児童精神科医・佐々木正美さんの言葉。「発達障害の子ほど、 その子らしさを 大切にしてください」

子育てに自信をなくしたり、途方に暮れたりしたときに、ちょっと先の道まで照らしてくれる人の話を聞くと気持ちがラクになります。長年、発達障害の臨床研究をされ、2017年に逝去された児童精神科医の佐々木正美先生は、発達障害の息子さんの父親でもありました。ご自身の子育てを振り返りながら、発達障害の子の育て方について語ってくださいました。

苦手克服より、その子の「好きなこと」ができることに寄り添ってください

発達障害の子どもをもったお母さん方は、その子の苦手な部分を克服させるのではなく、その子の気持ちに寄り添って、優れたところを発揮できるように環境を整えてあげてほしいと思います。

まずその子の行動の特徴を知り、その原因を理解することからはじめてみてください。「こだわりをもちやすい」「話を集中して聞くことが苦手」「不器用さが目立つ」など、子どもごとにさまざまな苦手な部分があると思います。しかし、たとえば「こだわる」のは、日ごろ慣れ親しんだモノや手順、スタイルにこだわることで、気持ちを安定させようとしているのが原因です。もし、生活に変化が訪れ、こだわりを捨てなければならない場面では、その子が理解できるように、手助けをしてあげてください。

願いが叶えられた経験が、子どもの自信になります

また、その反対に「絵を描くのが好き」「ブロック遊びが好き」など、その子が好きなことを把握して、喜ぶことをたくさんしてあげることも大切です。ニコニコして、うれしそうにしているときは、その子が好きなことをしているときです。子どもといつも一緒にいるお母さんなら、“子どもの好き”を見つけやすいと思います。子どもが自分の願いを口にしたなら、可能な限り叶えてあげてください。願いが叶えられた経験は、やがてその子の自信となり、何事にも前向きに取り組めるようになります。

わが家では、発達障害の息子に限らず、子どもたちには食事の場で、よく願いを叶えてあげました。子どもたち全員に「何か食べたいものがあったら、ママに言ってみてごらん」と言っては、時折その願いを叶えてあげたのです。さらに、好き嫌いがあっても、「好きなものだけ食べればいいよ」と言って、嫌いなものは一切食べさせませんでした。発達障害の息子は、小さいときは少食だったのですが、そのように接した結果、食べることに喜びを感じたのでしょう。食べることに積極的になり、現在は3人の子どもたちの中でもっとも好き嫌いがなく、健康な体を維持しています。

園や学校では、適切な援助をしてもらえるよう、その子の特性をきちんと伝えましょう

冒頭でも述べましたが、家庭で手をかけることに加えて、お子さんが入園や入学をした際は、先生方にその子の特性をきちんと伝えて、適切な援助をしてもらえるようにすることも、お子さんが日常を安心して過ごすためには不可欠です。

集団生活をするうえで、子どもがうまくなじめないような場合は、すぐに伝えてもらい、その原因を先生とともに推測し、問題を解決することも必要です。例えば、授業中に立ち歩くようなことがあったなら、その状況を先生に聞いて原因を取り除く努力をする。教室にいられないような状態になったなら、保健室や職員室へ行くルールを作るなど、配慮をしてもらうのもいいでしょう。お子さんに特別な配慮をしてもらうことに躊躇する保護者の方もいると思いますが、2016年4月から、「障害者差別解消法」に基づいて、教育や就業の場で、平等な社会参加のための「合理的配慮」の提供が求められることになりました。すべての子どもに対して個別的配慮をしながら、集団教育をしてこそ、真の教育です。誠意をもってお願いすれば、先生方もきっとわかってくれると思います。

わが家の息子の場合は、大げさに言うと想像力が強く、わがままではないのですが非常にマイペースな子でした。乳幼児期はそうした特性を頭に入れながら、日常生活の手助けをしていましたが、息子が小学1年生になるときに、私は息子の特性について具体的に話してやりました。そして、学校で困ったとき、どのように助けを求めたらいいのかも伝えました。また、それと同時に、小学校の先生方にもそうした息子の特性を伝えて、こんなときはどうしたらいいかを気がつく限り繰り返し伝えました。学校における息子の扱いについては、先生方と話し合いをしながら、試行錯誤の繰り返しでしたが、そうすることで息子はとても安心し、学校を休むことなく終えることができました。

自分の子どもも含めて、これまでたくさんの発達障害の子どもたちの育ちを40年以上見守ってきましたが、出会った子どもたちは基本的にとてもまじめで、素直で勤勉で、私はこの子たちが大好きです。

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思ったことをそのまま伝えて誤解を生むことも多い特性は、見方を変えれば「正直でウソがない」ということ

発達障害の人は、想像力が働きにくいので、人の気持ちを損なうことがあります。悪意はないのですが、思ったことをストレートに言葉にして、その場の空気を台なしにしたりもします。しかし、それは正直でウソのない言葉なのです。周囲のことを気遣いすぎて、本音で話ができないようなとき、彼らの発言がかえってその場を和ませるようなケースだってあります。また、彼らはまじめで、人にいじわるをするようなこともありません。だから、私は発達障害の子どもというのは、ほんとうは育てやすい子どもだと思うのです。

その子の特性をもったまま、健康で幸福に生きていくことができるための努力をしてください

発達障害の子どもをもったお母さん方や、その周囲にいる方たちに申し上げたいのは、「ほかの子どもと同じように育てたいと思わない」ことです。何度も言うようですが、発達障害は病気ではなく、治療的に治すものではありません。発達障害の子どもが、その特性をもったまま、心身ともに健康で幸福に生きていくことができる環境をつくり上げていくことに、ぜひ力を注いでほしいと思います。

好きな恐竜の絵しか描かなかった息子を認めてくれた先生

わが家の息子の場合、小学校の低学年のときに、一度だけ「学校で開いている絵画教室へ行きたい」と言ったことがありました。そこで、私と妻は子どもをその教室へ通わせてやりました。息子は、毎週楽しそうに休むことなく、その教室へ通っていました。そうして小学校卒業を記念する展覧会へ行った際、教室の先生から初めて意外な事実をお聞きしたのです。先生によれば、息子は教室へ通っている間、恐竜の絵しか描かなかったというのです。

「これまで申し上げませんでしたが、どんなに私が指導をしても、お子さんは恐竜の絵しか描きませんでした。でも、それでいいと私は思いましたので、お子さんが描いた作品をそのまま受け入れて、その作品に対して指導をしていました」

この先生の指導をお聞きして、私たち夫婦は本当に頭が下がりました。そして、とてもありがたいと思ったものです。そのおかげでしょうか、その後、息子はずっと絵を描くことが大好きで、40代になった現在は、コンピューター・グラフィックを操って、アニメーションの世界で映像を作ったり、絵を描いたりする仕事をしています。就職時には大手の会社の試験にもパスしたのですが、息子は「だれかといっしょに仕事をするよりも、僕はひとりのほうがいい」と言って、個人で独立してCGデザイナーとして生計を立てています。息子の今があるのは、絵画教室の先生のように息子のすることを周囲の方々が修正しようとせず、それを受け入れ、伸ばしていただいたからだと思っています。

しかし、このような育て方は発達障害の子どもに限ったことではないと私は思います。子育てにおける基本は、どんな子どもであっても同じで、その子のありのままの姿を受け入れて、その子が望んだように育ててあげることにつきるからです。

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愛されて育った子どもは、親に無理な要求はしません。甘やかしているくらいがちょうどいいのです

手をかけ、心をかけるのは、甘やかしていると思われるぐらいでちょうどいいと思います。「ママに頼みたいことがあったら遠慮なく言ってね」と言って、子どもがいつでも願いや助けを求められる親子関係を築いておくことも大事です。愛されて育った子どもは、決して無理な要求はしませんし、わがままな子どもにはなりません。

ただし、よき理解者、支援者になるためには、これまで述べたような理解と工夫が必要です。また、できるようになるのを待つ「根気」も障害のない子どもより、たくさん必要かもしれません。

しかし、そうして育てられた子どもは、少しずつですが「これにつかまって生きていけばいい」と思えるような長所が育ち、自分で自分のことを好きになり、幸せに生きていけます。どうかおおらかな気持ちでお子さんを見守ってあげてください。子育てに限らず、人生の中で生ずる怒りや悲しみは、喜びを際立たせるためにあるものです。

お子さんの悲しい気持ちを分かち合い、また、喜びを自分自身の喜びとして分かち合えたなら、お母さん自身もきっと幸せになると思います。

<佐々木先生の凹凸子育てアドバイス>

・大切に育てられたと実感できること。それが何より大切です             

子どもの特性を理解して、子どもが安心して暮らせる環境を整えましょう。小さなうちはお母さんにされたという実感をもつことがいちばん大事。子どもの願いを聞いて、甘やかしてあげましょう。自己肯定感が育まれ、人生を幸せに生きていくことができます。

  ・子どもから頼られたことだけすればいい

子どもが苦手なことへの手助けは大事ですが、余計なことを言ったり、やったりしないように気をつけ て。お母さんは子どもに頼られたことだけをすれば十分です。できることや得意なことに目をやって、ほめて伸ばしてあげましょう。

 ・「みんなと同じ」である必要はありません

ほかの子と“比べない子育て”は子育ての基本です。その子らしさ、その子のいちばん得意が発揮できればよし。子どものできた喜びをお母さんの喜びとして、子育てをしてください。きっとお母さんも幸せになれます。

記事監修

佐々木正美|児童精神科医

1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。


edumomコミュニケーションMOOK『発達障害あんしん子育てガイド』所収(2015年取材) 写真/石川厚志

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