宇宙飛行士に必要な能力を育むには?
――宇宙飛行士の選抜ではどんな試験が行われますか?
井上 宇宙飛行士には、体と心の健康や、作業を行うための技術的能力、仕事をスムーズに進める力などが求められます。前回の選抜では最終審査の一環で閉鎖環境適応訓練設備に6泊7日間、候補者を滞在させる試験を行いました。狭い場所に閉じ込められると精神的に支障が出る人もいるので、ストレスがかかる状況で、ひとりで行う作業とチームで行う作業の両方を課して、候補者の行動を観察・評価しました。最終審査ではそれ以外にもNASAの宇宙飛行士やマネジメント担当者と面談するなど、トータル2週間でさまざまな試験を行って総合的に判断しています。
――それらの試験でどういった能力がわかるのでしょうか?
井上 自分の状態をうまくコントロールできるか、チーム内でのコミュニケーション能力、問題解決力など、宇宙飛行士の業務に必要なさまざまな能力をチェックしています。とくに前回の選抜では、国際宇宙ステーションでコマンダー(司令官)ができる人を選抜する目標があったので、リーダーシップを重視していました。これらは、他人との付き合いの中でしか学べない能力です。講演などでよく話しますが、ひとりで勉強やトレーニングをするだけでは、宇宙飛行士にはなれないのです。
――では、宇宙飛行士になるために、小学生が身につけておくといい力はありますか?
井上 私は、子どもが自発的に考える力を伸ばしてあげるといいと考えています。どうしても親は子どもに「あれをしなさい」「これはだめ」と指示をしがちですが、それだと指示を待って行動する人間になってしまいます。できるだけ子どもが自分で判断して行動することを意識するといいのではないでしょうか。
「相手の立場になって考えられる力は必須です」
堂山 私は、相手の立場で考えることや、相手の状況を思いやる力、いわゆる「エンパシー」は必須になってくると思います。「自発的に考える力」にもつながりますが、さまざまな文化をもつ海外のクルーとチームを組んでミッションを遂行するにあたり、相手の観点から考える力は非常に重要です。例えば、友達とけんかしたときは、親が「なんでそうなったか考えてごらん?」「相手が聞いたらどう思うかな?」とサポートしてあげると、自分が正しいと思っていても何か気づきがあるかもしれません。頭ごなしに「謝ってきなさい!」というのではなく、「どうしてそうなった?」と声をかけることで、日頃から「自分で考える力」やエンパシーを育むことができると思います。
――宇宙への好奇心を伸ばすというより、人として大切な力を育むことが大切ですか?
堂山 もちろん好奇心を伸ばすというのも大切ですが、小学生の段階で宇宙の知識だけを教えるのは押し付けになります。宇宙センターの一般公開でも親御さんから「子どもを宇宙飛行士にさせたい」と相談されますが、親が「ならせたい」ではなく、本人が何を「やりたいか」のほうが大切ですよね。
井上 子どもが何かに興味をもって行動したら、もし失敗しても怒らず見守る姿勢も必要です。失敗をとがめられ好奇心をつぶされてしまうと、興味を持っても手を出さなくなってしまうので、いろいろなことに安心してチャレンジできる環境をつくってあげるのがいいのではないでしょうか。
親子でできる「宇宙飛行士」選抜試験アレンジ遊び
宇宙飛行士の選抜試験をヒントに、小学1 年生でもできる遊びを紹介します。ぜひ親子でチャレンジしてみて!
ジグソーパズル/千羽鶴
真っ白なジグソーパズルを組み立てる(1999年)、千羽鶴を折る( 2008 年)は、閉鎖環境適応訓練設備滞在中に実際に行われた課題。集中力や忍耐力、やりぬく力などが試されます。
チームでロボットをつくろう!
「ペットボトルでロボットをつくる」などテーマだけを決め、家族で役割分担をしてミッション成功を目指します。協働力や成し遂げる力を育むことにつながります。
ことばde 図形伝達ゲーム
選抜試験では行われていませんが、宇宙では、言葉だけで状況を地上の管制官に正確に伝える必要があります。このような力を育むために、書いた図形を言葉だけで伝え、同じ図形を再現させるゲームをしてみては?
記事監修
井上夏彦さん
JAXA有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙医学生物学研究グループ 主任研究開発員。文学部で心理学を学んだ経験から、宇宙飛行士選抜では精神心理的評価を担当。SFが好き。
堂山浩太郎さん
JAXA有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙飛行士運用グループ 主任研究開発員。宇宙飛行士の訓練計画の調整を担当。小学校低学年で月食を見たのをきっかけに宇宙に興味を持つ。
『小学一年生』2022年1月号 別冊『HugKum』 構成・文/山本章子 イラスト/谷端実