知覚過敏は幅広い年代に起こる
夏の暑い季節、熱中症対策に冷たいドリンクを飲んだりする機会も増えますね。しかし、それとともに悩まされるのが「歯がしみる」という症状で、知覚過敏と呼ばれたりします。
では、一体どれくらいの人がこのようなしみる症状を感じているのでしょうか?
今年6月に公表された厚生労働省の令和4年歯科疾患実態調査の報告によると、歯の症状として「冷たいものや熱いものがしみる」と回答した人の割合は25~29歳の28.9%をピークとして、20~64歳が10%以上を示し、幅広い年齢層で認められる症状だということが明らかになりました(図1)。全体としては8.5%でしたが、「歯が痛い」と回答した人(3.6%)に比べて倍以上に及びました。
歯がしみる症状を示す歯の疾患として虫歯や知覚過敏が知られますが、一般的に冷たいものでしみる冷水痛は知覚過敏だけでなく、初期~中期の虫歯にも見られる症状です。それに対し、熱いものでしみる温熱痛は進行した虫歯によく見られる症状です。虫歯は虫歯菌が産生した酸で歯が溶かされたものですから、進行すれば歯の中にある神経が刺激されて、しみたり痛みを感じるようになります。
このことから、先述の実態調査の結果は虫歯・知覚過敏の両方を含んだ結果であることが推測されます。では、知覚過敏とはどのような病態なのでしょうか?
知覚過敏とは?
虫歯はないのに冷たい水が歯にしみたり、歯ブラシを当てた時にピリッとした痛みが起きたりする症状を「知覚過敏」といいます。また、そのような物理的刺激だけでなく、強い甘味や酸味といった化学的刺激も知覚過敏を起こす要因になります。
通常、痛みは一過性で持続時間が短く、刺激がなくなると痛みも消失しますが、歯磨きに支障をきたす強い痛みを伴う場合もあります。
知覚過敏の起きやすい場所は、歯ぐきが下がり象牙質が露出した歯の根(歯根部)です。歯の見えている部分(歯冠部)はエナメル質という硬い組織で覆われており温度や歯ブラシなどの刺激を遮断しますが、歯周病などで歯ぐきが下がるとエナメル質のない象牙質が露出し、刺激を感じやすくなります(図2)。
歯肉が下がる歯肉退縮の原因として歯周病の進行、誤った歯磨き、加齢などがあります。
一過性の痛みでも、それがひどくなったり継続したりすると歯磨きが困難になり、プラーク(歯垢)の除去が不十分になります。その結果、虫歯や歯周病を誘発・悪化させる要因になるので、放置しないようにしましょう。
また、噛み合わせの異常(歯ぎしり、食いしばり)で歯頸部(歯と歯ぐきの境界付近)の歯質が欠けて楔(くさび)状の凹みができる楔状欠損(図2)や、歯を白くするホワイトニングで知覚過敏の症状が出ることもあります。
また、ぶつけて歯が欠けた時や、噛み合わせが非常に強くて噛み合う歯の表面が過度に擦り減った咬耗(図2)、飲食物の酸などで歯の表面が浸食された酸蝕歯でも、外界と歯の神経の距離が近づくため、しみやすくなります。
基本的に歯周病は大人の病気のため、歯周病の症状の一つである歯肉退縮は子どもではあまり起こらないと考えていいでしょう。しかし、子どもは歯ぎしりが多く、軟らかい歯が擦り減った咬耗で知覚過敏が起きることがありますので、歯の噛み合う部分が平らに擦り減った子どもは要注意です。
知覚過敏の予防法・個人での対処法
歯肉退縮を防ぐ歯周病対策はもちろんですが、自分でできる対処法(セルフケア)として歯磨き時は以下のことを注意しましょう。
力を入れ過ぎない
歯ブラシをグーで握ると力の調節がしにくいので、ペンを持つペングリップで歯ブラシを握るようにしましょう。
歯ブラシを大きく動かさない
余計な力がかかるほか、歯ブラシの毛先が開いて清掃効率が低下します。
硬い歯ブラシは使わない
エナメル質に比べて軟らかい象牙質は硬い歯ブラシの摩擦で擦り減り、知覚過敏が起きやすくなります。
知覚過敏の症状を抑える歯磨剤を使う
薬用成分の例として、乳酸アルミニウム、硝酸カリウムなどがあります。
歯科医院で行う処置
また、歯科医院で行う処置・治療としては以下のようなものがあります。
歯に対する刺激を弱める処置をする
象牙質の表面にコーティング剤を塗布する、レジンという歯と類似色の樹脂を充填して刺激を遮断するなどの対処法があります。
原因となる悪い噛み合わせの調整をする
軟らかいシリコン製マウスピースを装着して歯に対する負担を和らげることもあります。
神経を取り除く
日常生活に支障が出るくらいの強い症状の場合は、最終手段として抜髄(歯の中の神経をとること)をすることもあります。
水がしみたら虫歯のサイン。単なる知覚過敏とは限らない
「冷たい飲み物を飲んで歯がしみるのは一時的だし、歯も黒くなくて虫歯じゃないから放っておいても大丈夫」
そんな風に、気にはなるけれども放置してしまっている人が多いのではないでしょうか。
記事冒頭の調査のように、知覚過敏の症状を感じた経験がある人は、20~60歳代まで幅広く、男女別にみても大差なく発症していることが分かりました。
しかし、注目したいのは以下の結果で、知覚過敏があっても楽観視する人が多いことです。
つまり、痛みを感じた時に起こす行動として「痛みを感じない側で飲食する」「痛みを感じるものを飲食しない」など、多くの人が“その場しのぎ”の行動でしみる症状を一時的に回避し(図3)、「知覚過敏を治す」と答えた人はわずか30%でした。
しかも、痛みを不快に感じながらも知覚過敏を治そうとしない理由として「対策するほど痛くないから(41.9%)」「我慢できる痛みだから(37.6%)」「痛みが一瞬だから(37.6%)」が上位となりました。
このように知覚過敏の症状は一時的で我慢でき、自然に消えてしまう痛みのために放置されがちだということが判明しました。
しかし、「知覚過敏があって…」と受診された患者の多くに虫歯が認められることを、私は日常的に経験しています。直接目で見てすぐ分かる虫歯もあれば、レントゲン写真を撮って確認したら歯と歯の間に虫歯があったということも少なくありません。虫歯は必ずしも黒いものではなく、進行が早くて黒くない虫歯も決して珍しくないのです。
ですから、“歯がしみる=知覚過敏で虫歯じゃない”と自身で決めつけるのではなく、“歯がしみる=虫歯かもしれない”と思うようにしてください。歯がしみる症状は虫歯のサインだという基本を忘れずに、早めに歯医者を受診することをお勧めします。
また、痛みを感じない側で噛むことが習慣になると、噛み合わせが悪化して肩こりや頭痛などの症状が出る可能性もあります。「できれば歯医者に行きたくない」という気持ちも理解できますが、知覚過敏がストレスになり、せっかくの楽しい食事の時間が台無しになってはいけません。
夏を涼しく快適に過ごすためにも、水がしみる異常を感じたら放置せず、速やかに歯科医院を受診しましょう。
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参考資料:厚生労働省:令和4年歯科疾患実態調査の結果(概要)2023.