保育所や幼稚園で見かけるよその親子、あるいは公園やお出かけ先で目にする他の家の親子は、上手に子育てをしているように見えませんか? 「自分の子どもは、自分の家は」と比較して辛くなってしまう瞬間もあるかと思います。
今回は、母親をやめたい、子育てをやめたいと感じてしまう「お母さんの心理」や「育児地獄の乗り越え方」を、各種の情報に基づいてまとめます。
目次
「母親」も「子育て」も「やめたい」と感じやすい状況は?
わが子であれば何があっても愛し抜ける、自分の命を犠牲にしてでも守り抜けると、偽りなく感じながら子育てに励むお母さんは多いと思います。しかし一方で、さまざまな理由から育児を「地獄」と感じ、「逃げ出したい」と追い込まれていくお母さんも存在しています。
例えば厚生労働省が発表した『平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>』を見てみます。全国210カ所の児童相談所が対応した児童虐待相談の件数は、平成2年の公表開始から平成29年までに、100倍以上増えていると分かります。
相談件数が一気に増えた理由には、もちろん「虐待」の考え方の変化があります。相談対応件数には、お父さんの虐待も含まれています。しかし、右肩上がりの虐待相談対応件数と、「育児地獄」から解放されたいと考える母親の数には、何かしらの関係があるとも言える状況なんです。
「もう母親をやめたい」と思ってしまうのは、なぜ?
筆者(男性)も今まさに、2人の娘を子育てしています。子育ての大変さは、十分に承知しています。ただ、大変さだけではない、全ての苦労を帳消しにしてくれる幸せな瞬間も多くあるはずです。
生労働省が行った調査『第7回21世紀出生児縦断調査結果の概況』を見ても、「子どもが居て良かったと感じる瞬間がある」と答えた人は、全体の99.4%に達します。しかし一方で、いつでも手放しに「子どもが居て良かった」と感じられない人も居るはずです。子どもの成長に喜びを感じる瞬間はある(あった)ものの、現状では喜びを感じられない、極端に言えば「育児地獄」で苦しんでいるお母さんも、99.4%の中には隠れているのではないでしょうか。
「自分自身が思ったように生きられない」と感じてしまうから
現代はインターネットで、育児に奮闘する母親たちの本音が、容易に外からのぞける時代になりました。例えば匿名の書き込みが可能なQ&Aサイトには、「育児を放棄したい」、「子育ては地獄だ」、「子どもを虐待してしまっている」といった書き込みが見つかります。その気持ちに共感できるという読者の書き込みも、同じように目に入ってきます。普段は人が表に出さない、匿名の世界でこそ明かせる本音の意見ですね。
しかし、そうした心の叫びを膨大に読みこなしていくと、育児を「地獄」と考え、追い込まれて心身ともに疲れていくお母さんには、大きく分けて2つのパターンがあると分かってきます。その1つが、「子育てを通じて“自分自身”が思ったように生きられなくなった」と感じ、苦しんでいくケースです。
今までに何度か、筆者は母親サークルの座談会のような場所に顔を出した経験があります。その場で、「長く働いて出産が遅かった女性ほど、子育てで自分の自由な時間が持てなくなると苦しむ傾向がある」という意見をたびたび耳にしました。
もちろん、真偽については断定できません。しかし、先ほど紹介した厚生労働省の調査『第7回21世紀出生児縦断調査結果の概況』でも、出産前にずっと仕事をしていた女性ほど、自分の自由な時間が持てない現実に、より大きな負担や悩みを感じているというデータもあります。
先ほどの厚生労働省が行った調査『第7回21世紀出生児縦断調査結果の概況』で、最も多くの人が育児の負担として挙げるように、経済的な負担も重くのしかかります。出産後に退職をしたり、育児休業を取得したりすれば、社会から取り残された、思い描いていたキャリアコースから脱落したと感じる女性も当然、出てくるはずです。
このように出産前と違って、出産後は自分の人生が思い通りにならなくなる生活の変化が、心と体に大きな負担を及ぼし始めます。その負担がある一定のレベルを超えた時点で、「もう母親をやめたい」と爆発してしまうのですね。
「子どもが思ったように育ってくれない」から
一方で、“自分自身”ではなく、「“子ども”が自分の思ったように育ってくれない」ストレスで、爆発してしまうお母さんも存在します。
厚生労働省は『子ども虐待対応の手引き』として、児童虐待防止に役立つ情報を公開しています。その中で、「自分はこのままだと子どもを虐待してしまいそう」、「自分の行動は虐待なのだろうか」と、児童相談所に電話を入れてくる保護者に見られる共通点が紹介されています。共通点の中には、
<完璧な保護者を目指し育児マニュアル通りに子育てしようとする養育者が多い>
<泣いてばかりいる、あまり寝ない、ミルクの飲みが悪い、少食である、など育てにくい子の場合が多い>(厚生労働省のホームページより引用)
といった特徴も書かれています。育児マニュアル通りに子育てをしなければと強迫観念を持ってしまえば、例えば子どもが早く寝てくれないなど、思った通りに動かない場合、イライラを感じてしまいます。
その上、夜も昼も泣いてばかりいる、ミルクを飲んでくれない、好き嫌いが激しく作った料理をほとんど残すなど、子どもが思った通りに動かない瞬間があまりにも重なると、とうとう我慢できなくなり、いら立って爆発し、最悪のケースでは虐待(に近い行為)に走ってしまう母親も、確実に存在しているのですね。
つらい子育て「育児地獄」の乗り越え方
「育児地獄」に陥ってしまったら、どうすればいいのでしょうか? もちろん、求めようと思えば正論めいた改善策は、いくらでも世の中に存在します。例えば『7つの習慣』などの世界的な自己啓発本においては、身の回りで起きる出来事と自分の反応の間にある種のスペースがあり、出来事に対する反応を自分で選べる自由があると繰り返し強調します。例えば、「イヤイヤ!」を連呼する2歳児にイライラするのか、「わが子も順調にイヤイヤ期に入った!成長したね~!」と喜びを感じるかは、その人次第、その人の自由であるという考え方ですね。
しかし、現実問題として「育児地獄」に直面し、余裕を失っている人に向かって正論を強要しても、意味がありません。むしろお母さんは余計に苦しくなってしまうだけ。一体、どうすればいいのでしょうか。
匿名の電話相談が効果的
例えば先ほど紹介した厚生労働省の『子ども虐待対応の手引き』の中では、
<話を聴いてもらえた、解ってもらえたと感じるだけで溜まっていたイライラが軽減され子どもに向かう攻撃性が多少なりとも弱まる>
<相談を重ねることにより子どもの見方や考え方が変わっていくことが期待できる>(厚生労働省のホームページより引用)
と、匿名の電話相談が持つ効果が書かれています。専門家も指摘するように、やはり単純に誰かに話を聴いてもらう、理解してもらう、不安や不満、苦しみを繰り返し口にするという行動は、「育児地獄」に苦しむお母さんを、救い出してくれる可能性が大いにあるのですね。
ただ、誰に相談をするかという問題もあるはずです。厚生労働省『第3回21世紀出生児縦断調査(平成22年出生児)の概況』を見ると、世の中で子育てに奮闘する女性にとって、最大の子育ての相談相手は配偶者だと分かります。次が自分の親、友人・知人となっています。
理想的に言えば、問題をダイレクトに共有している、夫に相談できればいいですね。しかし、自分自身が思った通りに生きられず、子どもが思った通りに育ってくれないだけでなく、夫など自分の身の回りの人が思った通りに子育てに関わってくれないという三重苦に悩まされている人も居るはずです。夫が忙しくて話を聞いてくれない、夫との関係が好ましくない、相談に乗ってくれないという悩みは、盛んに耳にする話ですよね。
そもそも夫と離別しているケースも考えられます。家族や友達で腹を割って相談できる人が、全く居ないという人も居るはずです。その場合は、地元の公的な機関が営む相談窓口に、勇気を振り絞って電話をしてみてもいいのかもしれません。
実態として匿名電話を含めカウンセラーに相談する人は、育児中の人の中で1%前後しか居ないというデータもあります。しかし、その手の機関で相談に応じる専門家は、身の回りにいる「素人」の夫や家族、友達以上にプロフェッショナルの聞き手です。思い付きの勝手な助言をせず、話をそのまま受け止め、時間をかけて聞いてくれる専門家が多いはずです。
<人付き合いが苦手で、子育ての悩みをうち明けたり話し合ったりする相手がいない>(厚生労働省のホームページより引用)
といった母親が、児童相談所に「子どもを虐待してしまいそう」と電話を入れてくるパターンは、実際に少なくないと厚生労働省の情報も示しています。夫や親、友人から正論めいた駄目出しを下手に聞かされるよりは、少しは楽になれるかもしれませんね。
思春期の中学生・高校生の育児を乗り越えるには?
子どもが中学生、高校生の思春期に入ると、幼いころと比べて子育ての大変さもまた変わってきます。自分自身が思春期だったころを思い起こしても、それこそ理不尽な理由で、親に当たり散らしていたと覚えています。理不尽な理由で当たり散らしてくる子に、自分の思ったように育ってくれない子どもだと思い、「もう母親をやめたい」と爆発してしまう瞬間もあると思います。
中学生・高校生の子育てをやめたいと思ったら、専門家へ相談を
先ほどは、児童相談所の電話相談について書きました。子どもが反抗期に入った場合も、やはり「仲間」を身近に探し、思いの丈を繰り返し相談する、言葉にするといった方法が、最も手堅い乗り越え方だと言えるはず。しかし、子どもが非行に走ったり、犯罪まがいの行為に走ろうとしていたりするときには、専門家への相談が適している場合もあるはずです。
この場合の「専門家」とは誰でしょうか。通っている学校の先生は、もちろん身近な専門家として相談に乗ってくれるはずです。一方で学校と離れた場所で言えば、各都道府県、市区町村に、非行、罪を犯す恐れがある、不登校、引きこもりなど問題を抱える子どもに関する相談窓口が用意されています。壮絶な反抗期の子育てについては、知り合いや友達、家族よりも、かえって電話窓口の方が相談しやすい場合もあるかもしれません。
「どこに電話すればいいのか分からない」と感じて、電話を敬遠している人も居るはずです。しかし、電話をする窓口が間違っていても、適切な場所を紹介してもらえます。とりあえず、目に付いた番号に電話してみるだけでも、何か解決の糸口が見つかるかもしれませんね。
発達障害児の子育ての乗り越え方
思春期に入った子どもの育児も大変です。しかし、それ以上に壮絶な子育てを強いられるケースがあります。発達障害のある子どもの育児ですね。苦しみを友達や家族に語っても「それは見方の問題で、障害というよりも個性じゃないの?」などと片付けられてしまうケースもあるはずです。周りの無理解もあって「もう母親やめたい」と爆発してしまう場合も、多々あるはずです。
発達障害のある子どもの子育てをやめたいと思ったら、仲間と交流を
障害のない子どもの子育てと違って、障害のある子どもの子育てに関しては、親にも特別な支援が必要だと考えられています。実際に各都道府県・指定都市は発達障害者支援センターを設置し、相談支援や発達の支援、就労の支援、情報提供を行っています。
より身近なレベルで言えば、発達障害のある子どもを持つ親同士が各地で連帯し、親の会を作るなどの動きもあります。親の会も組織の大きさがまちまち。大きい会、小さい会、それぞれにいい面、悪い面があります。何でも気軽に話し合える「仲間」を見つけたいと入会したところ、広報作りや会計など膨大な作業を負担させられて、参加自体がおっくうになってしまったという母親の話を、身近で聞いた経験もありますが、発達障害のある子どもで育てにくさは、一人で抱えきれるレベルではないと考えられています。同じ事情を抱える仲間と交流を持ち、ペアレントトレーニングなどを通じて自分自身の子どもへの接し方を変えながら、各種の支援の手を積極的に受け入れたいですね。
文/坂本正敬 写真/繁延あづさ
【参考】
※ 平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値> – 厚生労働省
※ 子ども虐待対応の手引き 第12章 電話相談の実際 – 厚生労働省