建築家・安藤忠雄さんに聞く「こども本の森 中之島」設計への思い。【発育のススメ】

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教育と訳されるeducationの語源はeduce。「能力や可能性を引き出す」という意味です。本来の意味を知る福沢諭吉はeducationを「発育」とすべきと主張したそう。この連載では、教える側ではなく学ぶ側を主体とした発育をコンセプトに、最先端の教育事情を紹介します。

安藤忠雄さんがつくった「こども本の森」とは?

2020年3月、大阪・中之島に「こども本の森 中之島」がオープン。建築家の安藤忠雄さんが設計・建設し、大阪市に寄贈した文化施設です。安藤さんがなぜこの施設をつくったのか、日本の子どもの教育についてどう考えているのか、話を伺いました。

ご自身の子ども時に本や芸術に触れなかったことがハンデだと感じて

「こども本の森 中之島」を設計した建築家の安藤忠雄さん

 

「私は、子ども時代を大阪の下町で過ごしました。当時、自宅に本棚がある家庭は少なく、美術書や文学書、クラシック音楽とは無縁の世界で育ちました。建築に興味を持ったのは中学生の頃。自宅を平屋から2階建てに改築したのですが、大工さんが一心不乱に働く姿が印象的で、建築の仕事はおもしろそうだと思ったものです。

とはいえ、経済的な理由もあり、大学へは行かず、20歳の頃からアルバイトをしながら独学で建築の勉強をしました。20歳ともなると、子ども時代に本や芸術に触れなかったことがハンデであることがわかってきます。私の場合はそこから本を読んで自分なりに知識を身につけたのですが(※安藤さんは、独学で一級建築士の資格を取得しています)、小・中学生のときに本を読まなかったことで損をしたなと感じたことから、子どもたちが自由に本を読める場所をつくりたいと思いました。それが『こども本の森 中之島』をつくったきっかけです。

『こども本の森』では、机や階段に座って本を読むことはもちろん、建物の外に持ち出して木の下で読むのも自由。好きな本を手にとって好きな場所で読むことで、10人にひとりでも本に親しみを持ってくれればいいなと考えています。

今の子どもたちにはゆとりがなさすぎるのでは…

小・中学校時代にまったく本を読まずに過ごした私ですが、おもしろいことを探そうという気持ちは人並み以上にありました。宿題は学校で終わらせるタイプで、家ではまったく勉強しなかったので、放課後は自由な時間。淀川に魚をとりにいったり、近所の子どもと野球をしたり、毎日「何をして遊ぼうか」と工夫していました。当時は、勉強ができる子だけでなく、けんかが強い子もリーダーになる時代。子ども同士の対話の中で、多様な人間関係を学ぶことができました。

でも近頃は、偏差値教育に基づいて、同じような人間を育てていることが気がかりです。ひたすらに知識を詰め込む教育を押し付けられ、放課後に自分の時間がない子が多くいます。塾や習い事など、決められたスケジュールでいっぱいになっていて、自由に本を読む時間すらないのではないでしょうか。

子どもには、子どもにしかできない遊びや体験が必要

幼少期に本を読むことが大切だと身をもって体感しましたが、子どもには子ども時代にしかできない遊びや体験も必要です。3歳なら3歳にしかできない遊び、6歳なら6歳にしかできない体験があります。子ども時代に十分子どもをしなかった子が、心が強い大人に成長することはありません。成長のプロセスを経ずに、ひたすら知識を詰め込む教育では、自分で物事を考えられる、自由で勇気のある人にはならないのです。

今は、親が過保護になりすぎて、子どもの体験を奪っているようにも思えます。りんごの皮をむいて食べさせることだけが親の役目ではなく、まるごとのりんごを食べるためにはどうすればいいか考えさせるのも親の役目。自分で包丁でむくことができないなら、皮ごとかぶりついて食べればいいのです。私もそうでしたが、勉強がだめなら自分なりのやり方を見つければいい。「〜がなければ、あきらめる」ではなく「〜がないなら、考える」という子に育てるのが教育ではないでしょうか。

子どもには、知識も体験も同じように必要です。ただ、先に知識だけを詰め込んでしまうと、頭で理解した気になって、行動をしなくなってしまいます。まず行動し、体験を重ねることで、好きなことや学びたいものに反応する力を身につけることができるはず。自分で行動をすると失敗も多くありますが、その中で自分の頭で考える力や、学びたいものに反応してつかみとる力を身につていくものです。

「こども本の森 中之島」には、大きな青りんごのオブジェを置いていますが、青りんごは、青春のシンボルです。私自身、いくつになっても挑戦を続け、子どものように青いまま、未熟なままでいたいと思っています。

「こども本の森  中之島」はこんなところ

これからの未来を託す子どもたちに、読書を通じて「生きる力」や「考える力」を身につけてほしいとオープンした、子どものための図書館。名誉館長は山中伸弥さん、本のセレクトは幅允孝さんが担当。寄贈含め1万5000冊以上を蔵書。

オフィシャルサイトはこちら≪

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本の森を舞台にした絵本『いたずらのすきな  けんちくか』

作/安藤忠雄、絵/はたこうしろう(小学館)

 

「こども本の森  中之島」のオープンにあわせ、本の森を舞台にした絵本も発刊されました。館内の案内を通して、建築家の仕事や安藤さんの建築に対する思いを知ることができる構成になっています。

 

設計者・安藤さんの深い思いがこめられた「こども本の森  中之島」。子どもと本の関わりや、子ども時代の実体験の大切さに思いを馳せつつ、機会があればぜひ出かけてみてください。

お話をうかがったのは…

東京大学名誉教授
安藤 忠雄

1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年「安藤忠雄建築研究所」を設立。代表作に大阪府茨木市の「光の教会」、香川県直島町の「地中美術館」など。1997年から東京大学教授、現在は名誉教授。

「発育のススメ」は『小学一年生』別冊HugKumにて連載中です。

記事監修

雑誌『小学一年生』|1925年の創刊の国民的児童学習誌

1925年の創刊以来、豊かな世の中の実現を目指し、子どもの健やかな成長をサポートしてきた児童学習雑誌『小学一年生』。コンセプトは「未来をつくる“好き”を育む」。毎号、各界の第一線で活躍する有識者・クリエイターに関わっていただき、子ども達各々が自身の無限の可能性に気づき、各々の才能を伸ばすきっかけとなる誌面作りを心掛けています。時代に即した上質な知育学習記事・付録を掲載しています。


『小学一年生』別冊HugKum2020年5/6月号 写真/中村力也 構成・文/山本章子

 

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