二重人格小説の名作『ジキルとハイド』の作者とは
『ジキルとハイド』のタイトルは知っていても、作者やあらすじは知らないという方も多いのではないでしょうか? ここではまず、作者と物語の背景を押さえておきましょう。
ロバート・ルイス・スティーヴンソンの小説
『ジキルとハイド』は、1886年にイギリス人作家、ロバート・ルイス・スティーヴンソンによって書かれた小説です。
スティーヴンソンの代表作には、冒険小説『宝島』(1883年)があり、その3年後に怪奇小説『ジキルとハイド』が刊行されました。本作は、ほんの2、3日で書き上げたという逸話も残されています。
二重人格を題材にした代表的な作品として知られ、語り手の弁護士、アタスンが奇妙な小男ハイドの正体を探っていくミステリー小説としても楽しめます。
スティーヴンソンってどんな人?
作者のロバート・ルイス・スティーヴンソン(1850-1894)は、イギリスのスコットランド・エディンバラ生まれ。1867年17歳でエディンバラ大学に入学し、工学・法学を学びますが、もともと文学に興味があり、大学発行の雑誌の編集をしたり、エッセイを寄稿していました。
卒業後は弁護士として働きながらエッセイを雑誌に発表。30歳の時にアメリカ人女性、フランセス・オズボーンと結婚します。幼い頃から病弱で、肺疾患の療養のため各地を転々としながら執筆活動を続けました。
物語のあらすじ
それでは、続いて『ジキルとハイド』の物語のあらすじを紹介しましょう。
あらすじ
※以下ではネタバレを含みます。ご注意ください。
舞台は19世紀のロンドン。弁護士のアタスンは友人エンフィールドとの散歩中、先日遭遇した奇妙な事件について聞かされます。それは、まだあたりも暗い午前3時、繁華街の裏通りでハイドなる男が少女とぶつかり、平然と彼女を踏みつけたあと何事もなかったかのように立ち去ろうとしたという出来事でした。
エンフィールドは彼を捕まえ、人だかりの前へと突き出すと男のほうから「余計な揉め事を起こしたくないから金額を言え」と言います。そして、手渡してきた100ポンドの小切手には、なんと高名な博士ジキルの署名が記されていたのです。
高名な紳士であるジキル博士と、醜悪な小男であるハイド氏にどのような繋がりがあるのか訝しんだアスタンは、二人の関係について調べ始めます。そんなあるとき、アタスンの顧客でもあった老紳士、サー・ダンヴァス・カルーがハイド氏によって撲殺されるという事件が起こります。それをきっかけにそれまでのハイド氏の様々な悪行が明らかになっていきますが、肝心のハイド氏は行方をくらましてしまうのです…。
アタスンはジキル博士の元を訪ねると、彼はひどく憔悴した表情で、「ハイドとは縁を切った」と話しました。帰宅したアタスンは、主任事務員ゲストを呼んで、ジキル博士から受け取った手紙の筆跡鑑定を依頼します。そして、ジキル博士とハイド氏の筆跡がとてもよく似ていることが判明し、ますますジキル博士への疑念が深まるのでした。
ある夜、アタスンの元にジキル博士の使用人プールが慌てて訪ねてきました。アタスンがジキル家に駆けつけると、ジキル博士の書斎には明らかに他の男のいる気配が漂っていました。ジキル博士がハイド氏に殺されたのでは? と推察したアスタンは力づくで部屋の中に入ります。そこで目にしたのは、なんとハイド氏の自殺死体でした。しかしジキル博士の姿はなく、その代わりに残されていたのはアスタンへ当てたジキル博士からの手紙でした。
※ここからネタバレ!
手紙には、自ら開発した薬によって邪悪な存在であるハイド氏へと姿を変えていたこと、ハイド氏となり欲望の赴くまま悪行に手を染めていたことが記されていました。つまりジキル博士とハイド氏は同一人物だったのです!
ジキル博士の手記には、自分には生まれながらに抑えることのできない快楽癖があること、それと同時に人並み以上の羞恥心を抱き、悩ましい二重生活を送るようになったことが告白されていました。その苦しみから逃れるために薬を開発し、善の自分と悪の自分を切り離すことに成功したのです。
最初は薬を使ってハイド氏になることを楽しんでいたジキル博士ですが、やがて、薬でコントロールすることができなくなってしまいます。そして最後には欲望を抑えられなくなったハイド氏に人格を侵食されることを悟り、アスタンに全てを打ち明けることにしたのです。
あらすじを簡単にまとめると…(ネタバレ含む)
弁護士アタスンは、高名な博士ジキル氏のもとに、ある時から小柄で醜悪な男ハイド氏が出入りしていることを知ります。人に嫌悪感を抱かせる風貌のハイド氏は、ついには殺人事件まで起こしてしまうのです。ジキル博士はハイド氏に何か弱みを握られ、脅されているのではという疑念を持ったアスタン。しかし、実はハイド氏はジキル博士が薬によって姿を変えたもう一人の自分だったのです。
主な登場人物
ここからは、『ジキルとハイド』の主な登場人物をみていきましょう。
ヘンリー・ジキル
医学博士、民法学博士、法学博士、王立協会員などの肩書を持つ有名な博士。長身で人当たりの良い寛容な性格。50代の男性。なぜか親身にハイド氏の面倒を見ている。
エドワード・ハイド
肌が青白く、意地の悪い顔をした小柄な男。見る人を不快な気分にさせる雰囲気を漂わせている。ジキル博士との関係は謎が多く、ジキル博士が死亡した際には、彼の遺産はハイド氏が相続することになっている。
アタスン
弁護士。感情をあまり表に出さない、いかつい顔つきだが、優秀で周りからの信頼も厚い。ジキル博士とラニョン博士とは友人関係。
エンフィールド
アタスンの遠い親戚で、紳士。アタスンとは毎週日曜日に2人で散歩をする仲。ある時、ジキル博士が少女を倒し、踏みつけた現場を目撃したことをアタスンに話す。
ラニョン博士
高名な博士。自宅で病院を開業している。誠実できりりとした小柄の紳士。アタスンとは昔からの友人で信頼し合っている。ジキル博士とも親しい仲だったが、ジキル博士の考えや行動がおかしくなったと言い、距離を置いている。
プール
20年間ジキル博士に仕える使用人。身なりが良い年配の男性。ジキル博士への忠誠心が強い。
『ジキルとハイド』にはモデルがいた?
実は『ジキルとハイド』にはモデルとなった人物がいるようです。それは、高級家具師でエディンバラの市議会議員も務めたウィリアム・ブロディという男性だと言われています。彼は、表では肩書きのある役職につきながらも、その裏でスリルを求め、ギャンブルの銭稼ぎのために夜盗を働いていたのだとか。
彼はエディンバラで初めて絞首台を作り、自身が初めてその刑具の受刑者となったことでも知られています。スティーブンソンは、この男を主人公にした戯曲『ブロディ組合長、もしくは二重生活』を書き、『ジキルとハイド』が出版される前に上演されましたが、あまりヒットしなかったそう。
一方、本作のほうは、出版された翌年にアメリカのボストンで舞台となり、好評を博しました。現在でも、原作をもとにした芝居や映画、ドラマなどが世界中で創作されています。
『ジキルとハイド』を読むなら
名作『ジキルとハイド』を初めて読む方でも、手に取りやすい本を紹介します。
ジキルとハイド(新潮文庫)
初めて読む若い読者にもわかりやすく書かれた一冊です。
新訳 ジキル博士とハイド氏 (角川文庫)
古典的な名作を、読みやすく新訳で書かれた一冊です。
怪奇小説でありながら、人間の善と悪に迫った名作
『ジキルとハイド』は二重人格の代表作とも言われていますが、実は誰の心の中にもある善の面と悪の面の葛藤を描いています。ハイド(hide)は日本語では「隠す」という意味。探偵役のアタスンと事件の真相に迫っていく中で、今まで隠していた自分の本心が明らかになることも、本作が読み継がれている魅力の一つかもしれません。
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構成・文/鈴木 菜々絵(京都メディアライン)