なにか変だぞ、学校の「金融教育」。工藤勇一校長と金融教育家・田内学さんが語り合う現状の問題点とは?

世界的に知られる金融グループ、ゴールドマン・サックスに15年勤務していた田内 学さん。世の中が投資をはじめとしたマネーゲームに翻弄されているのを見て疑問を感じ、現在は著書やSNSを通じて「教養としての金融」を広くわかりやすく伝えています。2023年から高校での授業に「金融」が加わりましたが、その教育についても思うところがあり、中高教育に確固たる理念を持つ横浜創英中学・高等学校校長の工藤勇一先生のもとへ。ふたりが語り合う金融×教育、保護者も小さな子どもたちも一緒に考えたい内容です。まずはその前編、ぜひ読んでみてください!

知識を暗記するばかりの学習では、社会が「他人ごと」になる

田内さん:今日は、学校教育の中で金融をどうとらえるか、大人たちは金融をどう教えたらいいのか、その課題をぜひ工藤先生とお話したいと思っています。

2022年から高校の必修科目に加わった公民科「公共」の教科書に執筆者として関わりました。社会の中で若い世代はどう生きるかを自ら考えられるような内容にしたかったのですが、条件などがあってなかなか難しくて。

「社会」は暗記科目、歴史上や地理上にある事実を示すのが中心になりがちです。そうなると、「社会」を他人ごととしてとらえてしまうのではないか、と。どうしたら自分ごととして社会をとらえてよりよいアクションができるのか、教育する側の人間に回ったときに考え込んでしまいました。

金融教育家・田内 学さん。経済金融小説『きみのお金は誰のため』がベストセラーに。

また、2023年から高校では家庭科の授業で「金融」の教育が始まりました。家庭科の先生が教えるのは難しいから、外部の講師を呼ぼうということになり、来るのはたいてい銀行や証券会社の人間です。となると、投資教育の話にすりかわりやすいと思うんです。

工藤先生:そうですね、金融教育は社会の中での経済を学ぶものなのに、いつのまにか、世間で生きている「自分」の身近なお金のことだけになるのは疑問ですね。我々はどう金融教育をするのか。現場で話し合うことが大事だと思っています。

 金融教育=投資教育ではない。「社会の中のお金」を学ぶ場に

田内さん:投資っていうのは、投資をする人がいて、される人がいて成り立つものです。全員が投資する側に回ったら経済を回すもなにも……。若くて「何かをやりたい、自分の作ったものを社会に役立てたい!」と思う人に、共感する人が投資をする、という関係性でないと。

若くてこれからいろいろな可能性がある世代の高校生に、投資をするほうの話ばかりではどうかな、と思うのです。実際に手を動かしてものを作る若者を育てないでどうする、と。

横浜創英中学・高等学校校長 工藤勇一先生。対談は横浜創英にて行われた。

工藤先生:本当にそのとおりです。我々教育者は、社会に役立つ新しいことを自分の力で作っていく若者を育てるのが使命です。

田内さん:僕の書いた『きみのお金は誰のため』はお金について学ぶ話ですが、一番伝えたかったのは、社会は他人事ではないということ。そこが、日本経済の停滞の原因ではないかと金融で働いていたときから感じていました。

驚いたことに、先生のご著書『考える。動く。自由になる。―15歳からの人生戦略』(実務教育出版)にも同じことが書かれているんですよね。

子どもたちにとって社会が他人事になっているのはまずい。このままだと日本経済も悪いままだとおっしゃっていて、先生は逆側から考えてまったく同じ結論に至っていたんです。

今だれもが他力本願じゃないですか。もっと自分で考えて動かなければ。そんな中、自分が働くことより「お金に働いてもらう」というような教育が高校で進んでいて、大丈夫かな、と……

工藤先生:初等教育からずっとですね。

田内さん:子どものころやっていた『人生ゲーム』も僕にとっては疑問です。最後にお金を増やしたら勝ち、みたいな。お金は適切に使うべきだし、使うときに幸せを感じるわけだし、どうやって豊かになっていくかはお金だけではなく、生活全体を含めて考えていくべきで。

ずっとそんなふうに思っているのですが、この自分の問題意識をもっと広めて、課題解決に結びつけられないかと。

 教育を変えれば子どもたちの「社会」への意識も変わる

工藤先生:端的に言いますと、教育を変えればいいのです。教育を変えれば必ず社会は変わります。

国が経済を変えないと、という人もいますが、私たちは教育の専門家だから、自分たちで子どもたちの将来をよい方向に導く努力をしないといけないと思っています。

学校は「君たちの社会を君たちがどう運営するか」を考えさせる場です。田内さんがお持ちの問題意識は非常に重要で、我々が取り組むべき問題なのです。つまり、「当事者性を持った子どもを育てる」ということです。

田内さん:そう言っていただけると嬉しいです。

法律はだれかが変えるのではなく自分たちで変える 

工藤先生:社会科の授業が「できたルールを知るだけ」になっていないか。法律がおかしいなら自分たちの力で変えようと思う力を身につけないと。

けれど、北海道のアイヌの方々を差別する法律が明治の頃にできて、差別がなくなるのに100年もかかっています。ハンセン病があきらかに感染力がないと言われているのに、その法律が変わるまでに100年もかかっている。法律は自分たちで作ったのだから、自分たちで変えればいいのに……。

田内さん:世の中にはどんどん新しい問題が起こっているのに、たとえば裁判も、以前に同様の判例があるとそれと同じにしがちだと感じています。

工藤先生:選挙のとき、日本は名前を書かせますよね?  でも選挙権のある人で障害などによって字が書けない人、読めない人もいます。海外では○をつけるだけというところがあるのに。多様な人がいるということが無視されている。そこもずっと変わりませんね。

田内さん:なるほど、いろんなところに課題がありそうです。

工藤先生:歴史的に見ると、こういう課題解決をしてきたのは学校教育です。

ヨーロッパでは第二次世界大戦後、学校に行くことで子どもたちを主体者、当事者に変えて人権にやさしい社会を作った。そして与えられた椅子を奪い取るんじゃなくて椅子をもっと増やしていこうと行動できるような教育をしたんですね。

ではなんでヨーロッパと日本とで同じことが起こらなかったのか、それは戦後のベビーブームでめちゃくちゃ人口が増え、放っておいても椅子が増えたからです。世界のGDPに影響を与えるくらいです。

みんな豊かになったから気がつかなかったんですね。成功しているって勘違いしました。明治維新のときは3300万人だった人口が13000万人まで増えて、当事者にならなくても豊かになれた時代が続きました。

でも、今は当時とはぜんぜん条件が違います。お父さんの価値観を聞いてそのとおりに生きてもうまくいく時代ではありません。今はいい経歴を与えてもそれが頼りにはなりにくいです。

 キャリアアップより「それぞれの子どもが幸せになる」ことを考える時代

田内さん:そうですね。今はキャリアアップよりも「自分にとって何が幸せか」を軸に考える時代になっていると思います。そして、その基板になるのが「だれひとり取り残さない」教育だと思います。

工藤先生:そうなんです。それには、子どもの多様性を受け止め、選択できる環境を作ることが重要です。

たとえば計算が苦手な算数障害の子を視野に入れ、電卓を使って入試ができるとなれば、主体的に学んでいけます。識字障害の子なら、読書の課題があるときに「読む」のではなく「聞く」ことで味わってもいいわけです。

不登校が問題になっている国は日本と韓国くらいしかありません。デンマークやアメリカには「不登校」という概念がありません。ホームスクーリング(自宅学習)が普通に行われているからで、日本でようやく出した「どこで学んでも学びになる」という方針は、ずっと前から行われていた。

日本は不登校の数やイジメの数をとても気にして減らしたいと思う傾向です。でも、イジメ調査っていうのは困っている子がいないかっていう調査なのだから、イジメが発覚したほうがいいんですけれどね。

田内さん:何かを数値化すると、目的が手段になりがちですよね。これまでカウントしていなかったことに取り組むと、見た目の数値が上がり、それが課題や対策の対象に見えてしまったり。数値化って危険なところありますよね。

ともあれ、教育全体を見ても金融教育についても、根本的な課題がたくさんありますよね。

工藤先生:そう、ありとあらゆるところに足りないものがありまよね。でも、憂えることはないと思うんですよ。

イギリスに女性参政権ができたのは第一次世界大戦末期の1918年、ただし30歳以上の戸主の女性にしか与えられませんでした。21歳以上の男女に平等に参政権が与えられたのは1928年です。たった100年前ですよね。

たしかに100年かかった、という考え方もありますが、氷河期が終わったのが1万年前、そこから狩猟時代が始まるのですが、1万年のものさしで考え直すと、100年なんてたった1%です。

むしろ、「外国と比べてここが遅れていますから、国がちゃんとやってくださいよ」なんて平然と言っているようでは当事者意識は持てません。変えるべきことは自分たちで変える。子どもたちにそう思わせ行動を促すことが、今あるべき教育なのかなと思います。

田内さん:なるほど、「遅れている」などと憂うことなく、じっくりと変えていけばいいんですね。

 *  *  *

――他力本願で子どもたちに当事者意識を持たせない教育は問題だと語り合う工藤先生と田内さん。ではどうしたら当事者意識が持てるのでしょうか。また、何をしてはいけないのでしょうか。

後編の対談では、実際どんな教育をすべきかについて、おふたりが熱く話し合います。

 

工藤勇一さん、田内 学さんの近著はこちら

工藤勇一・苫野一徳あさま社1980円(税込)

ベストセラー『学校の「当たり前」をやめた。』著者であり、元麹町中の校長と、「哲学対話」で著名な教育哲学者が初タッグ!

宿題廃止、全員担任制、合唱コンクール廃止…究極の狙いは「民主主義」教育だった!

分断の時代を生きる子どもたちに必須の「対話の力」とは? 親も注目! ビジネスパーソンの現場にも役立つ必須知識が詰まった、教育関係者・必読のあらたな羅針盤に。

 

 

 

田内 学 東洋経済新聞社1650円(税込)

ある大雨の日、中学2 年生の優斗は、ひょんなことで知り合った投資銀行勤務の七海とともに、謎めいた屋敷へと入っていく。そこにはボスと呼ばれる大富豪が住んでおり、「この建物の本当の価値がわかる人に屋敷をわたす」と告げられる。その日からボスによる「お金の正体」と「社会のしくみ」についての講義が始まる。

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田内さんのインタビュー記事はこちら

「年収の高い仕事」に就くより、社会に仲間を増やして助け合う。本当の金融教育は、そんなお金の使い方を教えること【金融教育家・田内 学さん】
前回のインタビューはこちら 家族や仲のいい友人の間ではお金は発生しない ――1回目のインタビューでは、「お金は紙切れでしかない」...

お話を伺ったのは

工藤勇一|横浜創英中学・高等学校校長
1960年生まれ。山形県で数学の中学校教諭を5年務めた後、東京都台東区の中学校に赴任。その後、東京都や目黒区の教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、20203月までの6年間、千代田区立麹町中学校の校長を務める。20204月に横浜創英中学・高等学校の学校長に就任。現在、内閣官房教育再生実行会議委員や経済産業省「EdTech」委員などの公職も務める。著書に、10万部のベストセラーになった『学校の当たり前をやめた』(時事通信出版局)他、『考える。動く。自由になる。-15歳からの人生戦略』(実務教育出版)『子どもたちに民主主義を教えよう』(教育哲学者苫野一徳氏との共著・あさま社)などがある。

お話を伺ったのは

田内 学|金融教育家
1978年生まれ。東京大学工学部卒、同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社に入社、トレーダーとして活躍。2019年に退職してからは佐渡島庸平氏のもとで修行をし執筆活動を始める。著書多数。高校の社会科教科書『公共』(共著、教育図書)も執筆。『ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」きみのお金は誰のため』(東洋経済刊)は15万部のベストセラーに。中高生向けにお金についての講演なども行う。

 構成・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥

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