新時代教育のキーマンに登場していただく対談連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第2回のゲストはTech Kids School(テックキッズスクール)の上野朝大さんです。前編では、人気No,1プログラミング教室・Tech Kids Schoolで学べることについて、中編では、ITのリスクや対策を考え、さらにプログラミングを学ぶことで子どもの将来の可能性がどう変わるかについてお聞きしました。後編では学校でのプログラミング教育の問題点や気になる今後のプログラミング教育の未来について、讃井さんと熱く意見を交わしていただきます。
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公教育のプログラミングの問題点
保護者の持つべき視点
讃井:学校教育はこの時代に学んでほしいことの最低限のものを保障することが第一に求められます。そして、国のカリキュラムである学習指導要領の改定は10年に一度ですから、学校教育の内容変化はとても緩やかです。2000年くらいまでは、テクノロジーの進化と学校教育のギャップが小さかったかもしれないですけど、だんだんそのギャップが大きくなっています。テクノロジーの進化がものすごい速さで進むと、社会で本来必要な知識・スキルと学校で学べる知識・スキルとの差分が、どんどん大きくなっていきます。
保護者の視点として「テクノロジーについては、学校だけで今必要な知識・スキルを全て埋めるのは無理」という考えを持っていたほうがいいと思っています。
低い天井を設けている公教育の現状
讃井:学校で年配の先生がお持ちになっている抵抗感は、保護者の方も気をつけなきゃいけないポイントだと思っています。
たとえば、中学校で先生が教えられる範囲でプログラミングの授業を行うと「先生、これもう小学校でやったよ」ということが実際に起きはじめています。自宅でも、子どもが「やってみたい」「面白そう」といっても、親がわからないからやらせられないとなるととても残念です。
さらに「小学生だからスクラッチまでだよ。iPhoneアプリのプログラミングなんてできるわけない」などと大人の固定概念によって、子どもたちの学びに「低い天井」をつけことはやめてあげてほしい。保護者に対して一番気をつけてほしいことです。
上野:低い天井のことは、私も国に対して非常に強く思っています。
2017年ぐらいまでは、公教育に対して私も期待を持っていました。必修化して、すべての子どもたちに対して今後プログラミングを学ぶ機会を与えていくべきだと、期待と希望を持っていました。ところが、現状では率直に小学校におけるプログラミング教育に過剰な期待は持っていないというのが本音です。
プログラミング「的思考」には弊害がある?
必修化したのになぜやらない?
上野:その最大の要因は必修化の方針として打ち出された「的思考」です。プログラミングの技術習得は目的ではなく、他の教科の中でプログラミング的思考を養うというものですが、その方針自体が、上限をかなり低く決めてしまっているように感じています。
私からすれば、プログラミングを小学生からやる最大の意味は「テクノロジーを用いた課題解決の発想ができるようになること」で、それには一定の技術の習得が必要ですので、技術は学ばないけど、考え方はできるようになってほしいという「的思考」という考え方は、いいとこ取りをしたい発想に見えています。実際それは無理なんですよ。その他の教科の中でふんわりとテクノロジーのことを学んで行こうというのはやっぱり中途半端で。技術そのものから逃げるべきではない。「二兎を追うもの一兎をも得ず」状態に現になっているだろうと思います。大人の様々な事情でそうなったのもわかりますけど、次回の学習指導要領改定までの間に10年も経過するわけです。もう公教育に過大な期待を抱くのはやめて、民間からいいものを届けようという思いに変わってきました。
讃井:小学校のプログラミング教育については私も同じ問題意識を持っています。
例えばですが、仮にある国が国力を高めるためにサッカーを必修化しました、という話があったとします。普通に考えたら「じゃあ、サッカーみんなでやるんだな」と思いますよね。ところが「いやいや、学校の先生方、安心してください。いきなりやるのは大変なのでサッカー的思考力を身につければ大丈夫ですよ。 サッカーという教科が新しくできるわけじゃないし、サッカーボールが別に無くても出来るし、サッカーを必ずやれってことじゃないんですよ」って言われたら「いやいや、サッカーやらせた方が早いよ!」って思いますよね(笑)?
それと同じことが小学校のプログラミング教育では起きているわけです。
他教科の中でプログラミング「的思考」を学んでいるのは日本だけ
上野:あらゆる教科でプログラミング的思考を散りばめるから、例えば体育でもプログラミングしようということになり、ややもすれば滑稽にも見えてしまう授業も散見されます。例えば、マット運動×プログラミングだったら、AくんとBくんが二人組で、Aくんが人間、Bくんがロボットであるという設定です。AくんはBくんにマットの上で前転をさせるべく「まずマットに両手をついて、つぎに頭をついて、・・・」とあれこれ指示を出します。その活動の中で、ロボット(コンピューター)に対して論理的に指示を出すことの難しさを知り、「あー難しいなあ。これがプログラミングだよ」みたいなことです。
プログラミング的思考になっているといえばなっているのでしょうが、それより体育の授業ではマット運動をバッチリできることをまず優先した方がいいんじゃないかと思う。本来の教科の学びを、意図せずして蔑ろにしてしまっているのではと。
それを正当化してプログラミング「で」学ぶ、と言う人達もいますけど、手段が目的化しちゃっている。諸外国でもそういうことやっているところはほとんどないと理解しています。まさにプログラミング教育の「ガラパゴス化」ですよ。だから次の指導要領改訂を見据えて、プログラミングを学ぶならやっぱり教科にしましょうよという働きかけが必要だと思います。
讃井:プログラミングは何かの課題解決のための手段です。しかし、プログラミングは手段だと言い過ぎると、それによって本当に達成したいことからも遠ざかっていきます。結局、プログラミング「で」学ぶのではなく、プログラミング「を」学ぶ方が、これからの社会で必要な力を身につけるという目的の達成に近いと思います。
ただ、今の小学校のプログラミング教育は、 全く何もやらないよりはいいと思っています。2020年にプログラミングが必修化したこと自体は前進です。しかし、それがベストだという考え方は絶対しない方がいい。本来は教えられる先生や環境があれば、小学校段階からしっかりとプログラミングをして、身近な課題解決をする体験を入れた方がいいと思います。
2030年、プログラミング教科化へ向けて必要なこと
テクノロジーを学ばないとまずいという危機感を持つべき
讃井:2030年の学習指導要領改定へ動き始めるとすればもう今ですね。政策論としては、学校での実現可能性と本来やりたいこととの間に着地させたのが現在のプログラミング教育必修化だと考えています。そんな文科省の意図は理解しつつも、あくまで妥協の産物だということをちゃんとみんな理解した方がいいと思うんです。
僕は文科省が悪いと必ずしも思っていなくて、文科省がぐいっと押すだけの世論の後押しや理由付けを日本はその2020年段階ではできなかったわけです。これは日本国民の敗北。どう考えてもテクノロジー教育はこれからの国力を決めるとわかっているのに、プログラミング教育の時間を取ることすらできなかった。すごく残念なことだと思っています。
でもそれはプログラミング教室がいまだニッチな習い事であり続けることとも重なります。保護者を含めてまだ国民全体が「テクノロジーをもっと学んで行かなきゃ、この国はまずいな」という危機感が足りてないということです。テクノロジーは子供たちの人生を大きく花開かせる素晴らしい可能性がある、というワクワク感をしっかりと保護者の方や学校関係者にも伝えていって、学校でもやらなきゃダメでしょうと思ってもらう必要があります。次の2030年に向けてはそういった世論形成もしていかなきゃなと思います。
上野:そう思います。我々はサイバーエージェントの子会社として、ITの重要性を子どもに伝えていくという社会的使命を果たすべく努力してきました。その広報を進めていく中で、世論の形成とか機運の醸成ということをやっていかないとなかなか変わらない。世論の醸成をしたからこそ必修化され、必修化されたからこそ機運が高まって、ある種キャッチボールをしながら民間からの盛り上げと文科省からの働きかけというのがもっと早いスパンで回っていくといいんですけどね。
あとは、「妥協の産物だ」っていうことをはっきり言っていただければ、みんなバタバタしなくていいのになと思います。建前だとしても、学校の理屈で本来の意図が変わってしまうのは残念です。こうして、我々は公教育に対するある種の憤り(笑)をエネルギーとして、意地でも民間で成し遂げてやろうという気持ちでやっている部分もあります。公教育に盲目的に追随したり、過剰な期待を押し付けるのではなく、公教育と民間教育が役割分担し、相互補完的に取り組むことが重要だと考えています。
プログラミングの可能性を正しく知ってもらう
讃井:そうですね。私も今回の必修化は妥協の産物だと思っていますけど、必修化を上手く活用したいとも考えています。学習指導要領の範囲の中でなるべく体験を上寄せしていきたいと思っています。
ひとつは内容面の上寄せで、Tech Kids Schoolでやっているようなプログラミングの内容を、例えば総合的な学習の時間にやる事例を作っていきたいです。
ふたつめは「プログラミング的思考で良いのだから、プログラミングをやる必要はない」と考えている人たちの視界をやっぱり元々の目的に持っていきたいですよね。目的はプログラミングじゃなくて、生きる力を育てるとかこれからのテクノロジー社会の中で子どもたちが問題解決をしていくことです。
僕たち自身の力不足で反省しているのは、プログラミングで学べることってまだすごく小さく見られてるんだなということです。「スクラッチできるんでしょう」「ホームページの作り方わかるんでしょ」ぐらいに思われている。でも、実際は全然違うじゃないですか。プログラミングを学ぶと本当にいろんな力がつきます。
特に作品を一回作って欲しいですね。例えばTech Kids Schoolの卒業生で、ライフイズテックに通っている中馬慎之祐くんが作った『allergy(アレジー)』も素晴らしい作品です。
卒業生が作成した「アレルギーのある人のための翻訳アプリ」
讃井:中馬くん自身に食物アレルギーがあって、海外で食事に行ったときにそれをお店の人へ伝える難しさを経験をしました。「自分のように海外に行ったときに同じような悩みを抱える人がいるかもしれない」と彼は考えたそうです。
これをきっかけに、彼が開発したのが『allergy(アレジー)』です。料理のアレルゲンの有無を視覚的に確認できて、英・仏・中・韓をはじめとした11言語・9アレルゲンに対応している翻訳コミュニケーションアプリです。このアプリを作ることで、彼は自分で課題を設定し、アレルギーや言語について調べて、デザインの領域も学んで、プレゼンする方法も習得したわけです。プログラミングで物を作ることって、実はすごく学びが広がる体験になるんです。この感覚をもっと多くの人に感じて欲しい。
▼中馬慎之祐くんの作品はこちらをチェック!
Tech Kids School 生徒・卒業生の実績「中馬慎之祐」
上野:仮に作品を作って、それを表現する手段が紙だったら、学校の先生もきっと抵抗感なく受け入れると思うんですよ。ただそれがテックな手段になっただけで、急に抵抗感を示されることがある。でも紙よりも、ウェブやアプリの方がわかりやすさ、使いやすさがぐっと上がるというケースは多い。テクノロジーを活用すれば、今までより良い表現ができるし、目的である課題解決にだってより寄与できるはずです。そのことを理解して欲しいと思うんです。
僕たちもプログラミング教育を通して、ITを学ぶことの重要性を伝えながら、世論の形成をもっともっとしていきたいですね。
◆対談を終えて
上野さんとの対談では「これからの子どもたちは、テクノロジーを手段として自由自在に使えるテックキッズになる」という言葉が印象的でした。親世代である私達が子どもだった時代と今とでは、子どもたちができることは全く違っています。小学校のうちにiPhoneアプリを開発したり、3Dゲームを作る子たちがCA Tech Kidsには沢山いるわけですが、それはたった10年前でも考えられなかった光景です。 大人である我々は今の世代の子どもたちがどれくらいのプログラミングができるかを知りません。実際やらせてみないと誰にもわからないからです。それなのに、大人は前時代の固定概念で子どもたちができることを決めつけてしまい、成長を阻害する「低い天井」をつけてしまいがちです。
これからはテクノロジーを使わずに生きていくことはできない時代。この時代の子どもたちの可能性を大人の都合で狭めてしまうのではなく、いかに可能性を広げていくかという視点でプログラミング教育について考えていくことが大切です。
讃井康智
プロフィール
上野 朝大
立命館大学国際関係学部卒業。2010年、株式会社サイバーエージェント入社。アカウントプランナー、Facebookマーケティング事業部長、新規事業担当プロデューサーを務めたのち、2013年5月サイバーエージェントグループの子会社として株式会社CA Tech Kidsを設立し代表取締役社長に就任。
一般社団法人新経済連盟 教育改革プロジェクト プログラミング教育推進分科会 責任者。文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 基本問題検討WG」委員。情報処理学会、日本産業技術教育学会、日本情報科教育学会、コンピュータ利用教育学会 会員。
Tech Kids School(テックキッズスクール):小学生のためのプログラミングスクール。2013年に設立され、延べ3万人以上の小学生にプログラミング学習の機会を提供。プログラミングの知識や技術を身につけ、設計する力、表現する力、物事を前に進める力などの力を育み、「テクノロジーを武器として、自らのアイデアを実現し、社会に能動的に働きかけることのできる人材」の育成を目指しています。https://techkidsschool.jp
プロフィール
東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。
撮影/五十嵐美弥
写真提供/CA Tech Kids
文・構成/HugKum編集部