ちひろ美術館とは?
ちひろ美術館・東京は、絵本画家・いわさきちひろ(1918〜74)の住居跡に建てられた美術館です。いわさきちひろは、生涯にわたって子どもをテーマにした作品を描き続けた画家。水彩絵具の美しい色の重なりで子どもの姿を表した作品を、一度は目にしたことがある方も多いかもしれません。
ちひろ美術館・東京は、いわさきちひろの作品を紹介するとともに、国内外の絵本画家の原画も展示する、世界初の絵本専門美術館です。子どもが生まれて初めて訪れる「ファーストミュージアム」になることを提案し、子ども連れが楽しみやすい環境が整っています。
当時のまま残された、ちひろのアトリエがお出迎え
まず目に入ったのが、ちひろが使用していたアトリエです。愛用のパレットやティーセット、かわいらしい人形なども並んでいて、生活感が溢れています。ちひろの存在をぐっと身近に感じられます。
絵本とその原画を一緒に楽しむことができる展示室
いわさきちひろの作品を紹介する部屋です。約9600点ある収蔵品のなかから順次展示します。ちひろ美術館では、大人と子どもが一緒に絵を楽しめるように、一般的な美術館よりも展示位置を低くしています。
かのんちゃんは、初めて訪れた美術館の雰囲気に少し緊張していましたが、絵のなかの「星の数」などについて話すうちに和やかな雰囲気に。空が紫色で描かれていることに興味津々です。
次の部屋では展示中の作品を掲載した絵本が手に取れるようになっています。床、壁面、天井にも木を用いた室内は、アットホームで居心地が良いです。
おもちゃがいっぱいの「こどものへや」
ちひろ美術館の特徴は、展示室以外の施設も充実していること。こちらの「こどものへや」は赤ちゃんと小さな子どものためのスペースで、靴をぬいであがります。木製のおもちゃ、ぬいぐるみなどがあるので、子どもが展示に飽きてしまったら、この部屋にエスケープ。赤ちゃんをゴロンとさせられる場所があるのも助かりますね。
「こどものへや」に隣接して、広々とした授乳室とトイレがあります。授乳室には流し台もあります。館内では男性トイレも含め、すべてのトイレにおむつ交換台が設置されています。
何時間でもいられそうな充実の図書室
図書室には、ちひろ美術館がセレクトした絵本が約2000冊。時間を忘れて楽しめそうです。
お待ちかねのミュージアムショップ
ちひろの絵本はもちろん付箋やマグネット、マスキングテープなど、お土産にしたくなるかわいいグッズがたくさん。
ちひろ美術館は大規模な美術館ではありませんが、心のこもった工夫をこらすことで、日常と非日常の間にあるような親しみやすい空間をつくっています。お子さんによっては美術館の暗さや、天井高などいつもと違う空間を怖がることもあるかもしれませんが、ちひろ美術館の建物なら日常とのギャップは少ないかも。もしお子さんがぐずっても展示室以外でも楽しめます。
あらゆる人が学びを深められる居場所をつくりたい――学芸員に聞いてみました
ここからは、ちひろ美術館・東京の主任学芸員である原島恵さんに、ちひろ美術館と子どもの関わり、子ども向けのイベント、親子で美術館に来る際の心持ちなどについて、お話をうかがいます。
ちひろさんに会える親しみやすい空間
――こちらの美術館は開館して何年経つのでしょうか。
原島:オープンは1977年ですので、まもなく50年を迎えます。現在の建物は2002年のリニューアルの際に建て替えたものです。
――とても落ち着きます。
原島:当館のお客様は、芸術作品を鑑賞しに来るというより、ちひろさんに会いたいと思って来てくださる方が多いです。館長の黒柳徹子がインティメイト(親密な)という言葉で表現するように、ちひろを身近に感じられるような空間にしています。大きな美術館の圧倒するような崇高な空間も素敵ですが、当館は普段お家でお父さんお母さんのお膝の上で絵本を読んでいる子どもたちが、そのままの心持ちで来ても親しめるような人間的なスケールでできています。
20年前から男性用トイレにもおむつ交換台を設置
――ちひろ美術館は、1977年の開館当初から子どもを意識していたのですか。
原島:いわさきちひろは生涯子どもを描き続けた画家です。戦時下を生き抜いた経験から「世界中のこどもみんなに 平和と しあわせを」という願いをこめて、活動をしてきました。ですので、開館当初から子どもを対象外にすることは考えていませんでした。2002年にリニューアルする前の古い建物の時代から、お子さんが遊べるスペースを設けています。いまでこそ、いろんな美術館にベビールームがあったり子どもに向けた配慮がありますが、私どもが開館した1977年当時にそれをしている美術館は少なかったと思います。
――リニューアルの2002年の時点でも早いと思いますが、その前からとは、すごいですね。
原島:今は男性も育児をするようになってきていますから、珍しくないかもしれませんが、2002年に現在の建物ができたときから、男性のトイレにベビーキープとおむつ交換台を設置しています。
――素晴らしい取り組みですね。実際、子ども連れのお客様は多いですか。
原島:当館の特徴の一つは、ご家族でいらっしゃるお客様が多いことです。最初は若いときに一人で、つぎに恋人同士で、結婚してご夫婦で、お子さんと一緒に、お孫さんと一緒に。そういうサイクルでご来館くださいます。皆さんの思い出を繋ぐ場所でもありたいと考えています。
――18歳以下は無料なのですね。
原島:日本は一見豊かな国ですが、実際には子どもの貧困や格差も問題になっています。絵本を読んだことのない子どももいます。そういう方にも来ていただきたいという思いがあって、18歳以下・高校生以下は無料にしています。
――子どもはどういうところを面白がっていますか。
原島:とくに人気があるのは、「こどものへや」と1階の階段の下にある面白鏡です。表面がでこぼこしていて顔がゆがんで見えます。子どもたちは、あの鏡に駆け寄ってゲラゲラ笑っていますね。
これは、館長の黒柳徹子が提案したものです。リニューアルするときに「面白い鏡があるといいわ」と申しまして、スタッフが探して設置したところ大好評でした。
――さすが黒柳徹子さんですね。
原島:ささいなことですが、こういったきっかけから美術館という空間に馴染んで、あたたかい気持ちを持って帰っていただけたら嬉しいです。当館では、各自のペースでご覧いただくことを大切にしています。お子さんのコンディションによっては、集中して絵を見ることができないこともあると思います。そういったときは「図書室」や「こどものへや」で一日遊んでいただいても構いません。
ちひろ美術館は東京だけでなく、ちひろの両親の出身地である長野県の安曇野にもあるのですが、そちらは「絵を見なくてもよい美術館」というコンセプトをつくっているくらいです。
大人も子どもも楽しめるイベントを開催
――子どもに向けたイベントはどんなものがありますか。
原島:いろいろなものを開催しています。年2~3回、定例で開催しているのが、「わらべうたあそび」です。0〜2歳の子とその保護者を対象にしたもので、親子で一緒に手遊びをしたり、わらべうたあそびをします。
子どもも大人も参加してよいものに、毎月第2・4土曜日の「絵本のじかん」という読み聞かせの会があります。読み聞かせは、声に出さないときよりも内容が染み込んでくる気がして私もとっても好きです。
――普段は子どもに絵本を読んであげるばかりです。大人も一緒に聞くことができるのはいいですね。
原島:ほかにも「あかちゃんのための鑑賞会」や「子どものための鑑賞会」も開催しています。NPO法人赤ちゃんからのアートフレンドシップ協会代表の冨田めぐみ先生を講師にお迎えし、一緒に展示室を巡ります。冨田先生は、全国で赤ちゃんや子どものための鑑賞会を開いていて、子どもたちを惹き付ける力をお持ちの方です。外国語を母語とする方も参加しやすいように英語対応もしています。
美術館に来ることが難しいあらゆる人にとっての「ファーストミュージアム」
――公式サイトにある「ファーストミュージアム」という言葉が素敵だなと思いました。
原島:最初は、お子さんが人生で初めて訪れる美術館として「ちひろ美術館」を選んでもらいたいという思いから「ファーストミュージアム」を打ち出していました。
最近はインクルーシブの観点から、お子さんだけでなく、車椅子ユーザーや視覚や聴覚など様々な障がいを持っている方、外国語が母語の方、認知症の方など、美術館に来ることが難しいあらゆる人にとっての「ファーストミュージアム」になりたいと考えています。「美術館は敷居が高いイメージがあるけど、ちひろ美術館だったら行ってみたい」と思っていただければと思います。
――具体的にはどのような取り組みをしていますか。
原島:もともと、全館バリアフリーにしており、どなたが来ても歓迎してはいたのですが、昨年からさらに踏み込んだ取り組みを始めました。
例えば休館日に「障がいのある方のための鑑賞会」を行ないました。こちらが解説するのではなく、1組ごとにアート・コミュニケータという専門家の方がつき、話をしながら、その人のペースで展覧会を鑑賞するものです。
ストレッチャーに乗っている重度の障がいのある方、車椅子に乗っている方、発達障害の小学生のお子さんなど、年齢も障がいも様々な方に参加していただきました。群馬県から来てくださったお客様もいて、こういう機会が求められているのだと思いました。
――美術館に行くことが難しい人も、対象を区切った上でイベントとして提案していただくと、行くきっかけができるかもしれませんね。
原島:ほかにも聴覚障がい者に向けた手話通訳つきのギャラリートークや、全盲の美術鑑賞者である白鳥建二さんと会話をしながら作品を鑑賞するイベント、認知症の方を対象にした「アートリップ」という対話型の鑑賞プログラムなども開催しました。
――これからの時代にあった取り組みですね。
原島:これからもみんなの居場所になる美術館を目指して活動していきたいと思っています。
絵本のなかに人の心のふるさとがある
――絵本と親しむことの良さについて、どのように考えていますか。
原島:2010年代を振り返ると、東日本大震災、そしてコロナウィルスの感染拡大で人とのつながりが絶たれ、自由が奪われ、社会的閉塞感が強かったと思います。そのようなとき、絵本を求める大人が多くいました。いわさきちひろは「“みんな仲間よ” 私は自分の心にいいきかせて、なつかしい、やさしい、人の心のふる里をさがします。」という言葉を残しています。子どもの頃に親しんでいた絵本に大人になってから再び出会うと、心の土台の部分に出会ったような、なつかしい気持ちになります。絵本は長いスパンで人の心に染み込んで、その人の心の居場所をつくるものだと思います。
大事なのは子どものペースで見ること
――展示室では、子どもとどのように接するのがいいのでしょうか。
原島:さきほど申し上げた冨田めぐみ先生の「あかちゃんのための鑑賞会」のときの話ですが、赤ちゃんを抱っこをしながら親子で絵を見ていると、赤ちゃんは絵とお母さんの顔を交互で見て、お母さんが楽しそうだと「にっ」と笑うんです。素敵です。子どもはみんなが楽しいのが一番なんですね。まずは一緒にいる大人が美術館を楽しむことが大切なのではないでしょうか。
大きな美術館へ行くと一日で見きれないですよね。大人は、せっかくお金を払ったんだから、つい「これも見なさい」なんて言ってしまいますが、そんなことを言われると、子どもは苦痛に感じるかもしれません。見られるものだけでいい。途中で飽きちゃったらやめるというスタンスで、その子のペースを尊重することが大事です。
――子連れで美術館に行こうと考えている親御さんに向けてメッセージをください。
原島:子どもがいると騒いだらどうしようと、どうしても人の目が気になってしまいますが、美術館は皆様に開かれた場所です。ためらわないで来ていただけたら嬉しいです。ちひろ美術館には子どもが遊べるスペースや図書室もありますし、お買い物もできます。美術館に行ったけど今日は絵が見られなかった。それでもいいと思うくらいの大らかな気持ちで、気軽にお越しください。
◆これから開催する展覧会◆
いわさきちひろ ぼつご 50 ねん こどものみなさまへ あれ これ いのち
会場 ちひろ美術館・東京
会期 2024年3月1日(金) 〜6月16日(日)
開館時間 10:00~17:00
※入館は閉館の30分前までにお願いいたします。
休館日 月曜日(祝休日は開館、翌平日休館)
※GW(2023年4月29日~5月6日)は無休
観覧料金 大人1200円
18歳以下・高校生以下無料
※団体(有料入館者10名以上)、学生証をお持ちの方、65歳以上は900円/障害者手帳ご提示の方とその介添えの方1名までは無料となります。
※保護者割引:18歳以下の子ども1名につき同伴者2名まで900円
◆会期中のイベント◆
●わらべうたあそび
日時:4月6日(土)11:00 ~ 11:40
講師:服部雅子(西東京市もぐらの会代表、はとさん文庫主宰)
参加費:無料(入館料別)
対象:0 〜 2歳児と保護者/定員:8組16名
申し込み:要事前予約(3/6より公式サイト、TEL.にて)
●絵本のじかん
日時:毎月第2・4土曜日 11:00 ~ 11:30
参加費:無料(入館料別)/申し込み:当日受付
協力:NCBN(ねりま子どもと本ネットワーク)
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企画協力/中川ちひろ
撮影/五十嵐美弥
取材・文/藤田麻希
構成/HugKum編集部