【子育ての道を照らす佐々木正美さんの教え】生後6か月から始まる、見逃してはならない大事な赤ちゃんの行動とは?

乳児期に育まれる、社会性を育む大切な感情「ソーシャル・レファレンシング」

「三つ子の魂」という言葉がありますが、子育てにおいては幼いときであればあるほど、子どもの要求や希望が豊かにかなえられるということが、とても大切です。

乳児期、あるいは幼児期のごく早期ぐらいまでは、子どもの要求というのはひとつも無視しないで、ことごとく全部そのとおりにしてあげればいい、というくらいの気持ちが必要だと私は思います。

 

なぜなら、さまざまな研究成果がそれを裏付けているからです。なかでももっとも知られているのが、乳幼児精神医学の世界的な第一人者、ロバート・エムディの研究です。

 

彼は、いろんな環境で育った乳幼児を、思春期、青年期まで20年近くの歳月をかけて追跡観察して、どういう環境でどういう育ち方をすると、どのような人格をもった人間に育つのかということを、たんねんに調べました。

 はいはいをする頃から、自分を見守ってくれているかを確認する行動が始まります

そして、その結果、子どもが社会のルールを身につけるときに、自分を見守ってくれている大人の指示を確認しながら自分の行動を修正していくことを発見。これを「ソーシャル・レファレンシング」という感情と定義し、生後6か月から18か月の間に、親や周囲の大人たちから見守られることで、子どもの中に育まれるという結論に達しました。

生後6か月から12か月の子どもというのは、はいはいをしていたり、つかまり立ちを始める時期です。そして、生後18か月を過ぎると、やがてよちよち歩きを始めます。自分の意思で 行動範囲が少しずつ広がることで、大きな物音や見慣れないものの出現など、未知のものや恐れを感じるものに直面することが多数あります。

その都度、「どうすればいいのかな」と、親や保護者を求めて振り返るのです。振り返った時に見守る視線があり、どうすればいいかを教えてくれる。そういう過程を積み重ねて「ソーシャル・レファレンシング」は育っていきます。

 

そして、エムディは、この時期の子どもがそのように歩いたりしながら「どうしようかな」と、とまどった、あるいは恐れを感じたときに、誰も見守っていなかった経験を度重ねてきた場合、「ソーシャル・レファレンシング」が育っていかないという事実も、入念な観察により発見したのです。

 

そして、同時に、「ソーシャル・レファレンシング」が育っていない子どもは、やがて大きくなったときに非行や犯罪を犯すことが多いという事実も確認したのです。

 

なぜなら、子どもが「どうしようかな」と迷ったとき、周りの人の教えや行動を参考にしようとしても、誰も見守ってくれていなければ、社会的ななにかを参考にしようとしてもできないからです。

 

そのためエムディは、生後6か月から18か月の間に、親や周囲の大人たちに見守られ、「ソーシャル・レファレンシング」を身につけることは、将来的に非行や犯罪の最大の抑止力になるという結論を導き出しました。

多くの研究が裏付けている「乳幼児期の見守りの大切さ」

 エムディのこの研究成果は、その後、多くの研究者により裏付けが行なわれています。

 ハンガリーの心理学者、マーガレット・S・マーラーは、乳幼児の生後9か月から25か月の時期に注目し、入念な観察を繰り返すことで、この時期の母親、もしくは母親代わりになる人との十分な共生と依存関係が、その後の母子分離や子どもの自立に不可欠で、大きな意味をもつことを明らかにしています。

 

この時期に親から見守られていなかった子どもは、自分は見捨てられるかもしれないという不安な感情を心の奥底につくってしまい、それが成長していくプロセスのなかで、抑うつ的な感情「見捨てられ抑うつ」をめばえさせてしまうことを発見しました。

 

また、思春期と青年期の専門家であるアメリカの心理学者、ジェームス・F・マスターソンは、マーラーの指摘した「見捨てられ抑うつ」の感情と、「境界性人格障害」には相関関係があると発表しています。

 

「境界性人格障害」とは、思春期や青年期、成人期に多く生じる障害で、感情が不安定で薬物やアルコールなどの依存症に陥ったり、自傷行為や自殺などを衝動的に繰り返したりする症状を伴います。

 マスターソンは、この障害を引き起こす根幹には乳幼児期の見守りの欠如があるとしたのです。

 

振り返ったら自分を見ていてくれる人がいる経験や感情は、3歳や5歳でも大きな意味がある

 

 幼少期における「ソーシャル・レファレンシング」の獲得は、このように人が生きていくうえでとても貴重なものです。人間としての存在や人格の意味を問われるものだからです。

 そして、それは臨床医としての私の経験からも、エムディの説は正しいと感じています。

 「ソーシャル・レファレンシング」が身についていない子どもたちというのは、大小さまざまなルール違反や、自己中心的な行動をとり続けながら生きているケースを多く診てきているからです。

 

しかし、「ソーシャル・レファレンシング」の獲得は、乳幼児期だけに留まらないと私は考えています。

 

エムディの説はしっかりと受け止めたうえで、臨床医としての経験から、人はいくつになっても自分が見守られているという実感を持つことができれば、反社会的な行為はしないと考えているからです。

 

そして、この私の説には、エムディも共感し、肯定してくれています。今から20年以上も前ですが、日本の学会でエムディが講演をしたあとで、私は彼にこう問いかけました。

 

「エムディさん、あなたは研究者だから0歳からの赤ちゃんをみることができるでしょう。しかし、私は臨床医なので、どんなに早くても3歳の子どもからしかみる機会がありません。あなたの研究結果から考えると、子どもの人格形成をきちんとするのは、そこからでは手遅れのようにみえてしまいます。しかし、私の経験では、3歳や5歳であっても、もっと大きくなってからでも、『振り返ったら自分のことを見ていてくれる人がいる』という経験や感情は、大きな意味や価値があるのではないでしょうか」

 

すると、彼は「100%あなたに同意したい」と言ってくれたのです。

 

ただし、大きくなってからの見守りは、幼少期の見守りと違って、その効果が出るまではとても時間がかかります。そのことを覚悟して臨まなければなりません。

 

しかし、そのことを頭に留めて、見守る努力を積み重ねれば、必ず結果が現わるので頑張っていただきたいと思います。

 

私がカウンセリングを行った、反社会的な行動をした多くの青少年たちは、皆、親から見守られて来なかったことを訴えて、見守られることを切望していました。

 

そして、私や周囲の大人たちが根気よく見守ることで、少しずつですが心が穏やかになり、やがて自立していきました。

 

だからこそ、小さなお子さんを育てているお母さん方は、お子さんの今をしっかり見守って、可愛がってあげていただきたいのです。

 お母さんに愛され、甘えさせてもらった子どもは、必ずいい子に育ちます。

 子育てに休みはなく大変だと思いますが、そのことをぜひ頭の片隅に留めて、子育てにのぞんでいただけたらと思います。

 

 

教えてくれたのは

佐々木正美|児童精神科医

1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。

構成/山津京子  写真/繁延あづさ

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