4児の父親で慶應大学教授が「俺のようになったらいけんよ」と我が子に語る切なすぎる理由

今秋、予定されている第49回衆議院議員選挙を前に、慶應大学教授の井手英策さんが新しい本を出版しました。井手さんは、公明党や立憲民主党、国民民主党などが関心を寄せているアイデア「ベーシックサービス」の提案者。最新著書の内容も、ベーシックサービスの入門書にして決定版、だといいます。ところが井手さんは、本論以上に、伝えたいメッセージがあるそう。

それはなんと、「俺のようになったらいけんよ」というもの。詳しく話を聞いてみると……。

あなたはわが子に言える?「頑張りなさい、そうすれば幸せになれるよ」と

うちには4人の子どもがいます。長男は13歳で末っ子は1歳。まさに育児どまんなかなのですが、そんな僕がずっとためこんでいる悩みがあります。

いまの30歳の平均年収はどれくらいなのか、慶應の学生たちに聞いてみたんですよね。その返事はこうでした。「600〜700万円くらいですかね」僕が大学を卒業してから30年近くたつのに、僕たちの時代の6〜7割! いったい何が起きてるの、ウソでしょ、と思わず聞きかえしてしまいました。

受験戦争を勝ち抜ければ、いい大学、いい会社に入れて、都会で豊かに暮らしていける……僕たち「団塊ジュニア」は、どの世代にも増して、この成功モデルを実践してきたように思います。だけど、その足もとでは、土台が大きく揺らいでいました。そうです。1990年代の後半を境に、日本の経済はすっかり成長する力を失ってしまったのです。

日本だけでなく、たいていの先進国でもこの問題は起きています。でも、大きな違いがひとつあります。それは、日本は「自分だけの力」で生きていくことを大切にする国だ、ということです。
ヨーロッパにいけば、国がさまざまなプログラムを準備してくれています。失業したとき、子どもを産み育てるとき、家族の介護のために仕事を離れるとき、受けられる保障のレベルが日本とはまるで違います。ところが日本では、病院のお金、子どもの教育費、家の購入、何もかもが自己責任という社会になっているのです。

僕は、同じ子育て世代のみなさんに聞きたい。子どもたちに言えますか? 「大人たちのように頑張りなさい、そうすれば幸せになれるよ」、って。

人間が生きのびると家族が不幸になる社会。どう考えてもおかしくないですか?

「井手さんはいいよ。競争に勝って、大学の教授になったんだから」「競争の何がいけないの?グズグズ言ってるひまがあったら、競争に勝つために頑張ったほうがいいんじゃない?」、こんなふうに感じる人もいるかもしれません。
でも、もうちょっとガマンして聞いてください。「俺のようになったらいけんよ」というメッセージの裏には、苦くて、つらい記憶があるのです。

2011年4月、僕は脳挫傷で死にかけました。頭のなかの血が止まるかどうか。僕の命は運にまかされました。止まらなければ、死ぬか、大きな障がいが残るか、どちらかです。
死ねればいいんです。住宅ローンは消え、生命保険がおりますから。でも、うっかり生きのびて、働けなくなったら大変家を手放し、子どもは進学をあきらめなきゃいけません。僕は悔しくて、悔しくて、病院のベッドで布団をかぶって泣きました。

みなさんに聞きたいんです。
これは、井手英策の個人的な問題でしょうか。それとも社会問題でしょうか。
うちは専業主婦世帯でしたが、高収入のカップルを考えてみましょう。もし片方が心の病に倒れて失業すれば、住宅ローンや子どもの教育費はどうなりますか? ここでも話は同じ。いっそ死んだほうが、家族の暮らしは確実に安定します。

人間が生きのびると家族が不幸になる社会。どう考えてもおかしくないですか?
僕は運よく助かりました。でも、運が悪ければ、すべてをなくしたかもしれない、僕はそのことを骨身にしみてわかっています。そして……この恐怖は、貧しい人たちだけではなく、すべての人たちにひらかれているのです。

冷淡で無関心な社会は、いつ、子どもたちに牙をむくかわからない

僕は学者です。20年以上研究を続けて、社会のあちこちにある「生きづらさ」に気づきました。このくたびれた社会を放ったらかしにするんだとしたら、いったいなんのために研究者になったのでしょう。ずっと自問自答していました。
でも僕だけじゃありません。この社会をつくってきた/つくっている大人のみなさん。僕たちは、親として、先に生まれた先輩として、いったいどんな顔をして、どんなふうに子どもたちに「社会」を語ればよいのでしょう。

これがみなさんに投げかけたい僕の悩みです

運がよければそれでいいんです。幸せに生きていけますから。
でも、悪ければ、最悪です。どんなにキャリアを積んでも、ちょっとしたきっかけで奈落の底に突き落とされます。貧しい人に無関心で冷淡な社会は、いつ、自分や子どもたちに牙をむくかわかりません。

不安な未来に子どもを投げだす、下手に生きのびれば家族が迷惑する、そんな社会は不条理です。この不条理を終わらせるのは、政治の力であり、僕たちの力です。将来のビジョンを示す政党を見きわめ、僕たちの大切な1票を投じていかねばなりません。でもそのためには、さまざまな政策の束を見つめ、比べ、選びとる、そんな僕たちの力が問われます。それを僕たちは身につけなければいけません。

井手英策さんの著書

これはしんどいことです。でも、子どもたちとともに、公正さについて考え、不条理への怒りを感じるようになったとき、そのときが本当のスタートです。政治を支配し、社会を我が物のようにあつかってきた人たちは、国民を恐れ、その人たちの暮らしを考えざるを得なくなるはずですから。

政治に失望し、だまりこむのではなく、怒り、発言する、この「精神的な自立」のためにできることをなんでもやる。それが親であり、教育者であり、研究者である僕のつとめだと思っています。

僕はもっと語りあいたいんです。子どもたちと。みなさんと。僕たちのいまについて。そして、日本のこれからについて。

 

※本稿は、井手英策さんの著書『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命』(小学館)の一部を再編集したものです。

著者プロフィール

財政社会学者・慶応大学教授
井手 英策

1972年、福岡県久留米市生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、現在、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。総務省、全国知事会、全国市長会、日本医師会、連合総研等の各種委員のほか、小田原市生活保護行政のあり方検討会座長、朝日新聞論壇委員、毎日新聞時論フォーラム委員なども歴任。著書に『幸福の増税論――財政はだれのために』(岩波書店)、『富山は日本のスウェーデン 変革する保守王国の謎を解く』(集英社)、『欲望の経済を終わらせる』(集英社インターナショナル)、『18歳からの格差論』『いまこそ税と社会保障の話をしよう! 』(いずれも東洋経済新報社)、『ふつうに生きるって何? 小学生の僕が考えたみんなの幸せ』(毎日新聞出版)ほか多数。2015年大佛次郎論壇賞、2016年度慶應義塾賞を受賞。

 

 

どうせ社会は変えられないなんてだれが言った?
井手英策 小学館 1430円(税込み)
著者の井手さんは、慶應大学経済学部の教授で財政社会学者。2018年、「医療、介護、教育、障がい者福祉のすべてが無償。貯蓄ゼロでも不安ゼロな社会」を実現するための方法<ベーシックサービス>を発表。消費税増税の必要性に切り込み、賛否両論を巻き起こしました。
この本では、なぜ忌み嫌われる「消費税増税」が格差のない社会につながるのかを、軽やかにひもとき、不安だらけのポストコロナの日本社会を構想します。
さらに、税の使いみちを通じ、社会を語ろう、社会を変えよう、身近を革命しよう、と私たちに迫ります。
東大を出て、大学教授になった“勝ち組”(らしき)井手さんが、無骨なまでに、社会を変えようと語るのはなぜでしょうか?
ベーシックサービス理論と深く結びつく、壮絶な過去もあますところなく語られます。

 

 

文・構成/小学館出版局生活編集室

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