「待機児童」が問題視されるようになってからしばらく経ちますが、今も保育施設に入れずに困っている子どもが大勢います。国による政策が推し進められているものの、複数の原因が絡み合っていることから早期解決には至っていません。
待機児童とは
待機児童は、日本が抱える社会問題の一つです。保育施設を利用できないことで、困っている人がたくさんいます。
中には、保育施設に入りたくても入れないにもかかわらず、待機児童の人数にカウントされないケースも珍しくありません。一体、待機児童とはどのような場合を指すのでしょうか?
保育施設に入りたいが入れない未就学児
待機児童とは「保育の必要性の認定」がされた子どものうち、保育施設の利用を申し込んでいるものの、入れていない未就学児のことです。
保育の必要性の認定には1~3号があり、待機児童に含まれるのは2号または3号の認定を受けた未就学児です。2号は満3歳以上、3号は満3歳未満で、いずれも「保育が必要な子ども」を指します。
保育施設に入れないことで「出産後に就労を再開できない」「予定していた稼ぎが見込めない」などの問題が生じています。そのため、生活苦や育児疲れに陥り、虐待や育児放棄につながるケースもあります。
待機児童数として含めないケース
保育施設への入所を希望していても、待機児童にカウントされない「隠れ待機児童」も少なくありません。
例えば、利用可能な保育施設があっても、特定の保育施設を希望しているケースです。求職活動を休止している場合や自治体の保育サービスを利用している場合も、待機児童に含まれません。
以前は、育児休暇中の場合も待機児童から除外されていましたが、2018年4月から「復職の意思を確認した上で待機児童に含める」と変更されました。ただし、育児休暇の延長が目的と判断された際には「復職の意思がない」として、待機児童に含めない自治体もあります。
増えてる?減ってる?待機児童の推移
待機児童問題が深まる中、年度別の推移にも注目が集まっています。全体の待機児童数は減少傾向にありますが、待機児童の多くが都市部に集中する深刻な課題が残っているのも実情です。
ここ数年はやや減少傾向
待機児童数は、緩やかですが減少傾向が見られます。2019年に厚生労働省が公表した「保育所等関連状況取りまとめ」によると、12年は2万4825人でしたが、19年には1万6772人に減少しました。
前年と比べて待機児童が1人でもいる自治体は増えたものの、待機児童が100人以上いる自治体は減少しています。江戸川区・目黒区・市川市をはじめ、13市区で待機児童が100人以上減ったことも大きいでしょう。
定員に対して実際にどれくらいの利用者がいたのかを示す「定員充足率」も減少傾向です。前年と比べて0.6ポイント減の92.8%という結果が出ています。
出典:【公表用】③保育所等関連状況取りまとめ(平成31年4月1日)<本体>
1歳児と2歳児の待機児童数が多い
「保育所等関連状況取りまとめ」によると、待機児童のうち75.7%が1・2歳児となっています。0歳児も含めると、全体の87.9%を占める計算です。
打開策として、0~2歳を対象とした「小規模保育所」を増やす動きが加速しています。2015年に施行された「子ども・子育て支援新制度」により、小規模保育所も自治体の補助が受けられるようになり、施設の数が一気に増えました。
しかし、「3歳の壁」と呼ばれている新たな問題も浮上しています。小規模保育所を卒園した後の「受け入れ先」です。多くの保育施設では2歳児がそのまま持ち上がるため、希望の保育施設に空きがないケースも少なくありません。
出典:【公表用】③保育所等関連状況取りまとめ(平成31年4月1日)<本体>
出典:第1部 少子化対策の現状と課題: 子ども・子育て本部 – 内閣府
都道府県別では東京都がワースト
待機児童数は、地域ごとに状況が異なります。「保育所等関連状況取りまとめ」によると、47都道府県のうちの約半数は2019年4月時点の待機児童数が100人未満です。
一方で、東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県・福岡県・沖縄県などでは、待機児童が500人以上います。中でも東京都は深刻で、3690人の待機児童を抱えているのが現状です。
申込者に対する待機児童の割合を示す「待機児童率」にも注目してみましょう。最も高いのは沖縄県で、2.8%という結果が出ています。
出典:【公表用】③保育所等関連状況取りまとめ(平成31年4月1日)<本体>
待機児童問題が起こる主な原因
年々子どもの数は減っていますが、経済的な理由やライフスタイルの変化などで保育施設を必要とする人は増えています。待機児童を解消するための保育施設や保育士の確保が追いついていないのも課題です。
共働き世代が増えたから
近年、女性の社会進出が勢いを増しています。総務省統計局の「労働力調査」によると、2019年の就業者数は前年に比べて男性が16万人増加したのに対し、女性は46万人増加しているのです。
夫婦のあり方も多様化しています。かつては「男性は外で働き、女性は家を守る」スタイルが定着していましたが、現在は共働き世帯が大半です。
年功序列型賃金制度が崩壊したことや、非正規雇用の増加などによって、夫のみの稼ぎでは生活が成り立たない家庭が増えたことが考えられます。
厚生労働省の「共働き等世帯数の年次推移」によると、1980年の共働き世帯は614万世帯でしたが、2017年には1188万世帯にまで増えています。
出典:労働力調査(基本集計)2019年(令和元年)平均(速報)結果の要約,概要,統計表等|総務省統計局
出典:図表1-1-3 共働き等世帯数の年次推移|平成30年版厚生労働白書-障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会に-|厚生労働省
核家族化
就職などで都市部に移り住む人が増えたことで、「核家族」も増加の一途をたどっています。核家族とは「夫婦のみ」「夫婦とその子ども」「父または母とその子ども」の世帯です。
一昔前は、結婚した子ども世帯と親世帯が一緒に暮らす「大家族」が多く見られましたが、近年は都市部を中心に核家族化が進んでいます。2017年の「国民生活基礎調査」では、児童のいる世帯の82.7%が核家族と判明しました。
核家族化によって「仕事に出ている間は祖父母に子どもを見てもらう」などができない世帯が増えています。その結果、保育施設の需要が高まり、待機児童の増加につながっているのでしょう。
出典:平成29年国民生活基礎調査の概況 結果の概要|厚生労働省
都市部に子育て世帯が集中
住環境や仕事を求めて、都市部に人口が集中しています。そのため、人口密度が低い地方より人が集まる都市部に待機児童が多く見られます。「待機児童が多いなら保育施設を増やせばよい」といっても、都市部では国の基準を満たすスペースを確保するのが困難です。
「子どもの声がうるさい」など周辺住民の反対を受けて、保育施設の設置を断念するケースもあります。待機児童が多い地域ほど、保育施設の設置が追いつかないジレンマに陥っているといえるでしょう。
保育士の不足
保育施設を増やしても、肝心の保育士を確保できないことには待機児童は増える一方です。保育士の人数は増加傾向にありますが、賃金や労働環境などを理由に保育士として就職しない人がたくさんいます。
また、早期退職者が多い職種としても有名です。子どもを預かる重度の責任感に加え、保護者との関係性や度重なる残業に疲弊してしまう保育士が後を絶ちません。
政府は、基本賃金の増加などで保育士の確保を目指していますが、労働環境の問題もあって深刻な状況が続いています。
待機児童解消に向けた国の動き
待機児童を解消するために、政府は受け皿の確保を急ピッチで進めています。単純に保育施設を増やすだけでなく、保育士の確保や既存の保育施設への支援など、さまざまな角度から根本的な解決を図っているのがポイントです。
2013年の待機児童解消加速化プラン
政府は待機児童の解消に向けて、2013年4月に「待機児童解消加速化プラン」を策定しました。13~17年度の5年間で、50万人分の保育の受け皿を確保することが目的でした。
13~15年の2年間は緊急プロジェクトとして「保育施設の整備」「保育士の確保」「新制度の先取り」「認可外保育施設への支援」「事業内保育施設への支援」という5本の柱を掲げました。
当時の新制度とは、小規模保育所や幼稚園での長時間預かり保育などのことです。即効性が期待できるとして、推進されるようになりました。
出典:待機児童解消に向けた取組|厚生労働省
出典:待機児童解消加速化プランについて|厚生労働省
受け皿を増やすも待機児童解消には至らず
2018年に内閣府が公表した「待機児童解消に向けた取組の状況について」によると、待機児童解消加速化プランによって5年間で約53万人分の受け皿が拡大されました。
市町村では約47万人分、企業主導型保育事業では約6万人分の受け皿を拡大し、当初の目標だった50万人分を上回る結果です。
具体的な成果としては、全国の自治体のうちの約8割が待機児童ゼロを達成しました。待機児童が100人以上減った自治体では、受け皿の増加が待機児童の改善に貢献したことがわかっています。
しかし、「待機児童ゼロ」には至らず、新たな戦略が求められることになりました。
2018年から子育て安心プランがスタート
「子育て安心プラン」は、「待機児童解消加速化プラン」の次に始まった政策です。待機児童の解消だけでなく、仕事と家庭を両立するための支援や改革も盛り込むことで、安心して子育てができる社会の実現を目指しています。
プランの目的
2018年から始まった「子育て安心プラン」の目的は、遅くても20年度末に待機児童を解消することです。受け皿を拡大する点は、待機児童解消加速化プランと共通していますが、新たに「M字カーブ」の解消が目的に挙がっています。
労働力とみなされる女性の割合を表すグラフは、結婚や出産にあたる時期に低下し、育児が一段落するころに再び上昇するというM字カーブを描いているのが特徴です。
M字カーブの解消案として、女性の就業率が80%に達しても対応できる受け皿の整備が進められています。
6つの支援パッケージ
子育て安心プランでは「保育の受け皿の拡大」「保育人材の確保」「保護者への支援」「保育の質の確保」「持続可能な保育制度の確立」「保育と連携した働き方改革」の6点を支援パッケージとして掲げています。
保護者への支援は「保育コンシェルジュ」による出張相談や、待機児童数調査の適正化といった「寄りそう支援」がテーマです。保育の質の確保の中には、認可外保育施設での事故報告や情報公表の推進も含まれています。
保育と連携した働き方改革は、仕事と家庭の両立を支援する「両立支援制度」の確立が目的です。男性による育児を推進し、育児休業制度のあり方についても検討されています。
早期解決が望まれる待機児童問題
働く女性が増えたことや、都市部への一極集中などが理由で、待機児童は今もなお問題になっています。待機児童数は年々減少しているものの、都市部を中心にまだまだ深刻な状況です。
政府も本腰を入れて政策に乗り出していますが、保育施設の設置や保育士の確保が追いつかず、長期戦に突入しています。働きたいのに働けないと困っている人のためにも、少しでも早い解決が望まれます。
構成・文/HugKum編集部