シラス台地の場所と特徴
シラス台地は、鹿児島県鹿屋市にある笠野原を筆頭に、南九州に広く分布しています。
まずは、シラス台地という名前の由来と、台地の成り立ちについて確認しましょう。
そもそもシラスとは?
「シラス」という言葉の由来は、「白い砂」であるといわれています。この白い砂の正体は、火山の噴火によって降り積もった火砕流・火山灰などの堆積物です。
しかし、全国にある同じような台地を全てシラス台地と呼ぶわけではありません。鹿児島県では白砂を「シラス」と呼ぶ風習があったため、「シラス台地」という呼称が生まれたようです。
シラスには資源としての利用価値もあり、屋根瓦や工芸品の材料として使われています。
どうやってできたの?
鹿児島と噴火が結びつくと「桜島」が連想されますが、シラス台地を作ったのは桜島の噴火ではありません。
約2万9000年前、錦江湾(きんこうわん)の名で知られる鹿児島湾北部のあたりで巨大な噴火が起こりました。この噴火により「姶良(あいら)カルデラ」というへこんだ地形が作られたのです。

周囲には火砕流が押し寄せ、上空からは火山灰や小石が降り、広範囲にわたって台地を形成しました。やがて川の水が土を削り、今のようなシラス台地になっていったとされています。
なお、巨大噴火の3000年後、再び姶良カルデラの一部で噴火が起こった際に桜島が形成されました。

どんなものが育つの?
シラス台地が水分を保持しにくい性質ということもあり、「不作の土地」というイメージを持つ人もいるかもしれません。しかしその代わりに、シラス台地では乾燥に強い作物の栽培が盛んに行われているのです。
主な農作物
シラス台地では昔から「サツマイモ」「大豆」「菜種」といった農作物を栽培してきました。特に、サツマイモの生産量は鹿児島が全国で断トツのNo.1となっています。
サツマイモは水はけのよい土地を好むため、保水性が低くサラサラしたシラス台地の土壌がぴったりなのです。
現在では、台地に水を届けるダムや水路も建設されたため、「茶」「サトイモ」「キャベツ」といった農作物も栽培されるようになりました。
畜産も盛ん
シラス台地では農作物だけではなく、畜産物も生産されています。代表的な畜産物は「鹿児島黒牛」や「かごしま黒豚」です。
鹿児島黒牛は、地元で飼われていた品種に選りすぐりの品種を掛け合わせることで生まれました。その味わいは、2017年に「全国和牛能力共進会で日本一」に輝くほどです。
「かごしま黒豚」は、1609年に沖縄から鹿児島に伝わりました。繁殖に手間がかかるため希少とされており、ほのかな甘みと柔らかな食感が特徴です。
シラス台地で採れたサツマイモを飼料に混ぜ、よりコクのある肉質に仕上げているということですから、まさにシラス台地ならではの味といえるでしょう。

九州南部最大のシラス台地「笠野原」の歴史
最後に、水源の確保によって大きく変わった笠野原の歴史について紹介します。
かつては不毛の地だった
台のような形をしているとはいえ、台地は真っ平らなわけではありません。最大のシラス台地である笠野原を例に取れば、南部こそ標高20m程度ですが、北部となると標高180mにもなります。
暮らしには水が必須ですから、人々は井戸を掘って水を得ていました。しかし、標高が低い場所ならばともかく、高い場所では井戸から水をくみ上げることも不可能だったのです。
生活用水にも困っていたため、農作物に与えられる水も限られます。豊富な水が必要な稲作や野菜の栽培ができなかったため、笠野原は「不毛の地」とされていました。
水の確保から始まった土地開発
シラス台地を有効利用するため、1920年頃から本格的に笠野原の開発が始まります。しかし、水を得るために多くの労力が割かれていたため、開拓はスムーズに進みませんでした。
そこで、「水の確保」が開発の最優先事項とされたのです。笠野原で最も高い場所に高隈川系の水を引き込んだ浄水池を建設し、そこから鉄管を通して各地に水が供給されるようになりました。
67年には国の事業として建設されていた高隈ダムが完成し、生活用水だけではなく農業用水も確保されたのです。

鹿児島県内でも有数の畑作畜産地帯に
大規模なかんがい工事が行われ、笠野原はいつでもスプリンクラーから出る水で田畑を潤すことができるようになりました。
トウモロコシなどの飼料となる作物も栽培できるようになったため、鹿児島は今では国内でも指折りの「畜産王国」でもあります。
広大なシラス台地に水を通すことで、笠野原は鹿児島にとって重要な畑作畜産地帯となったのです。

シラス台地は日本にとって重要な食品生産地に!
遠い昔の火山活動によって形成されたシラス台地は、火山灰土壌であるため保水性が低いのが特徴です。そのため、昔は乾燥に強い作物だけしか栽培できませんでした。しかし、水路が整って以降は世界に誇る高級畜産品も生産できるようになりました。シラス台地はもはや不毛の地ではなく、日本にとって重要な食品生産の拠点となったといえるでしょう。
文・構成/HugKum編集部