江戸時代の大人向けの絵本に登場した「善玉」「悪玉」
芝居や映画などで善人の役を「善玉」、悪人の役を「悪玉」と言います。
また、良い作用を及ぼすものという意味で、「善玉」は「善玉コレステロール」「善玉菌」などと言いますし、その逆の意味で、「悪玉」は「悪玉コレステロール」「悪玉菌」などと言います。
この「善玉」「悪玉」ですが、どのようにして生まれた語なのかご存じですか。
実は、江戸時代のある本から生まれた語なのです。その本とは、『心学早染艸(しんがくはやぞめぐさ)』(1790年)という、「黄表紙」と呼ばれる、絵を主体として余白に文章をつづった「大人向きの絵物語」です。作者は江戸時代後期の代表的な戯作者(げさくしゃ)山東京伝(さんとうきょうでん)。
遊女の誘惑に力を貸している「悪」魂
この『心学早染艸』の中に、顔が「善」「悪」の文字になっている人物が、若い男の両腕を引っ張っている挿絵があります。その脇では、遊女とおぼしき女性がその様子を見ているのです。この「善」「悪」の字の人物は魂を表しています。この絵を見る限りでは悪魂の方が勢力が強そうで、腕を引っ張られている登場人物は遊女の誘惑に負けそうなのです。
作品の中では、「善玉」「悪玉」ということばそのものは使われていませんが、この善魂・悪魂が、のちに「善玉」「悪玉」と呼ばれるようになったと考えられています。
『心学早染艸』は、京伝が当時流行していた心学の教説を取り入れて書いた小説です。目前屋理太郎という商家の息子が、悪魂によって放蕩したことから勘当され、盗賊にまで落ちるのですが、やがて善魂によって教化されるというストーリーです。
心学は石門心学とも呼ばれ、江戸後期に石田梅巌(いしだばいがん)により唱(とな)えられ、庶民の間に広まった実践道徳の教義です。儒教を根本とし、神道・仏教を融合して平易に説いたものです。
江戸時代の「暴走族」は「悪」の提灯掲げて走り回った?
余談ですが、この「悪玉」は当時の若者の心をつかんでしまったらしいのです。なんと若者たちは、「悪」と書いた丸提灯を竿にくくりつけて高くかかげ、夜な夜な街中を走りまわったのだとか。まるで暴走族です。ついには町奉行が禁止令を出したほどだったそうです。今でも、そのような若者はいそうですね。
今も生きていることばが江戸時代の小説の挿絵に求められるなんて、おもしろいと思いませんか。
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