東京・町田にある「小さな村」をテーマにした、町田の認可保育園「しぜんの国保育園smallvillage」。
こどもたちの「今日は何をしよう?」から生まれる保育を大切にしています。園長である齋藤美和さんが、子どもとの暮らしにつながるものづくりをしているお母さんたちを訪ねます。第3回目は、電通のアートディレクターとして働く傍ら、アーティストとして国内外で作品を発表している、えぐちりかさんのお話です。
電通アートディレクターで、絵本作家で、3人のママ
思わずかぶりつきたくなるような絵本「パンのおうさまシリーズ」シリーズ(小学館)や、「PEACH JOHN」CMやポスター、TBS「TBS6チェン!」キャンペーン広告、木村カエラさん「EGG」のジャケットなど、えぐちさんのお仕事は、いつも夢に溢れていて、ワクワクします。作品のアーカイブを見てみると、この作品もえぐちさんの作品だったんだ!と思うものばかり。心にそっと居続ける、子どものころ見た夢のような雰囲気もあって、懐かしいような気持ちになります。
電通で働きながら、絵本や自分の作品も作っているえぐちさん。3人のお子さんの子育てをしながら、お仕事を続けて、どんなに忙しい毎日を送っているだろう。せっかくの土曜日に申し訳ないなという思いも持ちつつ、ご自宅にお邪魔するとおだやかな笑顔でえぐちさんが迎え入れてくださいました。
前編はこちらから!
どうしても絵本が描きたくて、児童書編集者に猛烈アピール!
ーえぐちさんの『パンのおうさま』の絵本、保育園でもかわいい!と好評です。お話も素敵ですが、思わず食べたくなっちゃう形が印象的ですね。
「うちの子どもたちもみんな噛んでましたね(笑)。絵本に歯型を見つけると微笑ましい気持ちになります。実際、パン屋さんでも好評で、お店で絵本を販売してくださったり、絵本に登場するパンを販売してくださっているところもあるんです。」
↑実際にシチューパンを販売する「満寿屋商店 東京本店」
ー確かに!すごく可愛い光景ですね。えぐちさんの絵本作りのきっかけは何だったのですか?
「ずっと絵本が大好きで、絵本を作るのが夢でした。そんな時、AKB48のカレンダーを作ったのがきっかけで、児童書を担当している小学館の編集者の香藤さんという方と出会って。お会いした翌週に会社に過去の作品を見に来てくださり、そのひと月後には、パンのおうさまの4話分のお話と装丁案、グッズや、売り方の企画書まで書いて送ったんです」
ーすごい熱量!
「そうなんです。それで、香藤さんが担当になってくれて、一緒に絵本を作ることになったんです。」
子どもの頃、自分が夢中になっていたことが今、血や肉になっていると感じます
ーそうだったんですね。子どもの頃から絵本はお好きだったんですか?
「子どもの頃も、大学時代も、絵本はよく読んでいました。今住んでいる自宅にも、子どもの頃から大切にしている絵本がたくさんがあります。絵本が大好きというのは、今の私の作品作りにかなり影響がありますね。保育園、学童であった絵本のこともよく憶えていますね。『わたしのワンピース』が特に好きで、あの絵の温もりのある雰囲気が好きです!昔読んだ絵本の感覚や、子ども時代の経験、遊びが大事。子どもの頃、自分が夢中になっていたことが血や肉になっていると感じます」
ーそれはわたしも本当に思います。幼児期の子どもたちにとって、一方的に大人が詰め込むような指導や、人と同じペースで学ばせることよりも、毎日のたくさんの遊びの時間が、人の根っこを作っていきますよね。えぐちさんにそう言ってもらうと、改めて自信がつきます(笑)。
「それは実感としてありますね。」
ーところで、絵を描くときはどちらで描かれているのですか?
「実はリビングで描くのが好きですね。」
ー意外です!もっと静かに、みんながいないところで描くのかと勝手に思っていました。集中できない!とイライラすることはないのですか?
「もちろん、邪魔されてしまってイライラしてしまうこともありますが(笑)、みんながいる時に描く方がいいものができます。思い返してみると。ガシャンと水のバケツを倒されたり、グシャグシャにされてしまったりしたことありましたね(笑)。でも、やっぱり周りに好きな人たちがいるリビングで描くのがほっとします。また自分の子ども達がどう思うかな?と考えたり、あの言葉を気に入っていたから、絵本の中でも使ってみようと思ったり。子どもたちと一緒にいると、アイデアがどんどん浮かぶんです。絵本だけじゃなく、プロダクトも同じですね。このバナナ型の手押し車も、実は底面に掃除用のワイパーが付いていて、遊んでいるうちに掃除ができちゃうんです! いつも、こんなのがあったらいいけど作れるかな?とか、『買う』よりも『作る』ことが頭に浮かんできますね」
ーアイデアといえば、先ほど息子さんの妖怪図鑑を見せて頂きました。絵もすごく楽しんで夢中になっているのがわかるし、すごく丁寧に作られていて感心しました。お母さんがリビングで製作しているということは、お子さんたちがその姿を見ているということですよね。すごいなあ。
「あの妖怪図鑑は、夏休みの自由研究で作ったものです。最初は全てオリジナルの妖怪を書くのかな?と思ったんですが、息子はそれを重視しているわけじゃないんだ!と言っていましたね。誰よりも妖怪を知っているからとにかくそれを描きたかったようです。私はつい何か作る時にはまずアイデアを10個出してみてって言ったり(笑)少しだけ難しい課題を出したりもしますね。職業柄だと思うんですけど(笑)」
ーすごく、おもしろいですね。
「子育てについては、私もたくさん悩んだり考えたりすることもあるんです。でも、やっぱり、悩んでも正解はないなって思って。永遠に答えは出ないから、みんなそれぞれ、オリジナルの母親を目指せばいいんじゃないかなって思うんです。」
ー「オリジナルの母親」!その言葉、すごく励まされます。他の家庭を意識するんじゃなくて、えぐちさん家族だからできる子育てをしていけばいいのでしょうね。
「実は、私の父は私が子供の頃、いつも父が作ったオリジナルの物語を語ってくれていたんです。その影響で私も上の子が赤ちゃんの頃から寝かしつけの際には必ずお話をしてきました。今でもベッドに入ると息子たちから、笑える話をして!感動する話をして!などとリクエストをしてくれます。この間はいろんな話から前世の話になって、4歳の次男が「えっ、俺って一回死んでるの?」とか言い出して、8歳の長男と「死んでない。大丈夫!」と笑い合って。「でも、もしかしたら遠い昔から、私たちは親子を繰り返してるのかもしれないね」と話しているうちに色々思いが巡って、泣いちゃったりして(笑)「え?なんでママ泣いてるの?」と言われて「感動する話してっていうからだよ」と。そんな他愛もない時間を大事にしています。」
取材を追えて
3人目の娘さんが生まれた時に、「メンバーが揃ったと思った」とおっしゃっていましたが、そのご家族の自然な佇まい、風景に、居心地の良さを感じました。印象的だったのは、えぐちさんが作品を作るときにリビングで作るとアイデアが浮かぶと言っていたことです。きっとお子さんたちは、えぐちさんのアイデアを形にする姿を見ていて、憧れを持っているのではないかなと思います。えぐちさんのお仕事は、この家族だからこそ生まれたものばかりで、今回はご紹介できなかった作品たちも、日々の生活があるからこそ、生まれるプロダクトがありました。商品化されるのがとても楽しみです!
実は電通という大きな会社で働かれていると聞いた時に、あまりの大きなお仕事の数々に、自分の小さな生活とはかけ離れた世界の方なのかなと少し思いました。でも、お会いしてみるとそんな風に一方的に思っていたことが恥ずかしくなるくらい、大らかでしなやかなえぐちさん。心身ともに、とっても美しい方でした。違う職種である、保育の話にも熱心に耳を傾けて下さいました。
絵本を作るのが夢だったとおっしゃり、企画書をすぐに仕上げて送った話を聞いて、えぐちさんの今の幸せは降ってきたものじゃなくて、歩いてきた道が幸せにつながっていたのではないかなと思いました。これからも、心が躍るようなえぐちさんの作品、デザインをすっと追っていたいです。
えぐちりか
アーティスト/ アートディレクター
アートディレクターとして働く傍ら、アーティストとして国内外で作品を発表。著書絵本「パンのおうさまシリーズ」シリーズが小学館より発売。広告、アート、絵本、プロダクトなど様々な分野で活動中。主な仕事に、オルビス「オルビスディフェンセラ」、フジテレビ「コンフィデンスマンJP」、PEACH JOHN、ベネッセこどもチャレンジbaby教材デザイン、ソフトバンク「PANTONE6」、TBS「TBS6チェン!」キャンペーン、ストライプインターナショナル「KOE」、PARCO、Laforet原宿、日本とNYで開催したNTTdocomo「ドコモダケアート展」トータルディレクション、「優香グラビア&ボディー」装丁、CHARA、木村カエラ等のアートワークなど。イギリスD&AD金賞、スパイクスアジア金賞銀賞、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、アドフェストブロンズ、インターナショナルアンディーアワード銀賞、JAGDA賞、JAGDA新人賞、ひとつぼ展グランプリ、岡本太郎現代芸術大賞優秀賞、街の本屋が選んだ絵本大賞3位、LIBRO絵本大賞4位、他受賞多数。青山学院大学総合文化政策学部えぐちりかラボ非常勤教員。
HP http://eguchirika.com
BLOG http://eguchirika-blog.com
斎藤美和 しぜんの国保育園smallvillage園長。書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を経て、2005年より「しぜんの国保育園」で働きはじめる。主に子育て支援を担当し、地域の親子のためのプログラムを企画運営する。2017年当園の副園長となる。また保育実践を重ねていくと共に『保育の友』『遊育』『edu』などで「こども」をテーマにした執筆やインタビューを行う。2015年には初の翻訳絵本『自然のとびら』(アノニマスタジオ)が第5回「街の本屋さんが選んだ絵本大賞」第2位、第7回ようちえん絵本大賞を受賞。山崎小学校スクールボード理事。町田市接続カリキュラム検討委員。齋藤美和 Instagram 「しぜんの国保育園」
撮影/品田裕美