【ロンドン子育て・浅見実花のちょっと立ち止まって Vol.1】「子育てはムズカシイけど、実はとびきり自由でもある」

【第1回】現在ロンドンで3人の子ども(9歳,9歳,6歳)を育てるライターの浅見実花さん。東京とロンドンの異なる育児環境で子育ての「なぜ?」にぶつかってきた彼女にとって、大切なことは日々のふとした瞬間にあるのだそうです。まずはちょっと立ち止まって、自分なりに考えること。心の声に耳を澄ましてあげること。そういう「ちょっと」をやめないこと。この連載では、そうしてすくい取られたロンドンでの気づきや発見、日本とはまた別の視点やアプローチについて、浅見さんがざっくばらんに&真心を込めて綴っていきます。第1回目は子育てのむずかしさについて、そこからさらに子育ての自由さと未来への展望について語ります。お楽しみください! 
 
セント・ポール大聖堂。ドームを登るとロンドンの街が見晴らせます。

ちょうど連載のお話を頂いたときのことです。

私はこれまで十年間の子育てを振り返りつつ、はてどうしたものか、どんなことを書いたらいいか、どんなふうに書けばいいのか、ああでもないこうでもないと考えていました。なにかこう、肩に力が入っていたんですね。「みんなに興味を持ってもらえるような『気の利いた』ことを書かなきゃいけない」「『うまいこと』書かなきゃいけない」そういう妙な心理が働いていたのだと思います。それで私は、それらしい説だとか筋を求めて、子育てにかんする本や記事などを手当たりしだい読みあさっていました。この時代、ひとたびインターネットにつながれば一般的な育児情報はもちろん、かなり専門的な知識にもアクセスすることができます。開かれたあらゆる情報が自分の手もとにスルスルと集まってくる。なんとも便利な気分です。

 

子育てのあれこれ、調べるほどにドツボにはまり……

ところが。そうして調べていくうちに、私は「子育てのことがもっと分からなくなる」という事態におちいります。キリがないし、はっきりしない。しまいには同じところをぐるぐると回っているような気さえする。

たとえば、いわゆる褒めて育てる・叱って育てるどっちなんだ問題。これっていまだに議論が進行中なわけです。近年は褒め育てがもてはやされるいっぽうで、むやみやたらに褒めるのはよくないという警鐘も鳴らされている。さまざまな分野の専門家たちが、実験や調査にもとづき理論を展開していきます。データが示され、論理が組まれ、なるほどそうかと思わせるストーリーが語られる。

けれどもそこで立ち止まって、自分なりに目を凝らし、虫眼鏡を当てるように気になるところを見つめてみると、どうでしょう。ちょっと、おやっと思うわけです。往々にして「いい」と「わるい」の判断の分かれ目が、学力や成績などで測られていたりする。なにをもって判断を下すのか、そこのところで学力がものを言う。そういう場合がよくあります。言ってしまえば、「AするよりBするほうが成績がよくなります、だからBがいいよね」になっている。

「ほんとうに『いい』のかなあ……?」このへんなんです、私がだんだん分からなくなっていくのって。

ロンドンの短い春の一コマ。長い冬が終わる頃、一気に夏がやってきます。

 

いい成績を取るのってそんなに重要?

もちろん研究である以上、測定できる指標がなければ話にならない。そのことは理解できます。客観的な指標でもって計測したり分析したりすることは、だれかの偏見や思い込み、あるいはくじ引きなんかで決めるより、圧倒的に説得力がある。ずっと科学的だし論理的です。それはそうです。そうなのですが……。

しばしばその指標というのが、私の場合、個人的な価値観とかち合ってしまいます。たとえば、成績が指標になった話を聞いていると「でも、いい成績を取るのってそんなに重要だったっけ?」と、つい余計なことを考えはじめる。頭の隅っこで、学力=将来の経済力=人生の成功という、あの昔ながらの式がムラムラと立ち上り、つぎの瞬間ダブル級の疑問符がじわじわと湧いてくるわけです。学力=将来の経済力=人生の成功?? うーん、ほんとうに? このようにして私の頭はとっ散らかり、混乱していくのです。ああ、子育てって。子育てって、なんだっけ?

こんなことでは、とても気の利いた記事なんて書けるわけがありません。

画家ターナーが描いたという郊外の丘。奥に流れるのはテムズ川。

 

子育てが分からなくなるふたつの理由

 そこで私は湧き上がってきた奇妙な問い、「子育てのなにがそんなに分からない?」を自分なりに整理してみることにしました。いったいどうしてこのようなありさまになったのか。ウンウンと考えてみたところ、ひとまずこの2つの点に突き当たった気がします。

 子育てのなにがそんなに分からないって。

1つは、子どもが社会に出る頃の未来が見えなすぎること。つまり、子育てって子どもを世の中に送り出すまでの人間支援プロジェクトだと思うんですけど(3匹の子ブタを送り出した母さんブタさながらに)、肝心のゴール付近、15〜20年先の未来がまったくもって見えないわけです。予測不能、なにが起きるか分かりません。長丁場なうえ、自分たちがどこへ向かっているか、向かっている方向が正しいのかも、正直だれにも分かりません。それが1つ目。

2つ目は、子どもはひとりひとり違っているということです。当たり前のことですが、われわれは身体の特徴も性格も、好き嫌いも得手不得手もさまざまな点で異なっています。親や兄弟姉妹ともやっぱりどこか違っている。完全なるコピーというのは、英国生まれのドリーさんです(羊)。だから、世にある数々の子育てのハウツーだとか、あるいは過去の膨大なデータから導き出された結果であっても、世の中全体の傾向として、つまりマクロで見たらたしかにそうかもしれないけれど、それが目の前の「この子」に漏れなく当てはまるかは別の話になってきます。「理論上ではこうだから、この子もそうに決まってる!」という機械的な前提はかならずしも功を奏さない。当てはまるかもしれないけれど、ひょっとしたら当てはまらないかもしれない。それはどこか運みたいなものですらある。

 

子育てはムズカシイ。ムズカシイけど実は…

だからそう、私にとって子育てのむずかしさとは、見えない未来に向かって、自分とも他人とも違う人間を育くむことにあるんだな、と思いました。いまから15年後、20年後の未来をボンヤリと描きつつ、そこに向かって、いまココの、目の前で駄々をこねたりいい子ちゃんだったりする乳幼児だの児童だの、それぞれに個性を持った存在を丸ごと受けとめ、支援する。

そういうわけで、ブーメランのように冒頭のタイトルへ戻っていきます。

「いやあ、子育てってむずかしい。実にむずかしいテーマであって……」
要は、正解がないんですよね。全員に当てはまるたった1つの解がない。だからこそ、親にとっての個人的な価値観だとか未来への展望だとか、世界の見えかた、付き合いかたが絶対的に絡んでいる。

どこかのお屋敷でモクレンが咲いていました。英語ではマグノリアって呼ばれています。

 悩んだらちょっと立ち止まって

じゃあ、どうすればいいんだろう? それはもう好きなようにやるしかない。なにしろ正解がないんだから。正直言ってホントそう思います。そうとしか言いようがない、というか。

ただ、まるっきり自由というのも、却ってむずかしかったりします。いきなり好きなようにと言われても、いったいどうすりゃいいのと途方に暮れる。しかもこの高度情報化社会です。情報は溢れに溢れ、ときにそれらは正反対のことを言う。そこではたぶん、こんなことが大事になるんじゃないかと思います。

さっき掴んだ情報が自分や子どもにしっくりくるか、ちょっと立ち止まって考えること。しっくりきたら試してみること。自分なりの解釈を加えたり、あるいは逆に差し引いたり、あらたに磨き直したりしながら。そうやって、引き寄せるとか素通りするとかするうちに、いつかふと点と点が結ばれるようにして、自分 にとって大事ななにかが立ち現れるかもしれません。他人というより自分にとって大切なこと、これはちょっと譲れないなというものが、徐々に輪郭を帯びてくる。それこそが子育ての価値観や展望になっていくんじゃないでしょうか。つまりその、親として子どもをどう受けとめて、どう共に生きるのか。

晴れた日の週末、近所の公園がにぎわいます。大人もおしゃべり、ピクニックを楽しんで。

子育ての「正解探し」をやめよう

だからナンダということですが。私もここで子育てについて書くことの「正解探し」をやめようと思います。最初にちらっと頭をかすめたような、みんなの気を引く「うまい」記事、「気の利いた」文章を書こうだなんて到底無理。正解を求めない。このことをまずは受け入れよう、と。

私はロンドンで8年間、子どもたちと暮らしてきました。いわゆる異国の子育ては大変なこともあったけど、同時に多くの気づきにも出会うことができました。「こんな考えかたもあるんだな」とか「そんなやりかたもあったんだ」とか、この環境がいろいろな扉を開けてくれた。ロンドンという街で、ここで暮らすたくさんの人びとから、ちょっと違う視野や視点、アプローチがあることを教えてもらった気がします。だからここでは、この環境で出会ったもの、私なりの好奇心レーダーに引っかかってきたことを、些細なことではあるけれど精一杯つづっていきたいと思います。たとえどんなに小さなことでも、人間を育てる以上、それはうっすら遠い未来につながっているのだと信じて。どうぞよろしくお願いします。

 

 

浅見実花(あさみ みか)
大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)。現在、在英9年目。3児の母(9歳、9歳、6歳)。ウェブサイト→ https://www.asami-mika.com/ インスタ→ https://www.instagram.com/asami.asami.m/
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