夫の難病と息子の不登校・・・私に突然降りかかった出来事
長男の優が公立の中学校に入学したばかりの頃、元気だった夫が突然、重症筋無力症という病気で入院しました。重症筋無力症は全身の筋力が低下する難病で、一時は自分でズボンも下ろせないほどの状態に。幸い、治療がうまくいった夫は2~3カ月で回復し、退院することができました。
2017年6月2日、夫が会社へ復帰しました。「やれやれ良かった」と胸を撫でおろし、また平穏な日常が戻ってくると思っていました。しかし翌6月3日の朝。優は布団にぐるぐる巻きになり、学校に行く時間を過ぎても微動だにしません。最初は、布団に丸まっている優を「ロールケーキくん」と呼んで様子をみていましたが、その状況は午後まで続きました。
行きたくない理由を聞いても「わからない」の一点張り。親としてはいじめなどのトラブルを心配しましたが、交友関係や先生との関係をみても、何かがあった様子はありません。その日から、優は学校に行かなくなりました。
今思えば教育ママだった
我が家は、夫と私、中学1年生の優、小学生の次男と、実母の5人暮らし。小学生の頃の優はいわゆる成績優秀な子でした。第一子ということもあって私も力が入り、色んな検定試験を受けさせるなど、いわゆる教育ママだったかもしれません。
中学受験を視野に入れて塾にも通わせました。ただ、本人が乗り気ではなかったので「それなら公立中学から都立の良い高校に行かせて、そこから早慶に…」なんて勝手に思い描いていて。今思えば期待をかけすぎていました。
扇風機を武器に激しい喧嘩
そんな経緯もあり、不登校になったときは私自身が理想と現実とのギャップを受け入れることができず、泣き暮らしていました。1人で車を運転しているとき、布団に入ったとき、「どうしよう、どうしよう」と涙がこぼれてきます。悩みすぎて、朝起きたら自分の髪の毛が真っ白になっているんじゃないかと思ったことも。
そして私が悩むほどに、優と衝突する機会も増えていきました。
夏休みのある日、激しい言い争いの末に、お互いが扇風機を手にとってやり合う場面がありました。同居している母が驚いて仲裁に入ってくれたのですが、息子は「黙ってろババア!」と手を止めず、持っていた扇風機が母に直撃。母の眼鏡が割れ、近くにあったスマホもバリバリになる悲劇に…。「こんな状態、いつまで続くの?」私は絶望の中にいました。
担任の先生は「夏休みにリフレッシュして、また9月から元気に来てください!」と言ってくれていましたが、結局優は、9月になっても学校に行きませんでした。
朝になると冷蔵庫がケーキでいっぱいに
優が不登校の間、勉強を無理にやらせることはせず、通っていた塾とテニス教室もやめました。昼間は起きてこない日も多かったので、なるべく外に連れ出したいと思った私は、プールに誘ったり、新橋に焼肉を食べにいったりと、理由を見つけてはふたりで出掛けていました。周囲の目は特に気にしていませんでしたが、飲食店ではときどき店員さんから「あれ、今日は学校休みなの?」と聞かれることもありました。優は「どう思います?」と質問で返すなど、自分の不登校をうまく隠せるようになっていました。
そんな優が、唯一行っていたのがお菓子作りです。もともとお菓子作りが好きだった優は、夜中に色々なケーキを焼いていました。材料はネットショップで購入し、調子の良い日は朝起きると冷蔵庫いっぱいにケーキが入っていることも。冷蔵庫に並んだケーキを見ているうち、泣き暮らしていた私は「もう生きていればいいや」と思うようになっていました。
突然登校した雪の日
11月24日、東京に雪が降ったその日、優が突然学校に行きました。どうやら不登校の間も友だちとはLINEで繋がっていたようです。その日は、年明けに予定されているスキー合宿の班決めの日で、行かないと仲の良い子と同じ班になれないと考えたのでしょう。翌日からはまた不登校になりましたが、1月に行われた2泊3日のスキー合宿には出掛けていきました。合宿を楽しみにしていたわけではなく、行くと決めていたから行った、という様子でした。
親に気持ちを表現しない優でしたが、自分の中ではあれこれ考えて行動をしているようでした。次に動き出したのは2月13日。お菓子の材料やラッピング用品を大量に買いこみ、バレンタインデーの2月14日には大量のお菓子を作って登校していきました。
色々あるけど、産んで良かった
優の行動を見ていると、非日常的なことが起こると動き出す傾向があるとが分かってきました。11月に突然学校へ行った日、雪以外にも彼にとって非日常的なことがありました。
ある日、優のことで相談に通っていたスクールカウンセラーさんに「お子さんのことばかり考えてしまうなら、たまには1人旅にでも出てみては?」とアドバイスを受けました。はじめは「優のことで大変なのに、1人旅なんて!」と思いましたが、同居している母が元気のない私を心配していたこともあり、札幌にいる友人に会うという名目で、2泊3日の旅行に行くことに。旅先でも優のことばかり考えてしまいましたが、久しぶりに家族と離れた私は、「私自身のことも少しいたわらなくちゃね」と、自分に目が向くようになりました。
東京に戻り、自宅に向かって歩いていると、家の前に母と優が立っているのが見えました。「お母さん、もうすぐ帰ってくるね」と声をかけ合いながら、ふたりでずっと立って待っていたそうです。優は、私が帰ってこないとでも思ったのでしょうか。家の前に並んだふたりの姿を見たとき、色々あるけど、息子を産んで良かったなと思いました。
この翌週、優は学校に行ったのでした。
高校受験を控えた優くん。その後、どう成長していくのでしょうか。
後半へ続く
イラスト/MAI TANAKA 取材・文/HugKum編集部