「なんで3人も産んだの?」ダメな母親だと悩んでフランスへ移住→生活が一転! 学用品は全部支給、親が完璧じゃなくていい社会とは?【vol.2】

フランス在住ライターの綾部まとです。夫と3人の子どもたちと一緒に、パリ郊外で暮らしています。
この連載では、東京での子育てに奮闘してきた経験をもとに、日本とフランスの暮らしや子育てをテーマにしたエッセイをお届けしていきます。
今回のテーマは「子どもの持ち物」。日本とフランス、それぞれの保育園や小学校でどんなものを持たせるのか、その違いを比べてみました。

【前回の記事はこちら】
メガバンク総合職で勤務しながら3児をワンオペ、限界を感じて海外移住を決意!「忙しいのは夫婦の問題じゃない」フランス式子育てで気づいたこと

日本の保育園と小学校は「母の記憶力」が命綱

日本で保育園と小学校に通っていたころ、毎日の持ち物の多さに頭を抱えていました。

保育園ではおむつ、お着替え、汚れ物を入れる袋に、コップ2つ。月末には園庭用と避難用で2種類の靴、お散歩用の上着も追加……。あまりに多くて、まるで小旅行のようでした。

「それくらい用意してあげてもいいのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

でも我が家は3人育児。しかも2歳差なので、0歳・2歳・4歳がそれぞれ別クラスだった時期もあり、特に夏のプールの時期はまさに“大移動”でした。帰り道はタオルが水を含んでいて、重いのなんの。

「じゃあ、なんで3人も産んだの?」心ない言葉も

「じゃあ、なんで3人も産んだの?」と言ってくる人もいて、心が重くなることもありました。母親なのに、どうしてちゃんとできないんだろう、と。「これ全部、ほんとに必要なのかな」と思いつつ、忘れたら困るのは子どもだからと、律儀にすべてを揃えていました。

ちなみに、日本で子どもたちが通っていた保育園は、スカートやワンピースは禁止。ぬいぐるみなどのおもちゃは持ち込みNG(うちの園はややゆるめでしたが)。おやつや食べ物の持ち込みもダメ、アレルギーへの配慮からです。

重いランドセルを背負う長男

小学校ではタブレット、筆箱、宿題をやるための教科書やノート、給食袋に加えて、時には給食エプロンやけんばんハーモニカや書道道具。大人にとっても重たいと感じるランドセルを、長男は背負っていました。

幼稚園で「ぺしゃんこのリュック」に衝撃を受ける

そんな日々が一転したのは、フランスに来てからです。

フランスでは、3歳~5歳が義務教育の“幼稚園“にあたります(保育園は0~2歳のみ)。次女が入園する幼稚園に向かう子どもたちを見て、驚きました。「それ、何も入ってないよね?」というのが外から見てわかるくらい、ぺしゃんこだったからです。

朝、子どもに持たせるのは、リュックサックひとつ。寒い日は上着を着てくる程度。それ以外は特に何も求められません。服装はスカートでもワンピースでもなんでもOK。これは、こだわりの強いうちの子たちにとって、一番うれしかったことかもしれません。

というのも、日本で次女は「プリンセスのドレスを保育園に着ていく」と言い張り、説得するのにそれなりの時間がかかっていたから。朝の会議ギリギリで、時間がないときは、「ドレスで来てごめんなさい。着替えお願いします」と先生に泣きついたこともあります。

フランスで生活する次女

あと、こちらでは、送りの際に、お気に入りのぬいぐるみやおもちゃを子どもたちが持ってきます。お迎えの際は、クッキーやパウンドケーキなどのおやつを持っていくのです。

迎えに来た親が、園の廊下で「お腹すいてる?」と子どもにおやつを渡している光景もよく遭遇します。そのまま食べながら帰る子どもも多く、中には親ももぐもぐしている場面も……。

「おむつ禁止」「おもらしもそのまま」いいことばかりではない

服装も持ち物もおやつも自由なフランスですが、いいことばかりではありません。

幼稚園で、おむつは全面禁止。入園までにトイレトレーニングを完了しておかなくてはなりません。長男は4歳くらいまでおむつを履いていたので、彼だったらしんどかっただろうな、と思います。

次女は早めにパンツに移行していましたが、そうはいっても3歳児。時には、粗相をしてしまうこともあります。日本でも何度かトイレを失敗していましたが、日本の先生はすぐに気がついて、新しいパンツに変えてくれていました。

でも、こちらでは、うんちがべったりとついたパンツで帰ってきたことがあります。おしっこをもらしてしまったときは、さすがに新しいパンツを履いていましたが、リュックの中を見て驚きました。

そこには、おしっこで濡れたパンツがビニール袋に入れられていただけ。日本では水洗いしてくれていたな……と、そのにおいとともに感じていました。きめ細やかだったのは、日本の方だったように思います。

最初はこのように様々な違いに戸惑いました。けれど“何も持たせなくていい”という生活は、いくぶんか心を軽くしてくれました。

小学校の「かわいい文房具が買えない」さみしさと「差が出ない」やさしさ

日本では、小学校の入学説明会で配られる「準備リスト」にめまいを覚えた人もいるのではないでしょうか。運動靴、体操服、上履き、算数ノート、国語ノート、赤青鉛筆、名前ペン……。これ全部、揃えるの? と、心の中で叫んだ親は、私だけではないはず。

一度揃えたら終わり、ではありません。長男は鉛筆や消しゴムをなくしがちだったので、補充して、名前を書き直して、筆箱に入れ替える日々。ノートを買い足して、図工で必要だからと発泡トレーやおやつの空き箱を用意して、つねに持ち物を確認していました。そして、だいたいちゃんとできず、落ち込む。

フランスの小学校では、持ち物は4色のボールペンだけ。ノートも教科書も筆箱などの文房具は、すべて学校から支給されます。鉛筆や消しゴムですら、買う必要はありません。

ただし、支給されるものが新品とは限りません。運が悪いと、ボロボロの筆箱や、年季の入った教科書が回ってきます。

この、文房具を学校から支給する背景には「子どもの教育には、家庭の経済格差を持ち込まない」という“平等”が徹底されています。

フランスでは、ノートが一冊2~3ユーロ、ペンは一本1ユーロ。文房具が日本に比べて高いため、すべて揃えていると、かなりの出費になります。「食べるもので精一杯だから、文房具なんて買えない」という世帯がいても、おかしくありません。

親子で大好きな「ポケモン」の文房具、フランスでは手に入らず(泣)

ちなみに、フランスでは文房具を売っている場所が少なく、日本より種類も少ないです。カラフルな鉛筆も、動物の形をした消しゴムも、キラキラした筆箱もほとんどありません。これには、さみしさも感じます。私は小学生のころ、かわいい文房具が大好きだったから。

新しいキャラクターの鉛筆を使い始めるときのわくわく感、いいにおいのする消しゴムを友だちと嗅ぐ高揚感。あれらは「勉強すること」そのものより、少しだけ手前にある、特別な楽しみをくれました。

でもこれも、家庭による差が表れないための工夫。みんな同じものを使うから「〇〇ちゃんの文房具はかわいい、それに比べてうちは……」といった劣等感を抱かずに済むのです。差が生まれないように、できるだけシンプルに、均一に。それもひとつのやさしさなのかもしれません。

遠足のお弁当で「うらやましい」を感じさせない

日本で一番苦手だったのが、遠足の日のお弁当づくり。「ちゃんとしたものを作らなきゃいけない」という気持ちが、重荷でした。

卵焼きをリクエストされた朝、「今日はできない」と思うたびに、自分がダメな親のように思えてしまう。子どもに何かをしてあげること自体は好きなのに、「誰かに評価される前提」でやると、とたんに疲れてしまうのです。

フランスでは、遠足が前日に突然決まることが多く、先生から電話で「明日ピクニックに行くから、サンドイッチとチップスを持たせてね」と言われます。お弁当を作る親はまずおらず、当日の朝にパン屋でサンドイッチを買って持たせる家庭がほとんど

そのせいか、遠足のお弁当を比べることもないし、比べられることもありません。学校によっては、「昼食で格差が出ないように」とサンドイッチ以外は禁止のところもあります。

とはいえ、周りの子たちの人気者になれるらしく、お弁当を作ってしまう日もある

ある時、学校帰りに子どもたちにおやつを食べさせて歩いていたら、フランス人の友人から、こんなことを注意されました。「外で食べさせるのはやめた方がいい。お腹が空いている人がそれを見たら、どう思う?」と。

「スリをする人って、だいたいはお金を持っていないから、お腹を空かせているでしょう。そのときに何か食べている人を見たら、すごく憎たらしく感じるよね。うらやましいという感情は、時に犯罪の引き金になるんだよ」

確かに、高級ブランド店が並ぶエリアでは、パリの警察官がよく巡回しています。そういうお店から出てきたばかりの人たちが、スリに狙われるから。「あの人たちはお金を持っている。俺は持っていない。だから盗ってもいい」という発想になるんだとか。

うらやましさを生まない工夫。それは学校での“お弁当の平等”にもつながっているのかもしれません。

“ちゃんとした親”でなくても大丈夫な社会

私はもともと忘れ物が多く、日本で持たせ忘れた日には子どもが「〇〇を××くんに貸してもらったよ」と報告してくることもありました。そのたびに、「母親である私が、もっとちゃんとしていれば」と思ったりもしました。

だからこそ、フランスの「持ち物が少ない」ことに救われています。“ちゃんとしていない親”にレッテルを貼るような文化も、あまり感じません。

それはたぶん、「親が完璧ではないこと」を前提に成り立っているから。忘れ物を責めるよりも、どうすれば忘れても大丈夫な仕組みにできるかを考える。そのほうがずっと、親も子も、生きやすいのかもしれません。

今、日本で子どもの持ち物やお弁当のことで罪悪感を感じているお母さん・お父さんがいたら、伝えたい。それは“ちゃんとした親“かどうかは、まったく関係ないんです。

まあ、こちらでは、中学校から人生の分岐といえるシビアな競争が始まるので、小学校はそのぶん、のびのびとさせているのかもしれません。

子どもが背負うリュックの軽さが、親の肩にも伝わってきます。その減った重さの分だけ、ちゃんとしていない自分のことを、少しだけ好きになれたような気もします。

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文/綾部まと

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