【ロンドン子育て・浅見実花のちょっと立ち止まって Vol.6】「デジタル機器との付き 合いかた」

【第6回】現在ロンドンで3人の子ども(9歳,9歳,6歳)を育てるライターの浅見実花さん。東京とロンドンの異なる育児環境で子育ての「なぜ?」にぶつかってきた彼女にとって、大切なことは日々のふとした瞬間にあるのだそうです。まずはちょっと立ち止まって、自分なりに考えること。心の声に耳を澄ましてあげること。そういう「ちょっと」をやめないこと。この連載では、そうしてすくい取られたロンドンでの気づきや発見、日本とはまた別の視点やアプローチについて、浅見さんがざっくばらんに&真心を込めて綴っていきます。

第6回は「デジタル機器との付き合いかた」。この時代、わが子にどこまでデジタル機器を使わせるかは世界共通の悩みのようです。

どうする?デジタル機器との付き合いかた

先日のお昼どき、ロンドン市内のイタリアン・レストランにてーーー

ロンドンで絶品カラスミ・パスタが食べられる評判のお店と聞いて、数日前から胸を躍らせていた私は、イタリア人の店員さんに案内されて、ひとりテーブル席に落ち着きました。めずらしい、イタリア・サルディーニャ地方の専門店で、店内は早くも満席、テーブルではさまざまな言語が飛び交っています。

そこでひょいと隣を見ると、私の隣もあきらかに日本人のお客さんーーーおそらくは50代のお母さんと20代の娘さんーーーが座っているのに気がつきました。テーブルの片隅に、女性誌の観光マップ「ロンドン特集」が置いてある。色白の肌に、白地のコットン・ワンピースがよく似合う、都会的で淑やかなお母さんと娘さん。私はこのすてきな親子がどんな会話をするのだろうと、思わず興味をかき立てられてしまいました。

けれどもそこに会話はありませんでした。ふたりとも終始スマホの画面を見つめ、口もとを微かにほころばせている。料理がくるとそのまま料理の写真を撮る。それから黙ってパスタをくるくる巻いていく……。

日本から1万キロを飛んできて、予約したイタリアンに入店し、おいしい料理を食べながら、ふたりはほとんど無言のままにスマホの画面を覗きこむ。

この光景が頭の中でチリンとベルを鳴らしました。

これはぜんぜん人ごとじゃない、と。ほら、あなたもよくやるじゃない? だれかとの食事中にスマホをいじってしまう。食卓に置かれたスマホを見ると、つい触りたくなってくる。スマホがブルッと震えれば、メッセージが気になりだす……。

この時代、だれかと一緒に居合わせるということは、どんな意味を持つのでしょうね。

 

一緒にいてもスマホ

それで思い出しました。以前読んだことのある『一緒にいてもスマホ』(原題『リクレイミング・コンバセーション』)という本についてです。米国の大学MITでデジタル技術と社会について研究するタークル教授(社会心理学者)が書いた本で、全米でベストセラーになっていました。

彼女の主張の1つを、ものすごく端折って言うとこうなります:「テクノロジーの発展は不可逆だけど、いま大事なのは、弱まりつつある対面の会話がもたらす力です」

タークル教授によると、最近多くの人びと(とくに若年層)の間で、対面でのリアルな会話が避けられがちになっているということです。彼らにとって、テキストやメッセージ、SNSなどデジタルでのコミュニケーションは、自分の言いたいことをいつでも編集することができ、自分の好きなことにだけ注意を向けていられる、つまり「コントロールできる」のにたいし、対面での会話というのは、相手との相互作用がリアルタイムで進行するため、デジタルのように思い通りにいかないところを億劫に、あるいは怖いと感じてしまう。

 

 

思い通りにコントロールできている、ほんとうに?

しかしタークル教授は問いかけます。

「思い通りにコントロールできている、ほんとうに?」 

じっさい、どれほど多くの人が自分と他者との関係や、自分自身の状況をコントロールできているのでしょう、と。

それどころか、近年ますます多くの人が孤独を感じていると彼女は言います。この時代、すなわち自称「いつでもだれかとつながれる時代」には、人は退屈さやさみしさを感じると、すぐにだれかとオンラインでつながってしまう。けれどもその種のつながりだけでは、感情的な親密さ、相手への深い理解や共感性を得ることができないため、つながればつながるほど人は孤独を感じてしまう。

「常時接続」が当たり前になったいま、私たちはたんに1人でいることが難しくなっており、だからこそ自分自身について深く理解することも困難になっている、とタークル教授は指摘します。人というのは自己を理解し、そこから他者へ働きかけて、真の関係を結んでいく生き物なのに、と。とりわけ大人になるまでに、ここをしっかりやることが致命的に重要なのに、と。

 

 

いまこそ「会話の力を取り戻す」?

そこでタークル教授が注目したのは、対面での会話です。

彼女はテクノロジーの発展自体を否定していませんが、その使いかたを見直すべく、いま奪われつつある会話のパワーを取り戻そうと提案します。

本来、会話はこの上なく人間らいしい行為であり、そこでは互いに人間同士が向き合って、相手の話に耳を傾け、相手に対して共感し、自分の話を聞いてもらう喜びや、相手に理解してもらうことの喜びを味わうことができるのだ、と。そういうプロセスを通して、人は臆することなく他者と関わり、交流するのを学んでいくものなのだ、と。また、会話というのは自分自身を見つめ直すきっかけにもなり、生涯つづく自身との対話を促してくれるものだ、と彼女は主張しています。

タークル教授は、デジタル時代に生きながら「会話の力を取り戻す」具体的なアクションとして、「家の中でデジタル機器のない場所を設けること」を挙げています。

大人も子どもも例外なく、家族のだれもがあらゆる「画面」を手放す場所を確保しよう。たとえばそれは食卓で。たとえばそれはベッドの中で。どんなに短い間でも、画面の入る隙のない絶対的な「聖域」を決めてみる。そしてそこでは、どんなに些細なことでもかまわない、大事なことでなくてもいいから会話しよう。自分の言いたいことだけでなく、相手に耳を傾けることからまずは始めてみよう、と。

あなた自身に正直でいること

先日もロンドンで、テクノロジーと育児に関する保護者向けイベント(心理学者や教育実践家らのパネル・ディスカッション)に参加したのですが、ここでもやはりベースの主張にタークル教授との共通点が数多く見られました。

最後にそこで「あっ」と思った質疑応答を紹介し、終わろうと思います。

 

Q「子どもがゲームを自分からやめるには、どうしたらいいでしょう?」

A「子どもに次のゲーム時間を稼がせるのです。次に遊べるゲームの時間を確保するため、いまここでルールを守ることを教えましょう。あと10分で終わりにしたら、次回も時間をあげるよ、と。そしてこちらはアラームをセットして待つのです。残り5分になったら、子どもに知らせてみてください。するとだいたいは自分でゲームをやめるようになるでしょう。

大事なことは、子どもを非難するのではなく、共感の視点を持つことです。この時代環境において、彼らが画面に釘づけなのは、彼ら自身のせいだけとは言い切れないのだから」

 

Q「うちでは子どものスクリーン・タイム(スマホやタブレット、コンピュータやテレビなどあらゆる“画面”を見る時間)を1日2時間と決めています。これは許容範囲でしょうか?」

A「そうですね、何がいいかということは、人によって異なるでしょう。たとえば1日6時間もスクリーンを使っていた親にすれば、それが4時間に減っただけでも大きな進歩と呼べますから。
大事なのは、それがあなた自身にとって正直であるかです。何が正しいということではありません。絶対にこれだという正解はありません。あなた自身に正直でいること。そのことを忘れないでくださいね」

 

 

わが子にとって、スマホの時間、ゲームの時間、テレビの時間はどのくらいが適切なのか。これは親がスマホに向かって、「子どもにスマホを使わせていいのは何時間?」と聞いてみても、一概には得られない答えなのかもしれません。だって、もしも私がイヤイヤ期でどうにもならない双子を抱え、夫は単身赴任で、両親が遠く離れたところにいて、育児ノイローゼ寸前だったとしたら……? そんなとき「子どもにiPadを与えるのはよくないよ!」とだれかに警告されるのは、あまりに酷だと思うのです。きっとそれぞれの家庭には、それぞれの事情があると思うから……。

 

自分自身に正直でいること。それはひょっとするとタークル教授の言うように、まずは親がスマホをいったん置いてみて、1人になって落ち着いて、自身と向き合うところから始まるのかもしれませんね。

 

 

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浅見実花(あさみ みか)

大学卒業後、広告代理店に勤務。のちロンドンへ渡る。マーケティング&ファイナンス修士。著書に『子どもはイギリスで育てたい!7つの理由』(祥伝社)。現在、在英9年目。3児の母(9歳、9歳、6歳)。

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