絵本作家・長谷川義史さん10冊の自作絵本を語る
【1】『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』
長谷川義史/作 BL出版
絵本は1作目を出すことが大変で、それだけにデビュー作には特別な思いがあります。
絵本をまだ描いたことのないぼくに、あるフリーの編集者さんが「絵本を1冊やってみませんか」と声をかけてくれたときは、棚からぼたもちで。でも、いざ「描きたいことを描いていい」といわれたら、描きたいことなんてなんにも考えてないことに気づいたんです。
あのとき自分ひとりやったら、だらだらと何もやらずに日が過ぎたかもと思うんです。ところが横で聞いてた嫁はんがゆうたんですよ。「1か月後に(原案を)持っていかせます」と。このエピソードはもうギャグみたいになってるんやけどね(笑)。嫁はんには感謝です。
宿題みたいにして持っていったアイデアが通っておじいちゃんの話を描くことに決まったものの、そこからが本当に大変で。特に各時代の背景は何回も何回も描き直しになって、結局本になるまでには3年もかかったんです。苦しい思いもしたけど、いま思えば、いろんなことを勉強させてもらっていい経験ができました。
絵本の場合、今年5歳の子がいて、来年は別の5歳の子がいて、読者である子どもたちがいなくなることってないんですよね。
絵本というのは、読者に読んで感じてもらって、時間をかけて読者に育ててもらうもんなんやなと気づいたのもこのデビュー作でした。
おじいちゃんのおじいちゃんのずっと先はおさるさんにつながる……ゆうことは昔からずっと不思議やなあと思ってて。初めての作品には自分の思ってることとか姿勢とか、そういうのが出てしまうんですよね、ふしぎと。
遡った時代の様子が読者の子どもたちに伝わるようにと、背景はすごく時間をかけた。当時はネットなんて使ってなかったから資料探しも大変で。どの絵も一生懸命描いてたなぁ…。
【2】『おへそのあな』
長谷川義史/作 BL出版
これは、ぼく自身が子どもたちの出産に立ち会わせてもらったときに、実際に感じたことを描いた絵本。
出産って、もちろんお母さんががんばって赤ちゃんを産んでくれはるんやけど、自然な分娩の場合は赤ちゃんの生まれようとするエネルギーというか生命力というか、「いましかないんや!」という赤ちゃん自身の「生まれてくるチカラ」が大きくて、それがないと、赤ちゃんって生まれてけえへんのやなあと思うんですよ。
お母さんはそれに耐えて耐えて、赤ちゃんが出てくるのを待つ。嫁はんの出産を見てたらそんなことを感じて、絵本に描きたいなと思ったんです。
あとね、うちの子がちっちゃいときに、「おなかの中ではどうやったですか?」というインタビューをしてみたんですよ。そしたら、息子がいろいろおもしろいことをいうんです。ファンタジーなことを。
それを聞いて、ああ、おなかにいるときから、なんやかんや感じているんやなあということがなんとなくわかった。それもヒントになりました。
ちっちゃい子ども連れのお母さんが「この子がおなかにいるときに読んであげていた本なんです」と声をかけてくれることがあります。絵本を描いていてよかったなぁと思う瞬間です。
男って子どもですからね。嫁はんが妊娠したとしても、父親になるという感覚がなかなか持てない。「あなたも出産に参加しなさい」といわれなかったら、ぼくも立ち会いはしなかったかもしれないし、こんなことを感じなかったかもしれない。
男目線にならないように、という編集者のアドバイスで、赤ちゃんを待ち望む家族の気持ち、お母さんの気持ちに視線をシフトして描きました。
【3】『いいから いいから』
長谷川義史/作 絵本館
この話は、まだ絵本にする前にライブ紙芝居でやっていたんです。4枚ぐらいの絵に分けて描きながらお話をするんですけど、自分でも「こんなバカみたいな話、おもしろいかなぁ?」とずっと思ってて。
ほんなら、ある日のライブ後に幼稚園ぐらいの子が「また、みたい」というんですよ。もう1回やってくれと。その子は次のライブにも来て、「おへそつくやつ、えほんにしてほしい」というんです。絵本やったら家で読めるからと。
もうやめよかなと思ってたのに、子どもが「おもしろい」ゆうてくれて。その話を出版社の人にしたら、じゃあ「やりましょう」ということになったんですけど。
ぼく自身、半信半疑でそのおもしろさがわからへんかったのに、絵本にしたら結構反響があって。「『いいから いいから』という言葉に救われる」と、読者がいってくれるんです。
ぼく、いつもそうなんですけど、絵本をつくるときに「こういうことが語りたい」とかはないんです。あとから気がついたり、読者の人に指摘されて「ああ」と思う。意識してつくってないねん。このお話もそうで、ばかばかしいものをただ描きたかっただけなんです(笑)。
「せかいをへいわにする ほんきのあいことば『いいから いいから』」。何刷り目かのオビに入れた言葉は、本が出てから気づかされたこと。「いいから いいから」といえるおじいちゃんになりたいですよね、ぼくも。
ぼくは、自分のおじいちゃんは亡くなってて知らないから、反対に理想的なおじいさん像が描けるんです。もしも本当のおじいちゃんを知ってたらイメージがじゃまして、もっと違うおじいちゃんになってたかもしれないね。
【4】『へいわってすてきだね』
安里有生/詩 長谷川義史/絵 ブロンズ新社
この詩は、当時沖縄の与那国島に住んでいた小学1年生の男の子・安里くんが書いたもので、2013年の沖縄戦全戦没者追悼式にも読み上げられました。この詩のこと、ぼく知らんかったんですよ。だけど、「この詩を絵本にできるんじゃないかな」と出版社の人が見せてくれて、ぼくは「やります」と即答していました。「平和でいたい」と願う詩が素晴らしかったし、絵本になればより多くの人に見てもらえるんじゃないかなと思ったんです。
そのときは安保法案が決められようとしていて、この国がまた戦争に近づこうとしている。ぼくはそれがいややった。いまやらなあかんな、やらないで逃げるわけにはいけへんなと思って、すぐに安里くんに会いに与那国島に行きました。
実はこの絵本に取りかかる直前、もう1冊、急ぎの仕事が入ってきたんです。放射能汚染を描いた絵本(『ほうれんそうは ないています』(ポプラ社)も、すぐ描かなければいけないテーマやった。とにかく時間がなくて、絵が描けなくて、これも本当にしんどい思いをしたんですけど、そのストイックなテンションのままで描けたことは、よかったのかも。
絵本って、時代が反映されるんですよ。放射能、核、戦争と平和……。いま書かなければいけないテーマがこれだけあるというのは、いやな時代やなあと思いますね。
与那国島から帰るとき、飛行機に乗り込むぼくたちに、空港の建物の屋上から安里くん家族が手を振ってくれたんです。その光景にはぐっとくるもんがあって。「本気で一生懸命取り組みます」と腹が決まったんです。
子どもが純粋に語っている文章なので、ごまかしてはいけないと思った。できるだけ6歳の男の子の目線で描こうという気持ちを持ち続けていました。
【5】『てんごくのおとうちゃん』
長谷川義史/作 講談社
ぼくの父親は1年生のときに亡くなっていて、せっかく絵本を描く仕事をしているのだから、お父ちゃんのことは、いつか描いてみたいと思ってたんです。当たりまえのことですけど、ぼくの父親のことなんかだれも知らないわけで、本を描いたら、お父ちゃんが生きていたことが残るやないですか。それがしたかった。
最初に決めていたタイトルは『ホットドッグ』(笑)。お母ちゃんに内緒でお父ちゃんとホットドッグを食べた思い出がずっと記憶にあったから。でも、家に帰ったらお母ちゃんのごはんが用意されてる、というオチになってしまって、お父ちゃんの絵本やのに結局お母ちゃんにオチを持っていかれてしまうねん。
これはあかんなと思って家の中をうろうろ歩いてたら、ふと降りてきたんですよ。『てんごくのおとうちゃん』というタイトルが。
ああ、そうか。それでええんかと思ったら、「あのとき、こんなことがありましたね」という語りかけに続けて、エピソードが10枚ぐらいあっという間に出てきた。それを30分ぐらいでまとめて本にしました。
ぼくの、数少ないお父ちゃんの思い出総ざらいの絵本です。
実話なんやけど、本になると、もう「フィクション」じゃなくなるんですね。リアルな思い出もぼやっとしてしまう。それはさびしいことなんやけど、みんなに見てもらうことはうれしい。絵本にできたという喜びはあるけど、手放しでスッキリというわけでもなくて、ちょっと不思議な感覚なんです。
ぼくも父親になって思うんですけど、自分の子どもの成長を見ずに死んでいくのはさぞかしつらいことやったなあと。いつかそのことをちゃんと描かないかんなと、ずっと思っていたんです。
【6】『おかあちゃんがつくったる』
長谷川義史/作 講談社
これは、お父ちゃんのとは反対に、お母ちゃんが生きているからこそ、いま描いとかなと思った絵本です。
ミシンでなんでも作ってしまうお母ちゃんのエピソードはもちろん実話。大人になってみるとそれが愛情だとわかるんですけど、子どもにとってはその愛情が難儀なこともあってね。子どもの目線で描いたアホみたいなエピソードですけど、絵本ライブとかで読むと会場が泣き笑いになっていくんです。
笑わしてホロッとさせて、人情をしみじみ感じる。これは、松竹新喜劇の世界なんですよ(笑)。ぼくは子どものころからずっと松竹新喜劇を観てきて、自然に自分の血肉となってるから、こういう絵本ができたんやなあと思います。
これは子どものことを思ってお母ちゃんが奔走する物語。最近よく思うんです。モノやお金がなくても愛情さえあれば子どもはちゃんと育つなあと。
【7】しげちゃん
室井 滋/文 長谷川義史/絵 金の星社
2011年から女優の室井滋さん率いる「しげちゃん一座」で全国各地を回って絵本&ライブショーをやっています。メンバーは室井さんとぼく、ジャズ・サックス奏者の岡 さん、ミュージシャンの大友 剛さん。年間30公演ほど回ることもあって、これがめちゃめちゃおもしろい。その「しげちゃん一座」結成のきっかけとなったのが、この絵本なんです。
室井滋さんとの仕事は、ぼくがまだ絵本を描くようになる前に、『週刊文春』の連載の挿絵を描かせていただいたのが最初。ぼくはちょうど長男が生まれたころで、安定した収入を得られるありがたい仕事を12年間やらせていただきました。連載中はほとんどお会いしなかったんやけど、そのあとすぐに、絵本の絵を描かせていただくことになって。『しげちゃん』は、室井さんとの縁を再びつなげてくれた思い入れのある作品なんです。
『しげちゃん』は室井さんの少女時代を描いた話。室井さんは太っ腹でさっぱりとした気持ちのいい人。ふとした瞬間、かわいらしい、ほんま「しげちゃん」みたいな少女になるときがあるんです。
【8】『ぼくがラーメン たべてるとき』
長谷川義史/作 教育画劇
いま同じ時間に、楽しい人もいれば悲しい人もいて、いまこの瞬間に死んでしまう人もいる。同じ時空にいて、いろんなことが起こっているというのが、当たり前のことでもあり、不思議なことやなとずっと思っていたんです。
単純に隣の人、隣の国の人、地球の裏側のことを思い浮かべてみましょう、という思いがあったんやけど、たかだか10年の間に、地球の裏側のこともリアルタイムで目に入ってくる時代になりました。それが本当によいことなのか悪いことなのか…。想像力を持つということが大切やと思うんです。
こういう表現のしかたをしたのは初めてで、アホみたいなエピソードを描いた絵本とは違いすぎるといわれるけど。ぼくが絵本で描きたいテーマはいつだって同じなんです。「平和であってほしい」。それだけ。
【9】『シバ犬のチャイ』
あおきひろえ/文 長谷川義史/絵 BL出版
『柴犬のチャイ』は、あおきひろえさん(妻)が作詞した歌でCDにもなっているんです(『夫婦シアター~大阪うまいもんのうた~』に収録。作曲/中川ひろたか)。その歌を聴いた出版社の人が「耳から離れないから、絵本にしよう」といってくれて。最初はもっと文章を書いてたんだけど、結局、その歌をページ割りして描くことになりました。
3人の子どもはどんどん大きくなるし、この時代の様子や思い出をそのまま1冊に残したいという思いもありました。つまりこれは、チャイを含めたぼくたち家族の記録絵本なんです。
チャイは子どもたちへのクリスマスプレゼントでわが家にやってきた豆しば。チャイの愛らしい姿を残したいと思ったけど、ぼくはネコしか飼ったことがなかったから、犬を描くのは難しかったなあ。
【10】『だじゃれ日本一周』
長谷川義史/作 理論社
編集の人に、言葉の遊びで1冊できないかといわれて、だじゃれで日本一周はどうかと提案したんです。前からできるんちゃうかなと思ってたし、都道府県のだじゃれを2~3個いったらおもしろいといってくれて。ところが実際やり始めたら47個はさすがに苦しかった(笑)。
だじゃれは、その人のセンス。ぼくはのの「しょーもなー」ぐらいのだじゃれがいいと思っているんです。それは笑いの原点であって、「バッカやなあ」というようなことに、人は優越感をおぼえて、ふっと笑うわけですよ。編集者は真面目な方で、「このだじゃれの意味がわかりません」とつっこまれたのもあったけど、「わからなくていいんです」と(笑)。
バラバラに考えただじゃれを、見開きでひとつの絵の物語になるようにカップリングしていったんです。だじゃれも調整したりして。これ、うまいこと成功したなと思ってます。
長谷川義史さんの絵本をもっと詳しく知るなら
『それゆけ、長谷川義史くん』
『いいからいいから』『ぼくがラーメンたべてるとき』など数々のヒット作を描いた長谷川義史さんの自分語り。表紙を見ただけで、声が聞こえそうな長谷川ワールド全開です。人見知りで恥ずかしがり屋の少年時代から、絵本作家・長谷川義史の今(オッサン期)まで。ぎっしり描いたイラストとともに語り尽くします。その語り口のまあ、楽しく賑やかなこと!本を閉じてもページの間から声がはみ出てきそうです。
読書のプロがおすすめする長谷川義史の絵本
【1】『いいから いいから』
長谷川義史/作 絵本館
◆こんな本
「〈いいから〉って、拒絶の言葉だと思っていました」 「だけど、2回つなげると、脱力系になって、なんかいいですね」と、読み聞かせボランティアのNさんが手にしていたのは『いいからいいから』。何があっても動ぜず「いいから、いいから」と、起きていることを丸ごと全部受容してくれるおじいちゃんが主人公の絵本です。最近は道徳教育への関心が高まり、「あったか言葉とちくちく言葉」を小学校の取り組みでも頻繁に見聞きするようになりました。
◆対象年齢
3歳、4歳、5歳、6歳
『新幼児と保育』2018年4・5月号
【2】『おへそのあな』
長谷川義史/作 BL 出版
◆こんな本
おなかの中の赤ちゃんの視線で誕生を待ち望む家族を見つめた作品。子どもたちは「赤ちゃんのとき(私は)かわいかった?」「なんで○○(自分の名前)なの?」「どれくらい小さかったの?」とさまざまなことを聞きたがります。そして、無意識のうちに自分がどんなに待ち望まれ、愛されて生まれたのかを確認したいのでしょう。そして、それがどんなにうれしいのかも伝えたいのです。このことはどうやら年齢や文化に関係なく、子どもの本能としての確認なのかもしれません。
◆対象年齢
0歳、1歳、2歳、3歳、4歳、5歳、6歳
『edu』2015年9・10月号
【3】『ラーメンちゃん』
長谷川義史/作 絵本館
◆こんな本
テレビ番組で紹介され、ご存じの方も多いことでしょう。作者の被災地支援の活動から生まれた絵本です。たとえ何があっても「なんとかなるとー」「ほうれんそう げんきだそう」と、明るく軽やかに、前へ進んでほしいと思いました。
◆対象年齢
3歳、4歳、5歳、6歳
『新幼児と保育』2018年12・1月号
【4】『いいこ ねんね』
内田麟太郎/文 長谷川義史/絵 童心社
◆こんな本
さるのかあさん、いぬのとうさん、ねこのかあさん、そしてぼくのかあさんが、「いいね ねんね」をうたいます。子どもたちは4種それぞれの甘え方をしたり、夢を見たり。すやすや眠る声のやさしい響きや、愛らしい親子の絵が続いて、ほっこり眠りに誘われていきそうです。
◆対象年齢
0歳、1歳、2歳
『新幼児と保育』2015年6・7月号
【5】『だあれだ だれだ?』
うしろ よしあき/文 長谷川義史/絵 ポプラ社
◆こんな本
「だあれだ だれだ?/ねこさんだよ。にゃあお にゃあお。/ねこさん おさかな だあいすき。あむ あむ あむ 」。ねこ・いぬ・ぞう、乳児さんになじみのある動物が、同じパターンをくり返すシンプルな絵本です。何となく落ち着かない年度末、「ねこさんだよ。にゃあお にゃあお。」を「○○ちゃんだよ。いいこ いいこ」のように変えてみてもよいでしょう。 緊張感の伴う新年度にもおすすめです。
◆対象年齢
0歳、1歳、2歳
『新幼児と保育』2017年2・3月号
【6】『よふかしにんじゃ』
バーバラ・ダ・コスタ/文 エド・ヤング/絵 長谷川義史/訳 光村教育図書
◆こんな本
絵本に関心がない子もとことん楽しめる工夫が満載。前半では、暗闇を自在に動いてみせる「よふかしにんじゃ」。でも、途中でおかあちゃんに遭遇し、なりきり忍者ごっこはあえなく終了です。
◆対象年齢
3歳、4歳、5歳~
『edu』2015年5・6月号
長谷川義史(はせがわ・よしふみ)
1961年大阪府藤井寺市生まれ。グラフィックデザイナーからイラストレーターに転向。2001年に『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』で絵本作家として活動開始。『ぼくがラーメンを食べているとき』で日本絵本賞と第57回小学館児童出版文化賞を受賞。全国各地で絵本ライブなどを開催している。
教えてくれたのは
JPIC読書アドバイザー 台東区立中央図書館非常勤司書。日本全国を飛び回って、絵本や読み聞かせのすばらしさと上手な読み聞かせのアドバイスを、保育者はじめ親子に広めている。鎌倉女子大学短期大学部非常勤講師など、幅広く活躍。近著に『0~5歳 子どもを育てる「読み聞かせ」実践ガイド』(小学館)。