牧野富太郎は「雑草という草はない」と言った。でも「雑草」という語はあったワケ【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

「世の中に〝雑草〟という草はない。どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」

牧野富太郎, 1862 – 1957) Wikimedia Commons(PD)

「雑草という草はない」は、NHKの朝ドラ「らんまん」の主人公槙野万太郎のモデル、植物学者の牧野富太郎の言葉として知られています。

ところがこのことばは、これまで牧野が語ったものだという確実な証拠が見つかっていませんでした。

それが最近になって、その根拠となる資料が見つかったようです。1年ほど前に「高知新聞」に掲載された記事によれば、木村久邇典(くにのり)著『周五郎に生き方を学ぶ』(1995年、実業之日本社)にその根拠となる内容が記載されていたというのです(『雑草という草はない』は牧野富太郎博士の言葉  戦前、山本周五郎に語る 田中学芸員(東京・記念庭園)が見解」2022818日)。木村は山本周五郎の研究者だった人です。

『周五郎に生き方を学ぶ』によりますと、『赤ひげ診療譚』『さぶ』などの時代小説で知られる山本周五郎は、若い頃雑誌記者をしていました。あるとき山本が牧野のもとに取材に行き、「雑草」ということばを口走ると、牧野はなじるような口調で「世の中に〝雑草〟という草はない。どんな草にだって、ちゃんと名前がついている」と言ったのだそうです。

確かに、すべての植物には一つ一つ名前がつけられていますし、名前のない植物が見つかったとしたらそれは新種になるわけです。でも、植物学者ではない私たちは、名前のわからない草を目にすると、つい「雑草」と言ってしまいます。

文学作品でも「名もなき野辺の花」などと表現しているものもあります。牧野博士に叱られてしまいますね。

江戸時代に生まれた「雑草」という語

江戸時代、農業は「草」との闘いだった

ところで、雑草という草はなくても、「雑草」という語は存在します。ただこの語はそれほど古くから使われていたわけではなかったようです。どうやら江戸時代後期に生まれたらしいのです。

それまではなんと言っていたかというと、単に「草(くさ)」と言っていました。この「草」に、とりたてて価値がないという意味の「雑」をつけて、「雑草」という語が生まれたのです。農業は農作物に害を及ぼす「草」との戦いですが、江戸時代後期に農業が進歩する中で、そのような「草」を特に「雑草」と呼ぶようになったようです。

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神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

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