謎多きインダス文明の遺跡ハラッパー|モヘンジョダロもあわせて把握【親子で歴史を学ぶ】

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世界には、はるか昔に栄え、滅びてしまった「古代文明」がいくつかあります。その一つ「インダス文明」は、「ハラッパー」の発掘調査によって、私たちの前に初めて姿を現しました。インダス文明を代表する遺跡、ハラッパーと「モヘンジョダロ」について解説します。

「ハラッパー」とは?

まずは、ハラッパーの発掘の歴史や、正確な場所をおさらいしましょう。インダス文明の基礎知識もあわせて紹介します。

インダス文明の都市遺跡

ハラッパーは、紀元前2300~1800年ごろに、インダス川中流にあった都市の遺跡です。れんが造りの建物と、大小の道路によって碁盤目状に区切られている整然とした街並みが特徴です。

近くを流れるラーヴィー川が氾濫(はんらん)し、多くの人が濁流に飲み込まれて命を落としました。このため、後世の人により、「食べられた」の意味を持つ言葉「ハラッパー」と名付けられます。

ハラッパーを本格的に発掘調査したのは、イギリス人考古学者「J.マーシャル」です。1920年代に彼が行った調査によって、「インダス文明」の存在が初めて明らかになりました。

インダス文明とは

インダス文明は、インダス川の流域で発展した古代文明です。インドの先住民・ドラヴィダ系民族がつくったといわれています。

インダス川は、ヒマラヤ山脈を源流とし、インドの北西部からパキスタンを通り、アラビア海に向かって流れる川です。ハラッパーを飲み込んだラーヴィー川をはじめ、たくさんの支流を持つ主要な大河の一つです。

インダス川(パキスタン)。長さ3180㎞におよぶパキスタン最長の河川。世界でもまれな海嘯(かいしょう)が起きることでも知られている。海嘯とは、潮津波ともいわれ、河口に入る潮波が垂直の壁となって河を逆流する現象をいう。アマゾン川やイギリスのセヴァーン川などでも起きる。

 

インダス文明の都市遺跡は、ハラッパーの他にも、いくつか見つかっています。

なかでも、インダス川下流域で発見されたモヘンジョダロは、ハラッパーに並ぶ規模を誇る重要な遺跡です。インダス川の恵みを利用して、古代の人々は壮大な都市国家を建設したのでしょう。

パキスタン東部に位置する

ハラッパーは、パキスタン北東部のパンジャーブ地方にあります。パンジャーブ地方は、インダス川の流域で見ると、上流~中流部分に該当します。

下流のモヘンジョダロとは、約600kmも離れていますが、当時は、川を利用した水上交通によって都市同士の往来があったようです。

日本でたとえると、東京から大阪までの距離に匹敵する長い道のりを、どのくらいかけて旅していたのか、想像してみると面白いかもしれません。

ハラッパーの遺跡発掘による影響

ハラッパーの遺跡発掘により、インダス文明の詳細は、どこまで明らかになったのでしょうか。発掘の影響や、実態について見ていきましょう。

インダス文明発見のきっかけに

ハラッパーの存在自体は、古くから知られていました。しかし、誰も古代文明の遺跡とは思わず、さほど重要視されていませんでした。

19世紀半ばには、インドの植民地化を進めていたイギリスが、ハラッパーから大量の「れんが」を掘り出して、鉄道工事に利用してしまいます。

マーシャルが本格的に発掘を始めたときには、すでに遺跡の大半が破壊されていたのです。

それでも残された部分からは、古代の都市遺跡であることを示す証拠が多く見つかり、インダス文明発見のきっかけとなりました。

ハラッパーの発掘は、現在も続いています。しかし、イギリスが鉄道を敷くよりもずっと前から、地元の人々は、ハラッパーのれんがで家や寺などを建て、生活の場としていました。

実際に住んでいる人がいるために、発掘できない場所も数多くあります。

当時の生活が分かる建物や土器などを発掘

ハラッパーからは、各種建造物の跡や生活用品、宝飾品などが発掘されています。都市は城塞(じょうさい)部分と市街地で構成され、城塞には政治や儀式に使う建物、穀物倉などがありました。

市街地では住宅・製粉場・墓地・ごみ捨て場など、人々の生活の跡が見つかっています。住宅には井戸と浴室があり、汚水を流す排水溝も整備されていました。

彩色土器や青銅器などの生活用品に加え、宝飾品や印章も出土しており、遠く「メソポタミア地方」の商人と交易していた様子もうかがえます。

なお、印章に刻まれた象形文字は「インダス文字」と呼ばれています。インダス文字は、いまだに解読できていませんが、インダス文明が文字を使う高度な文明だったことは明らかです。

象形文字。インダス文字の解明が待ち遠しい。(画像はほかの地域のもの)
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ハラッパーに並ぶ遺跡「モヘンジョダロ」

インダス文明の遺跡としては、モヘンジョダロも有名です。モヘンジョダロの特徴を簡単に解説します。

モヘンジョダロの場所

モヘンジョダロは、パキスタン南部のシンド地方にあります。最盛期には3~4万人が住んでいたとされ、ハラッパーと並んでインダス文明を代表する重要な遺跡です。

モヘンジョダロも、後世の人が付けた名前です。「死の丘」を意味しており、1922年に発掘調査が始まるまで、地元の人は、決して近づいてはならない場所として恐れていたと伝わっています。

世界遺産に登録

大規模な都市の遺構が発見され、れんがや土器も、そのままの姿で残っていることが分かったモヘンジョダロは、インダス文明を象徴する遺跡として、1980年にユネスコの世界遺産に登録されました。

しかし、モヘンジョダロは、年々風化が進み、消失の危機にさらされています。

原因は、地下水に含まれる塩分です。モヘンジョダロ周辺では、農業用水確保のための灌漑(かんがい)が進み、水面が上昇したために、地下の塩分濃度が濃くなりました。

地下に埋まっていた「れんが」が、地下水から塩分を吸収したため、空気に触れると劣化してしまうのです。このためパキスタン政府とユネスコでは、共同でモヘンジョダロの保存活動を始めています。

ペルセポリス遺跡(イラン)。ペルセポリスは、インダス文明発祥の地であるアフガニスタンの隣国・イランに、紀元前550~前330年まで栄えたアケメネス朝ペルシア帝国が建設した都だった。1979年に、世界遺産登録。
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まだまだ謎の多いハラッパー

ハラッパーやモヘンジョダロが、インダス文明の遺跡として注目されるようになったのは、20世紀に入ってからです。どちらも保存状態が悪く、思うように調査が進んでいません。

インダス文字をはじめ、多くのことは謎に包まれたままです。4000年近くもの間、地下深くで静かに眠り続けたインダス文明について、子どもと一緒に想像を巡らせてみるのもよい勉強になるでしょう。

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構成・文/HugKum編集部

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