「金剛力士像」の意味や役割とは?特徴や魅力、有名な寺院もチェック!【親子で日本文化を学ぶ】

迫力ある強面とたくましい体が印象的な、東大寺南大門(奈良県)の金剛力士像。相手を威圧する勇ましい姿や、そのイケメンぶりに、子どもから大人、女性まで、幅広いファンがいることでも有名です。そんな金剛力士像とはどのようなものなのか、意味や役割、特徴や魅力に迫ってみます。また、東大寺の金剛力士像を作った人物が誰なのか、さらに、東大寺以外の金剛力士像や、おすすめのフィギュアもあわせてご紹介します。

金剛力士像とは?

金剛力士像とは?
東大寺 金剛力士像(阿形像)

 

「金剛力士像」と聞いただけではピンとこなくても、その姿を見れば、インパクトのある面持ちや迫力から、だれもが一度は写真などで目にしたことがある古像だと気づくでしょう。そんな金剛力士像とは、一体どんなもので、どんな役割があるのでしょうか?

読み方

「金剛力士像」は「こんごうりきしぞう」と読みます。金剛力士像は「仁王・二王(におう)」という別名もあり、「仁王像」と呼ばれることもあります。2体で1組となっていることが多く、1つは阿形(あぎょう)像、もう1つを吽形(うんぎょう)像と言います。

意味・役割

金剛力士像は寺院の門などに安置されることが多く、仏法を守る神のことを言います。さまざまな敵が来たときに、それらから寺院を守る役割があります。

神社には、神殿前や参道などに狛犬が左右で一対となって配置されています。狛犬には、神社にいる神様を悪霊や邪気から守る役割があるとされ、金剛力士像もそれと同じような守護役の意味があるとされています。

また、金剛力士像は上半身も下半身もたくましい筋肉で覆われており、その姿から健康や健脚にご利益があると言われています。そのため、わらじや草履が奉納されていることもあります。

金剛力士像の特徴

金剛力士像は恐ろしい形相とたくましい体が印象的ですが、置かれている場所などにある特徴が見られます。

全国の寺院などの場所にある

金剛力士像は日本各地の寺院の入口にや拝殿、本堂などにあります。その中でも有名なのが、奈良県の東大寺南大門にある金剛力士像です。

東大寺 南大門

左右に配置する

金剛力士像は2体で1組とご紹介したとおり、阿形像と吽形像から成ります。通常、向かって右側に阿形像、左側に吽形像を配置します。また、阿形像は口を開けており、吽形像は口を閉じているのが特徴です。

東大寺 金剛力士像(吽形像)

 

また、阿形像と吽形像には意味もあります。阿形の「阿」は、宇宙の根源や永遠を象徴する文字であり、ものごとの始まりの意味。一方、吽形の「吽」にはものごとの終わりの意味があり、2体の金剛力士像は世界の始まりと終わりを示しているとされています。

また、「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉は、金剛力士像の阿形像と吽形像が起源となっていると言われています。

東大寺の金剛力士像を作った人は誰?

日本に数ある金剛力士像の中で、もっとも有名なのが東大寺の南大門にある像です。奈良時代に作られてから、再建され、これまでにも修理が行われ、今では国宝に指定される人気の観光スポットにもなっています。

作者は運慶快慶

東大寺南大門の金剛力士像を作ったのは、運慶(うんけい)と快慶(かいけい)という2人の人物。仏像を作る職人のことを「仏師」と言い、運慶と快慶は鎌倉時代に活躍した仏師です。仏像を見れば、どの仏師が作ったのかがわかるような作風が表れていることもあるそう。

そして特に運慶は、日本の歴史上でもっとも有名な仏師で、カリスマ的な存在だったと言われています。運慶が残した仏像は、写実的かつダイナミックであることから、世界中に多くのファンがいます。

作られた時代

東大寺の金剛力士像が作られたのは、1203年の鎌倉時代のことです。しかし治承4年(1180年)に起きた治承の乱で、東大寺の多くが焼失しこの金剛力士像も焼けてしまったのです。

その後、正治元年(1199年)に再建され、健仁3年(1203年)に仏像に魂を入れ込む儀式「開眼供養」が行われました。それ以来、これまでに度々解体修理が行われています。

東大寺 大仏殿

作り方

金剛力士像の制作には、運慶と快慶のほか20人近くの仏師が携わったと伝えられています。像はひとつの木材から作られたわけではなく、複数の材木を束ねて作る「寄木造」という方法がとられたそう。

それまでは1本の木材から仏像を作るのが主流でしたが、この方法で分担作業が可能となり、スピーディな建設が行われ、数カ月というわずかな期間で完成したそうです。

東大寺の金剛力士像、ここがすごい!

東大寺の金剛力士像、ここがすごい!
東大寺の金剛力士像、ここがすごい!

 

では、東大寺の金剛力士像が国内外の多くの観光客を魅了している理由に迫ってみましょう。これから金剛力士像を見に出かけることがあれば、特にこれらの特徴に注目してみることをおすすめします。

日本最大の木彫像

東大寺南大門の金剛力士像はヒノキで作られた木彫像。その大きさは高さ8.4メートルにもなります。遠くからでもわかるその存在感は、近くで見るとさらに圧巻。木彫像として、日本で最大となります。

阿形像と吽形像の配置が左右で逆

東大寺にある金剛力士像は左に阿形像、右に吽形像と、通常とは左右反対に配置され、しかも像が互いに向かうように置かれています。これは、中国の版画の中に同じような配置のものが見られ、この影響を受けているという説もあるようです。

また、当時は左右の配置についてのルールもなく、自由にできていたことも理由のひとつかもしれません。

筋肉などの細部の表現力

2体の金剛力士像はどちらも、筋骨隆々。目を見開いて相手をにらみつけている様は、迫力満点です。しかも腕や脚の筋肉の筋や血管など細部まで表現しているところは、とても木彫の像とは思えないほど。相手を威嚇する勇ましい姿は、建設から何百年の時を経ても、今もなお人々を圧倒する力があります。

じっくりと細部まで見られる巨大な像ですから、ぜひ近づいて当時の職人技をよく観察してみるといいでしょう。国宝にふさわしい像ということが、きっとよくわかってくるはずです。

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東大寺以外の金剛力士像

東大寺の南大門以外にも、金剛力士像がある寺院をご紹介しましょう。

「東大寺法華堂(三月堂)」(奈良県奈良市)

東大寺の法華堂にも金剛力士像があります。法華堂は、その昔毎年3月に法華会が行われたことから三月堂とも呼ばれ、733年に作られた東大寺最古の建造物です。金剛力士像の他にも、秘仏として有名な執金剛神立像もあります。

東大寺法華堂(三月堂)

「興福寺」(奈良県奈良市)

奈良県の興福時には、阿修羅像や弥勒菩薩半跏像(みろくぼさつはんかぞう)などの国宝を安置する「国宝館」があります。ここに、高さ154センチメートルほどの金剛力士像も安置されています。

復興寺

「萬満寺」(千葉県松戸市)

関東地方にある金剛力士像なら、千葉県松戸市の萬満寺に安置されているのが有名。高さ250センチメートルほどの金剛力士像が安置され、国の重要文化財に指定されています。この仁王像の股をくぐると、災害や災難を遠ざけると言い伝えられています。

萬満寺

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金剛力士像のフィギュアのおすすめ

金剛力士像を自宅でも眺めたいという方は、フィギュアを飾るといいでしょう。本物さながらの迫力ある像で、家内安全などを祈ってみてはいかがでしょうか。

「金剛力士立像」

国宝となっている金剛力士像を再現した像。実物の欠損箇所を忠実に再現し、吽形像は右腕の大きな欠落も表現しています。


「仁王・金剛力士像 阿形」

陶器製の仏像をブロンズカラー(青銅色)で仕上げています。高さはおよそ30.0センチメートル。


「東大寺・金剛力士 切り絵」

東大寺南大門の金剛力士像を切り絵にした一品。家内安全や商売繁盛を願って、インテリアとして飾るといいですね。


時代が変わっても圧倒的な存在感を放つ金剛力士像

本当に睨まれているような迫力ある面持ちと、悪を追い払う力強い体つきは、やはり圧倒的。鎌倉時代に作られた木造の力士像が今でもなお、人々を魅了しているとは驚きですね。日本各地に金剛力士像があるので、ときにはそれらを訪れて見てみるのもいいのではないでしょうか。

文・構成/HugKum編集部

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