子どもの成績も良いのです。それが子どもにも引き継がれるのです。
言葉に厳密な親は、分からない言葉に出合った際、すぐに調べる傾向があります。以前、中学3年生の子ども達に「あなたの両親は、分からない言葉に出合ったときに調べていましたか?」とアンケートを取ったところ、調べていると答えた家庭ほど、子どもの偏差値が高い傾向がありました。
新聞を使って言葉の力を伸ばして
高濱先生:言葉を育てるための具体的な方法をいくつかご紹介します。言葉の力をどうやって伸ばすか考えたとき、新聞には大きな可能性があります。毎日当たり前のように読んでいる新聞ですが「こんなすごい情報が載っているなんて!」と驚く瞬間があります。
あるお父さんは、新聞の中から知らない言葉を1つ見つけ、調べることを毎日の習慣にしているそうです。子どもに対して「私は、知らない言葉をいつでも分かろうとする生き方をしているよ」という姿を見せることが大事。皆さんも新聞を活用して、言葉を大切にするご家庭にしていただければと思います。
言葉ノート
ノートに横線を引き、線の上側に分からなかった言葉を、線の下側には調べた意味や読み方を書きます。小学4年生くらいから始めると良いです。6年生になる頃には語彙(ごい)力がグンと伸びてきます。私もいまだに作っています。これは一生の財産になりますので是非作ってみてください。新聞は分からない言葉が満載の宝の山なので活用すると良いですよ。
道順遊び
子どもに、家を出てから目的地までの道順を説明させるゲームです。曲がる場所など、ポイントを押さえながら道順を説明することで、論理的思考や空間認識力も鍛えることができます。
しりとり
語彙力を増やすために、しりとりはとても良い訓練になります。言葉がすいすい出てくるのは言葉が豊かな証拠。普通のしりとりだけでなく、3文字の言葉だけを使う、食べられるものだけを使う、などアレンジするのも良いですよ。
音読打率ゲーム
算数の文章題や、国語の長文読解が苦手な子は、音読が有効です。50行を読んで「て・に・を・は」の間違いや読み落としが5個以下だったら優秀! 集中して音読をさせて精読力を上げていくことが、読解力を伸ばす力につながります。
さくらゲーム
「さくら」とは花まる学習会の教材の名前です。この教材では、講師が物語を読み、子どもがそれを集中して聞きます。どこで終わるかは分かりません。読み終えた後に「●●さんが最初に入ったお店はどこだったでしょう」など、物語に関する質問をします。全てを覚えるくらい集中して聞くことで、読解の訓練になります。授業では毎回教材を使っていますが、ご自宅では新聞のコラム欄を使うのも良いですよ。
新聞を使って本音を語る、考えをまとめる
新聞は対話のツールにもなります。
記事の深掘り
以前、中学3年生の生徒が「公民を勉強する意味が分かりません」と言うので、新聞記事を一つ選んで授業のときに毎回持ってくるように伝えました。持ってきた記事について、私が大人としての本音を語り、その子に書き留めてもらいます。同時に、自分がどう考えるかを書き添えるというワークを3か月ほど続けました。3か月後に、その子は社会で起きているニュースに問題意識を持てるようになっていました。この方法は、聞いたことや自分の考えをまとめる力も身につきます。
報告タイム
小学生の子どもには、家族団らんの時間に、今日学校で習ったこととそのポイントを説明させましょう。人に説明する力がつきますし、復習にも役立ちます。ただ、きちんと授業を聞いていなかった場合「あなた全然授業を聞いてないじゃない!」と親が怒り出すパターンになりますのでご注意を(笑)
または、子ども新聞の中から一番面白かった記事を説明させるのも良い手です。子どもが選ぶものは、記事ではなくクイズ欄でもいいのです。新聞というたくさんの情報の中から選び抜き、話をさせることに意味があります。
参加者からのQ&A
高濱先生には、参加者からの質問にも答えていただきました。
Q.5歳の子どもがいます。ブロックが大好きで、熱中しすぎてごはんや保育園を嫌がります。邪魔しない方が良いのでしょうか。
高濱先生:しつけという課題と、集中という課題がぶつかり合っていますね。自由はモラルの中にあります。人生は有限なので、終わりがあるということを教える必要があります。お母さんがおしまいと言ったらおしまい。これはしっかり教えましょう。
Q.子どもの言葉遣いを全部直していたらケンカになりそうです。間違いを正すとき、うまい言い方はありますか?
高濱先生:「~でしょ」ではなく「~って言いたかったんだよね」というように、プライドを守りながら教えてあげるといいしょう。反抗することもあるかもしれませんが、長い目で見れば間違いを指摘してもらった方が本人にとって得ですからね。
Q.子どもに新聞を読ませると「この漢字何と読むの?」とちょくちょく聞いてきます。自分で調べさせた方が良いでしょうか。
高濱先生:その子の性格や学年にもよるのですが、すぐに答えてもいいですし、辞書を引いてみせるのもいいでしょう。親は万能ではなく、分からないことがあれば調べている、という姿を見せるのが大切です。
お話ししてくれたのは
高濱 正伸
1959年熊本県生まれ。県立熊本高校卒業後、東京大学に入学。1990年同大学院修士課程修了後、1993年に「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を重視した小学校低学年向けの学習教室「花まる学習会」を設立。『小3までに育てたい算数脳』(エッセンシャル出版社)、『子どもに教えてあげたいノートの取り方』(実務教育出版)、『わが子を「メシが食える大人」に育てる』(廣済堂出版)など著書多数。
構成/HugKum編集部 文/寒河江尚子