『ヒトはいじめをやめられない』『キレる!』など、世の中に多くのベストセラーを生み出している脳科学者の中野信子さん。新刊のテーマは人間なら誰もがもっている「嫌い」という感情について。この感情をしっかり理解して、戦略的に利用することに目を向ければ、同性、異性を問わず、他人との日々の付き合いが楽に、かつ有効なものになると中野さんは言います。第三回目のテーマはHugKum読者の皆さんも気になるであろう「家族」について。身近だからこそ好きだけではいられない、その理由を検証します。
家族を嫌うことをやめたい人へ
「家族なのだから仲よくしよう」「親なんだからもっと大事にしないとね」「子供には無償の愛を注ぐべき」と、他人は簡単に言います。しかし、現実はそんなに甘くはありません。家族だから許せない、イライラする、同じ空間に一緒にいるのが辛くて悲しくなるなど、苦しい思いを抱えてしまうのが、むしろ家族とも言えます。
・妻/夫との価値観の違いに喧嘩が絶えず、ほぼ毎日離婚を考える。
・妻を家政婦としか思っていない夫が憎い。
・長男は可愛いのに、次男を愛せない。
・社内外の人の言動は受け流せるが、家族の言動には反応し、ついキレてしまう。
・自分を見下している兄が嫌いだ。
・母親には感謝はしているが、自分の価値観を押し付けてくるのに辟易する。
・自分を絶対に認めようとしない父親が憎い。
・子供時代に親から受けた心の傷が癒えず、今も許せない。
・老いた父を大事にしたいが、身勝手な言動に怒りを抑えられず、苦しい。
家族を愛したいと思いつつも、家族でいることで苦しいほどの憎悪が渦巻き、相手を傷つけてしまうような状況に追い込まれてしまう現実もあるのではないでしょうか。
家族を嫌うことはとても辛く、そんな自分が許せなくてつい自分を責めてしまうこともあるでしょう。
しかし、すべて自分が悪いわけではありません。自分を責める必要はありません。
家族だから愛するべき、という呪縛にとらわれ、家族だからこそ永遠に共感し合えないという不条理があります。それを、静かな気持ちで、受け入れることが大事です。
なぜ身近な家族ほど、嫌悪感が増大するのか
新型コロナによる自粛期間中に、相手の嫌な部分にばかり目が向き、離婚を考えた、などという「コロナ離婚」が話題となりました。
一緒にいる時間が増えたことで、見えなくてもよい相手の欠点が気になってしまったり、価値観の違いに気付いたりということもあったでしょう。
しかし、結婚前にはそれらの欠点や価値観の違いには気がつかなかった、もしくはその違いを許せたはずなのです。
家族として近くにいつもいることで、許せない気持ちが強くなるのでしょうか。
人と人との絆をつくるホルモン「オキシトシン」との関連性
この現象には、「オキシトシン」という脳内物質が関わっていると考えられます。
オキシトシンとは、「愛情ホルモン」とも呼ばれ、脳に愛着を感じさせ、人と人との絆をつくるホルモンです。
オキシトシンは互いに名前を呼び合ったり、スキンシップを取り合うことで分泌され、特に同じ空間で長い時間一緒にいると、オキシトシンの濃度が高まります。
オキシトシンが高まることは、仲間意識を高め、親近感をもったり、家族に愛情を感じるなど、一見すると人間関係をつくる上ではよいものであるように感じられます。しかし、家族間でこのオキシトシンが高まると、お互いに信頼し合うと同時に、互いに期待をする部分も大きくなります。
愛情はもちろん、収入や家事、育児のサポート、両親の世話など、家族という共同体を守るために、妻も夫も互いに対してさまざまなことを期待します。
そして、家族であればこの期待に応えることが当然であると考えるようになり、期待を裏切るような行為、信頼を裏切るような態度に対して嫌悪感を抱き、相手を責めてしまうことがあるのです。「家族であれば」こそ、相手の期待に応えたいと思い、そして自分の期待にもすべて応えてほしいと願うのです。さらに自分が相手に与えた愛情と同様もしくは、それ以上の見返りやリソースを求めてしまいます。
他人では許せることが、家族だと許せない
他人に言われても気にならないのに、同じことを家族に言われると、キレてしまう。よく見る光景かもしれません。
これは、人間には、関係が近すぎるとオキシトシンの濃度が高まり、愛情や仲間意識が強くなる。そして自分の期待通りにならないと、その反動で攻撃的になるという仕組みがあるからです。
相手への期待が増え、見返りを求める気持ちが強くなりすぎると、相手を束縛したり、支配したくなり、相手が期待に応えない場合には、責め立てたり、失望して徹底的に嫌ってしまうこともあります。最悪なのは、DVや虐待、家族間殺人という行為にまで発展してしまうことです。
警察庁の調べによると、2016年に摘発した殺人事件のうち、ほぼ半数が親族間での殺人であることがわかりました。「家族なのだから、暴力などもってのほか」と思われる人も多いと思いますが、これが現実です。「家族なのだから守ってくれるだろう」という幻想は捨て、暴力をふるわれたり、自分が相手に危害を与えてしまうかもしれないと感じたら、お互いのためにもすぐに距離を取るべきでしょう。「手を上げられても、家族なのだから自分が近くで支えなければ」と思ってしまいがちですが、攻撃したいと思うほどの強い感情は、互いの距離が近すぎるから生じるネガティブな感情だということを理解し、第三者に協力を要請したり、安全な距離を保ちながら、相手の行動を注意深く見守るべきなのです。
子供は保護者と一緒に住むほうがよいという先入観も、昨今の児童虐待による痛ましい事件を見ると、考え直すべきでしょう。
家庭の中は覗きにくく、他者が介入することをタブー視してしまうからこそ、家族の闇は深くなり、問題があっても周囲からは見えなくなることがあります。
家族という形態が大きく変わってきている今、家族というものはときに非常にもろく、特に感情面では間違った方向に向かいやすく、多くのフォローを必要とする組織体であることを、もっと多くの人が理解すべきなのではないでしょうか。
著者:中野信子(なかの・のぶこ)
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学教授。著書に『心がホッとするCDブック』(アスコム)、『サイコパス』(文藝春秋)、『脳内麻薬』(幻冬舎)『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。
「嫌い」という感情を生かして生きる!
人間誰しも、他人に対して部分的あるいは全体的に「好き嫌い」という感情を抱きがちです。「”嫌い”という感情を抑えられれば、もっと良好な人間関係を築けるのに・・・」とも考えますが、そもそも好悪の感情は、人間として生きていくうえで必ずついて回るもの。ならば、「嫌い」という感情をしっかり理解して、戦略的に利用することに目を向ければ、同性、異性を問わず、他人との日々の付き合いが楽に、かつ有効なものになります。そこで本書では、“嫌い”の正体を脳科学的に分析しつつ”嫌い”という感情を活用して、上手に生きていく方法を具体的に探っていきます。