夫に先立たれ息子との生活に困窮、一方で育児放棄のシンママも…。生活保護をめぐるさまざまな人間模様に息をのむ!北村匠海、河合優実の演技が光る映画『悪い夏』

北村匠海主演、河合優実がヒロインを務める映画『悪い夏』が公開中です。人気と実力を兼ね備える令和の若手俳優の中でも、特に抜きん出ている二人が出演するこの映画を端的に表すと「うっかり手を出すと火傷する映画」といったところでしょうか(笑)。ちなみにこれ、最大の褒め言葉です。

クズとワルしか出てこないのに希望がにじみ出る秀作

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

映画やドラマに引く手あまたの人気俳優で、4人組ロックバンド「DISH//」のメインボーカルとギターも担当する北村匠海。そして昨年、ドラマ「不適切にもほどがある!」でお茶の間でも注目され、映画『あんのこと』、『ナミビアの砂漠』、『ルックバック』(声優として参加)が高い評価を受け、第48回日本アカデミー賞では最優秀女優賞に選ばれた河合優実。そんな二人が共演するのが、第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した染井為⼈による同名⼩説を映画化した『悪い夏』(公開中)です。

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

「クズとワルしか出てこない」と話題を呼び、“極悪”小説なんて言われていますが、映画もしかり。でも、“クズとワル”の描き方がとことん人間くさい点が、本作における最大の魅力でもあります。そして泥臭い部分を深掘りしていくほどに、なぜか澄んだ湧水のようなものに触れてしまうという不思議な化学反応が起きていて……!小説も含め、後味にほんのり希望が漂うというか、ちゃんと人間というものを肯定してくれている感じがとてもいい。

メガホンを取ったのは、心がえぐられるように生々しい人間ドラマを撮ってきた城定秀夫監督。脚本は『ある男』(22)で第46回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した向井康介ですが、城定監督のご指名だったとか。キャストとしては、北村さんたちの他、振り切ったヒールになりきった窪田正孝や、最低かつトホホな不倫野郎を演じた毎熊克哉、どうしようもない中途半端なワルの竹原ピストルなど、隅々までキャスティングも秀逸です!

北村匠海はハメられた市役所職員役、河合優実はやさぐれた母親役

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

市役所の生活福祉課で生活福祉課でケースワーカーとして働く佐々木守(北村匠海)は、明らかに生活保護費を不正受給している元タクシー運転手・山田吉男(竹原ピストル)の家を訪問します。生真面目で気弱な性格の佐々木は、山田に振り回され、問題の解決には至らないようです。

そんな中、同僚の宮田優子(伊藤万理華)から、「職場の先輩(毎熊克哉)が、生活保護受給者のシングルマザー林野愛美(河合優実)に肉体関係を迫っているらしい」という相談を受けます。真相を確かめようと同僚と一緒に愛美のもとを訪ねますが、彼女は裏社会の住人らと通じていたため、佐々木は思いも寄らない犯罪計画に巻き込まれていきます。

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

娘の美空と二人暮らしをしている愛美は、生活保護を受給しつつも自身の環境を改善する気はまったくないようで、担当ケースワーカーの高野に弱みを握られ、肉体関係を強要されていたようです。その事態を知った裏社会の住人・金本龍也(窪田正孝)は、逆に高野を脅迫し、ホームレスに生活保護を受給させてその金を搾取する「生活保護ビジネス」に加担させようとしますが……!

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

北村さんは2017年公開の出世作『君の膵臓をたべたい』以降、主演を務めた『東京リベンジャーズ』シリーズや、Netflix配信の実写ドラマ『幽☆遊☆白書』など、様々な話題作に出演してきましたが、今回は輝くオーラを封印し、地味なケースワーカーになりきって新境地を開拓。くそ真面目で誠実な青年から、段階を経て闇落ちしていく様を見事に演じきりました。その魚の死んだような目は、世の中のすべてのものに対する怒り、諦め、慟哭が表れていて、思わず息を呑みます。

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

また、河合さん演じる愛美も、ほぼ育児放棄状態のやさぐれた母親で、なおかつ人生を斜に構えた見方をする性格と、ヒロイン的ポジションとは到底思えないキャラクターです。ところが底辺からスタートする分、少し意外な一面を見せただけで、そこから光が漏れ出してくるという変化に心惹かれていきます。この二人が物語の軸となることで、より脇のキャラクターも豊かに広がっていきます!

余談ですが、北村さんと河合さんは、次のNHK連続テレビ小説「あんぱん」でも共演されますが、本作とはかけ離れた役どころを好演されるそうなので、そちらとのギャップにもぜひ注目していただきたい。

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

そして極めつけは、なんといってもクライマックスで繰り広げられる怒涛の“嵐”のシーンです。佐々木だけではなく、いろいろなキャラクターの怒りが一気に大爆発!ある意味、規模も内容も異なりますが、『東京リベンジャーズ』もびっくりのアクションシーン!?となっていて、度肝を抜かれました。個人的には、すごすぎて笑いましたが、このシーンだけでもスクリーンで観る価値アリです。

「生活保護」は最後のセーフティネットにならないのか?

Ⓒ2025 映画「悪い夏」製作委員会

また、Hugkumという媒体で本作を紹介したいと思ったのは、「生活保護」についてのリアルな問題が浮き彫りになっている点です。確かに不正受給や生活保護ビジネスについては、その舞台裏を見るかぎり、あってはならない言語道断の悪行だと思いました。しかし、夫に先立たれ、息子と二人で困窮した生活を送っていた母親・古川佳澄が、生活保護を求める悲惨な状況については、かなり考えさせられるものがありました。

演じているのは、自身も母親である木南晴夏ですが、心身ともにギリギリとなり、どんどん追い込まれていく姿がなんとも切なくて。電気やガス、おそらく最後は水道まで止められてしまうという壮絶な状態となります。とりわけ母親のことを健気に心配する子どもの表情には、胸がしめつけられました。

なぜこうなってしまったのか?そこの問題提起をきちんと入れている点が素晴らしくて、映画としての価値をぐんと底上げしたようにも思います。


北村さんたちキャストや精鋭のスタッフ陣が、熱い情熱を注いだことが映像からも伝わってくる『悪い夏』。いろいろな点から、大スクリーンで向き合って観ていただきたい作品なので、ぜひこの週末に映画館に足を運んでいただきたいです。

『悪い夏』は公開中
監督:城定秀夫
原作:染井為人「悪い夏」(角川文庫/KADOKAWA刊) 脚本:向井康介
出演:北村匠海、河合優実、伊藤万理華、毎熊克哉、箭内夢菜、竹原ピストル、木南晴夏/窪田正孝…ほか
公式HP:waruinatsumovie.com

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文/山崎伸子

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