北欧の暮らしの楽しみを伝えるクリエイター・上原かなえさん【子どもの暮らしを紡ぐ人を訪ねて】前編

「しぜんの国保育園smallvillage」の園長である齋藤美和さんが、子どもとの暮らしにつながるものづくりをしているお母さんたちを訪ねる連載。第2回目は、執筆活動やワークショップなどでも活躍中のクラフト作家の上原かなえさんのお話です。

『北欧のかわいい切り紙』『ごあいさつカードの手づくりレシピ』など多数の著書を持ち、私たちの生活に馴染む手づくりを提案してくれるクラフト作家の上原かなえさん。現在は拠点を東京から軽井沢に移し、もうすぐ3歳になる娘さんとプロダクトデザイナーのご主人の3人家族で暮らしています。

おだやかな雰囲気を身にまといながら、実は強い意思を持っているかなえさんに、この日の現場である浅草橋の毛糸専門店keitoに会いに行きました。

80歳を過ぎても洋裁店を営んでいた祖母の傍らで

 

−今日は季節のディスプレイを担当しているKeitoでの作業も見せてもらえてよかったです。一つ一つ、手を動かして作っているんだなあと改めて思いました。かなえさんの指先を見るのもおもしろかったです。子どもの頃から、手を動かすことは好きだったのですか?

「小学校5年生まで東京にいたんですけど、その後父の実家の鹿児島に家族で引っ越したんです。そこで、祖母がずっと洋裁店を営んでいて、お客様のオーダーメイドのお洋服を作っていたので、それをみて自分も洋服を作っていました」

 −自分でお洋服まで!おばあさまは、いろいろ教えてくれましたか?

「そうですね。型紙をもらってパンツも作っていました。雑誌を見て憧れても、鹿児島には売っていなかったので自分で作ろうと思って。とにかく手を動かして作るというのが当たり前の環境でした。布の切れ端などもあるともらって、それで何かを作っていました。おばあちゃんの影響は大きいと思います。」

−おばあさまは、ずっと現役で働いていたんですか?

「80歳半ばまで、お洋服を作り続けていました。若い頃に作ったワンピースを歳を重ねながらも、ずっと大切に着ていてくれているお客様もいて。人って腰が曲がったり、背中が曲がったり体も年齢によって変わっていくから、その都度祖母が作り直していました」

 −わあ、とても素敵!

「でも、実はおととい亡くなったんです。だから、この取材の前に振り返っていて。祖母は戦争を経験していて、その後当時珍しいシングルマザーとして父を育てて生きてきたんですね。なので、手に職をという気持ちで洋裁店を始めたんだと思うんです。とにかく働き者の割とせかせかした(笑)おばあちゃんでした。96歳でした。」

−そうだったんですね。おばあちゃんは、かなえさんの娘さんにも会えたんですか?

「喜んでくれていました。だから、私のクリエイティブ精神の根幹は、祖母にあると思いますし、今自分が作業している傍らで、娘が過ごしているのを見ていると、自分の子どもの頃を思い出しますね」

−きっとその場の空気とか風土って代々手渡されているんでしょうね。その後、また東京に出てきたのはどんなタイミングで?

「高校を卒業して東京のデザイン専門学校に進学をしました。鹿児島という、ちょっと離れたところで生活していたからこそ、都心に憧れが募ったんでしょうね。渋谷に校舎があったので、自然と華やかな世界に近づいて行きました。」

—最初についたお仕事はアパレルのお仕事だったと伺いました。

「そうですね、デザイナーのアシスタントをしていました。そこで、自分の人生に大きく関わるデザイナーのセキユリヲさんに出会うことになったんです。当時セキさんが、サルビア(※)という活動体で、お洋服を作り始めていて。私が働いていていたブランドと関わることがあったんですね。そこで私もセキさんとお仕事をすることになって」

 

学びたい時」が学ぶ時 33歳でデンマーク留学へ

−そこでセキさんと出会うことになったんですね。

「そうなんです。サルビアを立ち上げる、最初のステップに携わらせてもらいました。それで、バッグのサンプルなどを私が手作りで作っているのを見てくれて、『それを(仕事として)やったらいいんじゃない?』とサラッと伝えてくれたんです。

セキさんは、一人一人の特技や素敵なところを冷静に見ていてくれて、しかもそこにちょっと頑張ったらできるくらいのお題をくれるんです。そこからは『あとは自分で頑張るんだよ』っていう後押しをしてくれて。その後、手作りをテーマにした本をまるまる1冊任せてくれました」

 

▲ライ麦のオーナメント。窓辺に飾ってもきれい。

▲星の編み飾り。繋げるとリースのよう。

−セキさん、本当に素敵な方ですよね。実は私も園を担う存在として、セキユリヲさんの佇まいとか、若い人たちへのまなざしとか、すごく学んでいるところが多いんです。「しぜんの国保育園」を建て替える時も、たくさん相談に乗ってもらいました。かなえさんにも、しぜんの国に通ってもらって、保育者にワークショップをするのを2年も続けてくれましたよね!

「物作りとワークショップという2つの柱を自分の中で立てて、活動をしていこうと決めて。保育園でのワークショップもすごく楽しかった。もともと手芸が好きだったから、そのプロセスを分析して本に落とし込む事も面白かったし、またそれだけじゃなくて、ワークショップという場で、実際に人と会って繋がって物作りを伝えていくというのが自分にとって良いバランスでした。保育園でも楽しかったな、保育者の皆さんすごく器用で、たくさん話しながら(笑)いろいろ作りましたね!」

−それで、なぜその保育園のワークショップが終わったというと、かなえさんが留学することになったんですよね。

「そうそう、それもセキさんがスウェーデンに留学していて、『上ちゃんも行ったらいいよ〜』ってサラッと言ってくれて。学びたい時が、学ぶ時だと思って、そこから1年半くらいかな、語学を学んでデンマークに留学することに決めました。」

−何か節目みたいなことはあったですか?海外に単身でいく不安とかなかったのでしょうか?

「うーん、社会人として働いて10年だったから、ちょうどいいタイミングかなとは思った。それで、これからも物作りを続けたい、この先もずっと物作りをしていくんだ!という決意があったから、とにかく周りの人に、『私は海外に行きます!』と言って、自分を追い詰めました(笑)33歳の頃です」

https://www.keito-shop.com/

【取材を終えて】

かなえさんは軽やかに意志が強い。脇芽を振らず邁進する強さじゃなくて、柔らかな空気を纏って、自分の道を進んで行きます。

留学の話も伺って、人は学びたいと思った時に、とことん学ぶのだと改めて感じました。これは子育てにも通じるのものではないでしょうか?

さて、後編は海外での学生生活と、今のかなえさんの暮らしについてです。

美しい手仕事の裏にある、かなえさんの強い意思と、思い切り、そして決めたことに対しての心意気。じっくり聞いて行きたいと思います。

※サルビア
2000年、グラフィックデザイナーのセキユリヲさんが、「サルビア」をいう活動体を時始めました。衣食住を中心に「あったらいいな」を考えながら、現在も、「古きよきをあたらしく」をテーマに物作りやワークショップを開催しています。http://salvia.jp/

 

上原かなえ(うえはらかなえ)

クラフト作家。「サルビア」の雑貨デザインスタッフを経て「サルビア工房」として独立。クラフト作家として、紙や布をはじめ、さまざまな素材に耳を傾けながら暮らしを彩る手作りのアイデアを提案する。2013年夏より、デンマークスカルス手芸学校留学。帰国後、北欧で出会ったペーパークラフトをまとめた『北欧のかわいい切り紙』(河出書房新書)を出版。

齋藤美和(さいとうみわ)

しぜんの国保育園smallvillage園長。書籍や雑誌の編集、執筆の仕事を経て、2005年より「しぜんの国保育園」で働きはじめる。主に子育て支援を担当し、地域の親子のためのプログラムを企画運営する。2017年当園の副園長となる。また保育実践を重ねていくと共に『保育の友』『遊育』『edu』などで「こども」をテーマにした執筆やインタビューを行う。2015年には初の翻訳絵本『自然のとびら』(アノニマスタジオ)が第5回「街の本屋さんが選んだ絵本大賞」第2位、第7回ようちえん絵本大賞を受賞。山崎小学校スクールボード理事。町田市接続カリキュラム検討委員。齋藤美和 Instagram 「しぜんの国保育園

編集部おすすめ

関連記事