小中学校の授業で「現代的なリズムのダンス」が始まっています。その影響もあってか「子どもにダンス(特にヒップホップ)を習わせたい」と考える保護者が4割近くに達しているとの民間調査もあります。
しかしダンスの習い事と言われると、ダボダボのカラフルな服を着て、帽子を頭の上に乗せて被っている人たちの集まり=ちょっと怖い印象が一方でありませんか? 子どもの送迎に行ったら「イエーイ」などと言って先生とハイタッチやハグをしなければいけないイメージもあるかもしれません。
興味はあるけれどちょっと縁遠い印象のあるダンスの習い事です。しかし実態はどうなのでしょうか。石川県を中心に北陸で450人近くの生徒を抱える大人気ダンス教室『ストナビダンススクール』を主宰する竹吉勇己さんに今回は話を聞いてきました。
北陸でも最大規模の生徒数を誇るダンス教室
取材で訪れたダンス教室は『ストナビダンススクール』の高岡校(富山)です。石川県金沢市で竹吉さんが地元の芸能事務所と2007年に立ち上げたスクールが母体で、芸能事務所との共同経営を2009年にストップしてからも、順調に教室を増やしてきた経緯があります。
竹吉さんご自身は社交ダンスでプロとして活動していたキャリアもあり、教室を立ち上げてからもアメリカのニューヨークやロサンゼルス、ドイツ、フランスなどストリートダンスの本場で武者修行した経験もあるとのこと。
教室の数は現状で石川県に4カ所、富山県に1カ所あります。スクールに通う生徒は上述したとおり450人近くで、北陸でも最大規模の生徒数だろうと竹吉さんは語ります。生徒の年齢層は9割5分が子どもたち、そのうち9割が園児から高校生で、残りの5分が大学生みたいです。
これだけ多くの子どもたちが通う背景には、「現代的なリズムのダンス」が学校の授業で始まった事情もあるのでしょうか。その点を聞くと「これだけは断言できますが、そんな子は今までに一人もいません(笑)」と竹吉さんは教えてくれました。
K-POPやNiziU、e-girls、ExileなどのダンスをYouTubeで見て憧れを抱いたり、TikTokでダンス動画を挙げる友達に触発されたり、自分も動画をアップしたいと思ったりして始める子どもがほとんどみたいです。
スクールに訪れてみても、路地裏でたむろしていそうな怖いイメージの人はいません。K-POPやJ-POPを熱心に聞いてそうな、いい意味で普通の子どもたちばかりです。
習い始めのころは学校の体操着でレッスンを受ける子どももいるとの話。ダンス教室にちょっと怖い印象を持っているパパ・ママからすれば、意外な驚きではないでしょうか?
とにかく楽しんで踊ってもらう
ストナビダンススクールには「入門クラス」が用意されています。ダンスを始めようと思って子どもがスクールに入ったら、「入門クラス」のような初心者向けレッスンでは例えば何から学ぶのでしょうか。
「あくまでも一般的なダンススクールで言えば、リズムの取り方の基礎を学び、ランニングマンのような決まったステップを学んで、それらを組み合わせながら振り付けを覚え、コンテストの出場を目指すといった流れがあります」
しかし竹吉さんによれば「ストナビダンススクール」での教えはちょっとだけ違う様子。
「ニューヨークやLA、ドイツ、フランスなどにあるダンススクールを今までに何度も見て回りましたが、意外にどこも共通してみっちりと基礎の練習をやりません。音楽を流して『あとは楽しめ』といったスタンスで、ひたすらに踊らせるスクールばかりです。なのに彼ら・彼女らは日本人よりダンスがうまい。なのでうちの場合も、リズムの取り方やステップももちろん教えるのですが、楽しんで踊ってもらう部分をまずは大切にしています」
インタビュー後に筆者はレッスンも見学させてもらいました。子どもたちを楽しませよう・踊らせようと盛んに声を掛ける竹吉さんの姿が目立ちます。
スクールのある北陸は「保守王国」と言われる土地柄です。子どもたちはそのせいか言動もおとなしく踊りも控えめな印象がありましたが、竹吉さんの声掛けが繰り返されるたびに、表情や手足の動きに変化が生まれます。素人の筆者でもその違いは一目瞭然(りょうぜん)でした。
「人見知り」「表現が苦手」なわが子を心配して、ダンススクールに通わせる保護者もいるそうです。
もちろんダンスを始めてすぐに変われる子ばかりではなく、変われないまま辞めてしまう子も現実にはいるみたいですが、自己表現の得意な子をさらに得意に、一方で苦手な子の苦手意識を軽減するきっかけに、ダンスの習い事は適していると思いました。
他のスポーツに活きる部分も大いにあるのではないか
ダンスを習うメリットは他に何があるのでしょうか。竹吉さんによれば「人体に対する目覚め」も挙げられるとの話。普通に生きているだけでは絶対にやらない動きがダンスには幾つも含まれているため、人体に対する意識的な目覚めが生まれるらしいのです。
HugKumの過去記事でバレエ教室を取材した時にも、バレエを習って体の動かし方を覚えてから他の競技をやったほうが伸びるとの話を聞きました。この話には竹吉さんも大いに共感できるようです。
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またダンスは鏡の前で「個」でやる競技だと竹吉さんは言います。言い換えれば「自分らしさ」を見つけるスポーツでもあるのだとか。
ダンスを通じてそれぞれが個を磨き、自分らしさを確立した上で、今度は相手の「個」を尊重しながら一緒に何かを生み出していく。
その結果、文部科学省の学習指導要領で「現代的なリズムのダンス」を学ぶ意義として挙げられた「コミュニケーション能力」の向上にもつながるのではないかと、竹吉さんは話します。
多感な時期に強烈なメッセージを受け取れる場所
スクール選びについても最後に教えてもらいました。「ストナビダンススクール」のような優れたスクールが全国には幾つもあるはずです。身近な場所に複数の候補があったとしたら、どのスクールを選べばいいのでしょうか。その点を聞くと、
「人で選んでください。『この先生だから行きたい』と子どもが心から思えるスクールが理想的です」
と教えてくれました。スクールの知名度やどこでやっているかなどは特に意識しなくてもいいとの話。竹吉さんも大学生のころフィットネス目的で通ったスポーツジムのプログラムでヒップホップのダンスと出会い、担当の先生に強烈な憧れを抱いたからこそ続けてこられたと語ります。
レッスン風景を教室で見ていても、思春期真っただ中にいる年ごろの生徒たちが、何かを吸収しようと真剣な表情で竹吉先生と鏡の中の自分に向き合っている様子が伝わってきます。
「きっと学校の先生や親にはこんな表情は見せないんだろうな」と子どもたちを見ていて思いました。
大好きな音楽に合わせて踊るダンスの習い事であり、そのダンスを教えてくれる、心を許した大人が竹吉さんなわけです。楽しませようとレッスン中に冗談ばかり口にする竹吉さんが、時々厳しい言葉を語るからこそ、子どもたちの柔らかく多感な心にストレートに刺さるのだと感じました。
ダンスの習い事では、先生の年齢も若い傾向があるのではないでしょうか。スクールに通う小中高生の子どもから見ると、憧れも親近感もわきやすい対象のはずです。親や学校の先生以外のすてきな大人から、多感な時期に強烈なメッセージを受け取れる場所としても、ダンス教室はすばらしい空間だと思いました。
ストナビダンススクール
石川県金沢市・野々市市・七尾市と富山県高岡市に合計5校あるヒップホップダンススクール
入会金:5,000円(年会費なし・兄弟姉妹は無料)
料金:各クラス5,000円(月4回)、園児クラス4,000円(月4回)
体験レッスン:無料(1回のみ)
公式ホームページ:https://www.stnv-dance.com/
取材・撮影・文/坂本 正敬