ガンダーラ美術の歴史をひも解こう|グプタ美術との違いとは?【親子で歴史を学ぶ】

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地域としての「ガンダーラ地方」は、現在はほとんどがパキスタンの領土にあたる

 

「ガンダーラ美術」は、古代インドの仏像に見られる美術様式です。2000年近く前の仏教美術ながら、現代に生きる私たちが目にする仏像や大仏の姿にも大きな影響を与えています。ガンダーラ美術の概要や歴史、グプタ美術との違いについて学習しましょう。

ガンダーラ美術とは

ガンダーラ美術とは、ガンダーラと呼ばれる地域で興った美術様式です。まずは、ガンダーラ美術の基本的な情報を学びましょう。

そもそもガンダーラって?

「ガンダーラ」は、紀元前6~11世紀にかけて栄えた古代王国です。現在のパキスタン北西部・ペシャーワル周辺は、かつて「ガンダーラ地方」と呼ばれていました。

この地域は、ヨーロッパや中東・アジア・アフリカなどの異なる文化を持つ地方の境に位置しており、交通の要衝でもありました。当時、多くの民族や文明が行き交うなか、活発な文化交流が起こった場所なのです。

インダス川流域の中心にあるパキスタンは、世界四大文明の一つ「インダス文明」発祥の地です。ガンダーラ美術が花開く時代より遥か昔の紀元前2500年頃から、ガンダーラ地方には豊かな文化や文明がありました。

インダス川

仏像誕生の地として有名

ガンダーラは仏像誕生の地として有名です。古代インドでは古くから仏教が信仰されていたものの、紀元前に仏像が彫られることはありませんでした。当時の仏教に偶像崇拝の概念がなかったことが理由です。

1世紀に入ると、ガンダーラで仏像が造られるようになります。6世紀中頃、日本に仏教が伝わった頃もガンダーラ美術は続いており、日本の仏像表現にも大きな影響を与えました。

唐代の僧・玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)も、仏教を学ぶため、ガンダーラを訪れています。玄奘は、中国の長編小説「西遊記(さいゆうき)」の登場人物・三蔵法師のモデルとなった人物です。

朝鮮王朝(李氏)の王宮・景福宮の屋根に並ぶ魔除けの装飾。「三蔵法師御一行と、想像上の魔除けの動物」がモチーフだそう(右端が三蔵法師? 韓国・ソウル)

ガンダーラ美術の歴史

ガンダーラ美術は、紀元前後から6~7世紀頃まで栄えた仏教美術です。西洋の影響を受けたガンダーラ美術は、それまでの仏教美術を大きく変え、影響は各地に及びました。

ガンダーラ美術の歴史や特徴を学び、さらに理解を深めましょう。

アレクサンドロス大王東方遠征とヘレニズム

ガンダーラ美術は、ヘレニズム文化と仏教の融合によって誕生しました。「ヘレニズム文化」とは、ギリシャ文化とオリエント文化が融合したものです。

ヘレニズム文化誕生のきっかけを作ったのは、マケドニアのアレクサンドロス大王でした。紀元前4世紀にギリシャ北方のマケドニア王国で生まれたアレクサンドロスは、王位に就くと東方への勢力拡大を図ります。

彼の約10年にわたる遠征により、西はバルカン半島、南はエジプト、東はインダス川流域に及ぶ大帝国を築くまでにその勢力を広げました。そのなかでオリエント文化にギリシャ文化が融合し、ヘレニズム文化が生まれたのです。

ヘレニズム文化が伝わる

ガンダーラ地方にヘレニズム文化が伝わったのは、紀元前4世紀です。そのきっかけとなったのは、やはりアレクサンドロス大王の東方遠征でした。

紀元前327年頃にアレクサンドロス大王はインドに入るものの、雨季と将兵の反対で進軍を断念しました。このあと、インド・ガンダーラ地方からアレクサンドロス大王は撤退し、バビロン(現在のイラク・バグダッド南方)に向かいます。

アレクサンドロス大王が去ったあとでも、ガンダーラ地方にはヘレニズム文化が残りました。これが現地の仏教文化と融合し、のちにガンダーラ美術として開花します。

クシャーナ王朝による仏教保護

1世紀半ばになると、ガンダーラ地方にクシャーナ朝が誕生します。この王朝の全盛期を築いたカシニカ王は敬虔(けいけん)な仏教徒で、手厚く仏教を保護しました。

クシャーナ朝の都が置かれたプルシャプラ(現在のペシャーワル)周辺で誕生したのが、ガンダーラ美術です。

これ以前のガンダーラ地方では、ブッダの姿を象(かたど)った彫刻は彫られていません。しかし、アレクサンドロス大王の東方遠征によってガンダーラ地方に移住してきたギリシャ系の人々は、彫刻として神々を象る文化を持っていました。

彼らが持ち込んだヘレニズム文化の影響を受け、ガンダーラ地方でも次第にブッダの彫刻が造られるようになります。ヘレニズム文化の技術で彫られた「ガンダーラ仏」の顔立ちや衣装の風合いには、西洋美術の影響が色濃く表れています。

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ガンダーラ美術とグプタ美術の違い

ガンダーラ美術と同じインド・ガンダーラ地方の仏教美術に、「グプタ美術」があります。これらは存在していた時期も一部重なるため、混同されがちです。グプタ美術の背景と特徴を知ることで、ガンダーラ美術との違いを理解しましょう。

グプタ美術の影響があるといわれているジャワ島・ボロブドゥールの石像遺跡(インドネシア)

クシャーナ王朝後に興ったグプタ王朝

グプタ美術は、クシャーナ王朝後に興ったグプタ王朝での仏教美術です。グプタ王朝は320~550年頃に存在していました。

3世紀前半にクシャーナ王朝が滅亡すると、王朝のあった北インドは分裂します。そのなかで、ガンジス川中流域にあるマガダ地方の一君主だったチャンドラグプタ1世が台頭し、王朝を築きました。

グプタ王朝の全盛期は、チャンドラグプタ1世の孫・チャンドラグプタ2世の時代です。インド北部をほぼ統一するまで領土を拡大しました。

仏像の彫刻はマトゥラー美術とも呼ばれる

グプタ美術の特徴は、「優美」「気品」「調和」「洗練」などと形容されます。グプタ美術の代表作は「アジャンター石窟寺院(せっくつじいん)の壁画」です。

アジャンター石窟寺院の壁画(インド・マハーラーシュトラ州)

 

インド北部にあるヒンドゥー教の聖地マトゥラーにちなみ、グプタ朝の仏像の彫刻は「マトゥラー美術」とも呼ばれます。グプタ美術の様式は、ヘレニズム文化の影響を強く受けたガンダーラ美術に対し、インド独自のものへと変化していきました。

マトゥラー美術の仏像は、衣は薄く繊細なひだがあしらわれ、手足の輪郭(りんかく)が強調されています。ギリシャ風で写実的なガンダーラ仏との大きな違いといえるでしょう。

アジャンター石窟寺院の仏像(インド)
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ガンダーラ美術・ヘレニズム文化をもっと知りたい方に

ガンダーラ美術やヘレニズム文化についてもっと知りたい方に、参考文献をご紹介します。

小学館版学習まんが 「世界の歴史2 ギリシアとヘレニズム」


歴史教科書で有名な山川出版社の編集協力を得て誕生した「学習まんが世界の歴史」。世界史教科書の著作者による監修のもと、教科書の流れを意識したつくりで、受験や学校での勉強にも対応。大人も子どももわかりやすい歴史まんがです。

逆説の世界史3 「ギリシア神話と多神教文明の衝突」

ベスト&ロングセラー『逆説の日本史』の著者による新たなライフワークとして誕生した『逆説の世界史』。構想15年のこのシリーズは、民族・宗教・イデオロギーによる偏見や差別を極力排し、世界史を「地球人の視点」で読み解く文明論です。

「仏像バイリンガルガイド 改訂版」


美術史だけでなく、英語も同時に学べる本がこちら。

仏像の種類が一目でわかるオールカラーのバイリンガルガイドです。英語と日本語が両方掲載されていて「英語だったらどう言うか」がすぐに確認でき、知らないうちに英語が身につきます。巻末に用語集と寺院リスト付き。新書サイズなので、仏像見学や旅行にも便利です。

多様な文化を反映したガンダーラ美術

ガンダーラ美術には、多様な文化が反映されています。偶像崇拝の概念のない仏教で「仏像」を生んだガンダーラ美術は、のちの仏教美術に大きな影響を与えました。ガンダーラ美術の歴史やグプタ美術との違いを学び、古代の仏教美術をより深く知りましょう。

構成・文/HugKum編集部

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