『なんで家族を続けるの?』(文春新書)は、普通でない家族がコンプレックスだった、内田裕也さんと樹木希林さんの一人娘である内田也哉子さんと、家族に暗い記憶の原点がある脳科学者の中野信子さんが繰り広げる家族論。内田さんの問いに、脳科学の見地から語られる中野さん答えから、未来の家族のカタチが見えてくる。
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“普通じゃない家族の子”が語る家族論
内田也哉子さんの生後間もなく、母である希林さんは、裕也さんを遠ざけたものの離婚はせず、家族でいることにこだわった。父である裕也さんとは、生涯で会った時間の合計はたぶん、数十時間だという。何かと世間に注目されつづけた家族のカタチに、子どものころは「目立つことなく、落ち着いた両親のいる穏やかな家族の子であること」がただ一つの願いだった。
対する、脳科学者・中野信子さんの家族は、物心ついたころから、両親は、おはようの挨拶もなく、同じ家に暮らしているのにお互いに見えないみたいに振舞っていた。幼児の頃、友達の家に行くと両親がしゃべっているのを見て、ビックリし、これが普通なのかとショックを受けたという。12歳から祖母に育てられ、両親は、中野さんが高校生の時に離婚した。
どんなカタチの父親、母親であっても、生物学的に誤りはない
まず、内田さんから切り出された「家族における父親と母親の、脳科学的な役割はあるのか?」という問いに、「どんなカタチの父親、母親であっても、特に生物学的に誤りということはないんです」と答える中野さん。
裏付ける例として話されたのはアホウドリの生態。アホウドリのカップルは、三分の一がレズビアンで、子孫を残すために、そのときだけオスと浮気をして、子育てはメス二羽でするそうだ。だから、内田さんの家族のカタチというのは、生物界まで広げて考えると、まったくノーマルということになる。「どんな変わった父親、母親、夫婦でも脳科学的には“あり”です」(中野さん)
「ただ、私たちは社会通念というものをそれなりの年月をかけて学んできてしまうので、マジョリティとされている考え方を『これが正しいんじゃないかな』と蓋然性を持って学習してしまうと、それに照らし合わせて、どれだけ外れているか・外れていないかで、『自分は間違っている気がする』という感覚をもってしまうことはある」という中野さんに、「ウチの家族のカタチというのは、大して変なわけではないんですね」と答える内田さん。まさに、人間界の常識に長年苦しんできたのだ。
「別れて暮らし、たまに会えば怒号とモノが飛び交う。包丁を持ち出すほどのケンカになっても離婚しない。そんな夫婦でも生物としてはノーマルの部類に入ると知り、私はどんなに救われたかしれません」(内田さん)
「産みの親より育ての親」が実証された実験
「『血縁』ということに私たちの社会はこだわるところがある」ことに関して、内田さんから問われたのは、「『親子」における『血縁』と『生まれた時からずっと共有してきた時間」の価値の比較について。
中野さんは、ラットのグルーミングに注目したストレス耐性の実験を元に、「接している時間、育ててもらったという経験によって、ラットの脳そのものが変化した」結果から、産みのお母さんより、育てのお母さんの影響が大きいことを導く。
「別に遺伝だけですべてが決まるわけじゃない。一緒に接している存在もとても大事ですよ、ということを示す実験です」(中野さん)
子どもは、知性は母親から、情動は父親から受け継ぐ
さらに、遺伝について「お父さんから主に受け継ぐ部分と、お母さんから主に受け継ぐ部分というのは、ある程度偏りがある」とのこと。子どもは、「知性はお母さんから、情動はお父さんから受け継ぐ」という動物実験におけるデータがあるのだそうだ。父親とほとんど一緒の時間を過ごなかった内田さんだが、会ったふとした瞬間に「怖いぐらいに似ている瞬間を感じた」という。
愛が毒になる時代が到来しつつある。日本の母親は誰しも毒親予備軍?
共に昭和の価値観の中で育った同世代の内田さんと中野さん。
中野さんには、「母親はどうしてこんなに義務を負わされて、性別非対称的に子孫を繁栄させる役割を担わされているんだろう」という疑問が子どもの頃からあった。過剰な義務は、毒親を生む。綿々と受け継がれてきたそのしわ寄せで、日本では、誰しも母親は毒親になる可能性はあるという。
内田さんは長男と長女を12歳で海外の全寮制の学校に入学させた。長男に対する過干渉ぶりを危惧した希林さんが「一刻も早く海外に出しなさい」と勧めたからだ。内田さん自身も「9歳でアメリカの学校に飛ばされ」、日本にいるときも親戚や知り合いの家に預けられて育ってきた。
「いろいろな家庭に育てられたようなものですね。そうするとまず、子どもながら遠慮を覚える。そして、この家のお父さん、お母さんはどういう価値観なのかとか、子どもたちがどんなキャラクターなのかとかわかってくる。それを母は『一番の社会勉強』と言っていたけど。私は、自分の居場所がないように感じて、今思うと不安を抱えた子どもでした」(内田さん)
12歳で親元を離れ、主に父方の祖母に育てられた中野さんも、内田さんの気持ちに共感ができる。
「いろいろな価値観の中でもまれるということは、知能を伸ばすにはいいとされています。でも、愛着の観点から見ると、人間関係を回避しがちになったり、逆に、この人はと思ったらしがみついてしまったりするジレンマがあるんですよ」(中野さん)
100年後くらいになるかもしれない前提で、中野さんはヒトの人工子宮が実用化される予想を立てている。
「自分の体を使って子どもを産まないことで親子がお互いに過剰な愛着を持たずに済む。愛は、環境が整わないうちは人類にとって子育ては有益なものだったけれど、人類は環境をかなり整えて、テクノロジーも発達させた。現代はもう、愛が毒になる時代が到来しつつある、と考えているんです」。
家族について話したことが、自分の生き方を考えることになる
「こどもの日」を前に発表された総務省の集計によれば、日本では、14歳以下の子どもの数は40年連続減少しており、史上最低を更新しつつある。コロナ禍となり、家庭での役割が増大している今、明らかに母親に負担がかかりすぎ、子どもを産み育てる条件は悪くなるばかりだ。離婚率も3割を超えたという。
出生率を上げることに成功したフランスでは、実に60%近くが婚外子とのこと。このフランスを例に取り、中野さんは「婚姻関係にこだわらないほうが、子どもが増えている現状をどう思うか?」と読者に投げかけながら、驚くべき試算を教えてくれた。なんと、2040年には、日本では、ほぼ半数が結婚を選択しなくなる、というのだ。「家族の形についての社会通念は、今後、急速に変化していく可能性が高いでしょう」。
社会の中の最小の共同体である家族。イレギュラーな環境で育ったと自認されているお二人だが、抱えてきた悩みは必ずしも他人事ではない。「家族の話をすることは、自分の生き方を考えることになった」という内田さんが語るように、本書は、自分たちなりに、これからの未来を考えるヒントをくれることを、私たちに示唆している。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学教授。著書に『サイコパス』(文藝春秋)、『脳内麻薬』(幻冬舎)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館)、『毒親』(ポプラ社)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。
内田也哉子(うちだ・ややこ)
1976年、東京都生まれ。19歳で俳優の本木雅弘と結婚。エッセイ、翻訳、作詞、ナレーションのほか音楽ユニット『sighboat』でも活動。著書に『会見記』『BROOCH』(共にリトルモア)、母・樹木希林との共著『9月1日 母からのバトン』、翻訳絵本に『ピン!あなたの こころの つたえかた』(共にポプラ社)、『ママン 世界中の母のきもち』(パイ インターナショナル)などがある。2男1女の3人の子の母親。
『なんで家族をつづけるの?』(文春新書)
内田也哉子・中野信子/著
幼い頃から家族に苦しんだ二人は、なぜ、それでも家庭を築いたのか?
家族に苦しむすべての人に贈る、経験的家族論!
構成/HugKum編集部