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当事者意識を育てる学校教育は、家庭と共有することが大事
田内さん:工藤先生は「学校教育で自主性や当事者意識を身につけることが大事」とおっしゃっていました。でも、そのような教育を学校で受けても、家に帰ったら家庭にはぜんぜんそんな視点がないとなれば、せっかく学んだことがリセットされてしまうことも考えられますね。
よかれと思って親の価値観を子どもにあてはめることもありがちですが、それでは自主性など持てません。保護者はどういう立ち位置だといいのでしょうか。
工藤先生:たとえばうちの学校だったら、入学前から「こういう学校です」と、よく保護者の皆さんに説明します。なんでも与えるのではなくて、自分から行動して学び取る学校であり、知識を詰め込めば合格する学校ではない、と。私立なので受験が必要ですが、点数や偏差値で見るのではなく、学校の理念をまずご理解ください、とお伝えしています。
田内さん:親御さんも本人も、最初から当事者意識が大事だと理解して入学するということですね。勉強に対して当事者意識がなければ、結局知識を詰め込む学習に没頭することになりますからね。
僕は家が貧しいなか、親が僕に教育を授けようとしてくれ、塾に行かせてもらいました。その進学塾には裕福な家の子が多くて、親に塾に通わされ、塾に受験の勉強を教えてもらうんだ、という受け身な印象を受けました。
入学後、「学校でずっとゲームをしていていい 」と言われた生徒たちに変化が
工藤先生:勉強をするのは本人なのに、学校や塾が勉強をさせるものだと思ってしまう。あげくに塾の先生は「先生がよくないから勉強が伸びない」とか言われるわけですよ。
だからうちの学校ではそれをなくすべく、中1でリハビリをするんです。最初に「学ばなくていい」といってゲームができる部屋で、自由にしてもらうんです。「ずっとゲームをしていても怒らないよ、ただ人の勉強の邪魔をしたら介入するよ」とだけ言います。
田内さん:そうなんですか! 学校で好きなだけゲームができて怒られないなんて、なかなかないですね。
工藤先生:親も子も最初は「放っておかれて勉強をみてくれない」と。保護者の方は特にそうです。でも、保護者がそう言っても我々は子どもたちをそのまま見守ります。
130人入学して、1学期の終わりには30人がゲーム部屋に残ります。でも何も言わなくても2学期の終わりには10人に減りました。3学期の終わりには3人です。なにも注意しないんです。
勉強は叱ってやらせると結局人のせいにする人間になりますが、叱られないっていう感覚を持つと、自分しか責めるものはない。自分が見えてくる。
ゲーム部屋からひとりひとりいなくなる、取り残されている……変化が起こるんです。やっぱり勉強しなきゃいけないのかな、オレ何やっているんだろう。ここでずっとゲームしていていいんだろうかって哲学的に考えるようになります。
田内さん:それはすごい。自分から勉強に向かっていくのですね。当事者意識がないと、自分の人生を自分のものだって思えないものですが、大人が介入しないで本人の決断をとことん見守れば、変わってくるということですね。
子ども同士のトラブルを大人が裁くようなことはしない
工藤先生:社会性においての「当事者性」も同じで、学校でちょっとしたトラブルが起きると、解決するのは大人の役目だと思ってしまい、教員や親のところに訴えに行くんです。
でも、大人が静観していると、2種類のことが起こります。理想的なほうは、ふたりがトラブった後、お互いが調整しようということになり、楽しいほうがいい、という結論になり、自分たちで解決する。もうひとつは大人の力を頼る。この状態のときにどう関わるかが大事なんです。
「あなたが悪いのだからあやまりなさい」とやるのか、「どうすればふたりとも幸せな状態になるか考えさせる」のか。後者は大人が答えを出さず、子どもたちに質問をして自分たちで答えを出させるのですね。
大人をいつも介入させていると当事者性を失って、子どもは大人に「あの子、どうにかしてよ」と訴えます。保護者も教員に言いますよ、「あの子、迷惑だから教室から出してください」など。
学校は全員が成長する場です。子どもは傷みを学びに変えていくプロセスが大事で、それによって大きく成長するのに、その成長を大人が奪う、そんな権利はありますか?
田内さん:大人が判断しすぎない、大人が解決しないことが大事ですね。
工藤先生:うちの学校では、教員は「僕らは殴り合いを止めに入ることはできるけど、
アンガーマネジメントだけは教員が生徒にしっかり教える!
工藤先生:ただ、教育で「これは教えないといけない」という事柄もあります。それはアンガーマネジメントです。
脳のある部位が動かなくなることで怒りを抑えることができない、思考することができなくなる。機能停止してしまうと相手に対してよくないことを言ってしまうのだ、と。「うるせぇ、死ね!」って言わなければよかったとあとで思うのなら、クールダウンして脳が働いている状態にしようよ、と。僕らは生徒が中1くらいのときに教えるんです。
それも「どうする?」って本人に聞きます。「怒りを止めたい。殴ったら自分も苦しい」と言ったら、「自分の怒りを止められるのは君しかいない。じゃ、自分で考えて何かしかけをつくろう」と。例は出しますよ、ミサンガを巻いておく、手のひらにマークをして怒りたくなったらそれを見る。怒りが起きそうになる前に場を離れてトイレに行くなど。でも、自分が怒りを止める方法は自分で考えてもらいます。
こうも言います。「いつ頃になったら怒りを止められそう?」と。中1の子が「中3」って言ったりします。
「そうなると教員が中3まで面倒見ないといけない。もうちょっと早くならないか? 僕らもがんばるけれど、怒りのストップをフォローするのに間に合わないってあるよね? 2年後だと身体も大きくなるよ、そしたら自分の身体が凶器になる。殴ったら相手が大きなダメージを受ける。すると相手を大きく傷つけた自分も大きなダメージを受けるよ。問題が起きてほしくないのではない、問題は起きるけれど、君が傷つくのがいやだから」と。
田内さん:なるほど。先生は子どもたちが「当事者」になるよう、質問をしながら自分の言葉で語らせていく手伝いをするのですね。そして、相手が傷つき、自分も傷つく生徒の身になって、本人が考えることに伴走する。
教育や子育てで大切なのは、子どもに「社会の中で生きている」ことを気づかせ、「当事者性」を持つことの重要さを、自分で感じられるようにサポートすること。それには、教員がひとりの人間として生徒と対峙し、上下関係でなく、人と人との関係性で接していくことが重要だと納得します。
金融教育も、当事者意識をもてないままでは危険
金融教育もそうでなければ、とますます強く思います。2023年度から高校で金融教育が始まりましたが、「投資のしかた」などを教えているケースが多いようです。
「自分が儲けること、そのために投資をすること」を教えるのは、自分の幸せばかりを考えることになり、この社会で生きていくことの当事者意識を育てることの反対側にいっている……。そうでなく、お金を話題にし、子どもに社会の中でどう当事者としてお金とつきあっていくのかを、本音で語らねば。
「お金を増やしたら、だれかがやってくれるでしょう」「お金を払ったらだれかが便宜をはかってくれるでしょう」と子どもたちが思ってしまったら非常に危険です。
子どもが「当事者性」を持つために横浜創英が選んだ学校運営のかたち
工藤先生:子どもが「当事者性」を持つために学校がやらないといけないことはふたつです。
ひとつは、学校運営そのものについて、可能なかぎり子どもに権限を与える。学校はひとつの社会ですから、学校にいることで、社会をつくることを学んでいくのです。
ルールが必要ならルールも作ります。法律は「ある」ものではなくて「つくる」ものだと認識してもらいます。学校という社会の中でみんなが幸せになるために、自分は何をすればいいんだろうと、考える主体は生徒です。
持続可能な社会をするために最低限、教員が教えないといけないことはありますが、それ以外は生徒が協力し、みんなが幸せになる方法を考えていきます。大人が目標設定をしたものをみんなでやるなら学校は社会にならないですからね。
もうひとつは学びのデザインです。与えられる学習ではなくて、生徒が自分で選べる学習にすることです。これも「当事者性」が重要です。学ぶ場所も内容も方法も子どもが可能なかぎり選べる環境をつくることが重要だと考えます。
横浜創英では、2025年度から基本の単位数を減らして、その他は選択して自分でとってもいい、あるいは自学してもいいというように自由度を高める予定です。自分で自分の学習をデザインしていくという当事者性が、子どもたちを成長させ、また自主性を持って学習に取り組む基礎になると思っています。
田内さん:学校での金融教育もまさに同じですね。金融教育においては、自主性、当事者性という方向が、誤解されているのかもしれません。「自己責任で金融商品を選ぶ」というような使われ方になっている。
これからは社会の中でお金はどんな価値があるのか、自分のお金を社会の中でどう活かし、自分の幸せと社会の幸せを追究していくかを、生徒たちが自分で考える時代にしていかないと。
そのためには、大人は警察や裁判官のように子どもを裁かないこと、そして多少失敗しても子どもたちが自分で考え、行動していくことを見守り、応援していくことが重要です。学校でも家庭でも、そんな教育を実行していきたいですね。
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構成・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥