男性育休の取得率100%の企業幹部に聞く「育休の取り方・取らせ方」。強制ではない選択の自由を

男性従業員に「育休」を促す管理職の意見や立場を学ぶ今回の記事。男性「育休」取得率100%を誇る株式会社日本エー・エム・シー(福井)の取締役にして総務部・部長の高橋永さんに会いに行ってきました!

男性の育児休業制度利用をさまざまな形で取り上げてきたHugKumですが、今回は、男性従業員に育児休業制度を促す管理職の側の意見や立場を聞きに、男性「育休」取得率100%を誇る株式会社日本エー・エム・シー(福井)の取締役にして総務部・部長の高橋永さんに会いに行ってきました。

男女ともに育休取得率が100%

株式会社日本エー・エム・シー 永平寺工場

本州の日本海側、北陸の福井県に本社を構える株式会社日本エー・エム・シー。1963年(昭和38年)創業で、建設機械向け高圧配管用継手の製造・販売で国内トップシェアを誇る企業ですが、同社は本業以外のメディアの露出もこのところ目立つようです。その理由は、男性従業員の「育休」利用が100%に達しているからですね。

男性の育休取得は「組織と管理職の後押し」が鍵

2022年(令和4年)3月現在で同社の従業員は190名、海外拠点を含めたグループ全体では1,000名が在籍します。2019年度以降の実績を見ると、2021年度までの3年間で、女性の「育休」取得人数は6/6人で取得率は100%、男性の取得人数は16/16人で取得率は100%を誇ります。

HugKumでは、この日本エー・エム・シーの製造部・製造1課に勤務し、1カ月間の育児休業制度を利用した正津克将さんのお話も伺いました。

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また、別の記事では、立命館大学の筒井先生に取材し、日本の男性育休利用を進めるためには、管理職のマインドの変化、後押しの大切さを学びました。

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ならば、男性「育休」100%の企業では、男性従業員にどうやって育休を取らせているのか、その仕組みづくりが気になるところですね。

そこで今回は、正津さんなど男性従業員に育児休業制度を取得させる「管理職の側」の話を、同社の取締役にして総務部部長の高橋永さんに聞きました。

頑張ってくれている人を応援したい、その制度づくりの1つが子育て支援

取材では、福井県永平寺町にある同社工場の会議室を借りて、高橋永さんにインタビューしました。取材前の勝手な予想では「育休」に関する現状を、喜ばしい実績として高橋さんは語ってくれるのかなと思っていました。

しかし、決して喜ぶ感じも、自慢する感じもありません。むしろ高橋さんは終始、言葉を慎重に選ぶように現状を語ってくれました。その理由は、男性の「育休」取得にはさまざまな見方があるからですね。

利用する人の利益、利用しない人の不利益

高橋さん「まず、当社の取り組みとして、ダイバーシティを掲げています。性別・年齢・国籍・障がいの有無などに関係なく頑張ってくれる人を応援したい、その取り組みの1つが子育て支援であり、男性の育休利用の推進になります。
ただ、こうした社内制度は、利用をうながすほどに制度に漏れる人・該当しない人への不利益が副作用のように生まれます。子育て支援は、例えば子どもを授かった人にはメリットですが、授からなかった人には制度を利用できない不利益が生まれます」

確かに言われてみると、そのとおりですよね。子育て支援を会社が前面に押し出しても、結婚していない人、子宝になかなか恵まれない人には、かえってモヤモヤした気持ちと言うか、何らかのネガティブな感情が生まれかねないはずです。

高橋さん「今では、男性育休の100%取得を打ち出していて、おかげさまでこうしてメディアにも取り上げていただいています。
ただ、男性の育休100%という実績を、やみくもに毎年更新し続ければいいのかと言えば、違うと思っています。現状では、カルチャーづくりとして『まずは全員が取りましょう』と促している段階ですが、少なくとも育休を取りたい人だけが100%取れる(取りたくない人は取らなくてもいい)制度を将来的には目指したいと思っています」

誰かが抜けると、周りがサポートしようと組織全体のレベルが上がる

とはいえ、無邪気にすごい実績だなと筆者などは感じてしまいます。発展途上の仕組みなのかもしれませんが、どうして男性「育休」取得を100%まで引き上げようと思ったのでしょうか。

高橋さん「この点についても、何か美談があるかと言えば、違います。もっと動機は現実的です。少子高齢化を受けて一億総活躍社会の実現を国が打ち出し、男性育休の取得実績に対して国が企業に助成金を用意し始めました。男性の従業員が1人育休を取得すれば60万円が当時は支給されました。
従業員の育休期間中の「育児休業給付金」は勤め先から出ているわけではありません。雇用保険(国)から支給されます。にもかかわらず、男性の育休利用者の実績を企業がつくると、会社に助成金が入ってくるのです。
それならば、ダイバーシティの一環で男性の子育て支援をやろうと思い、せっかくやるならとことんやろうと、さまざまな工夫をして制度利用者をちょっとずつ増やしていきました」

助成金は出ても、ひと一人のマイナスをどう考えるか

しかし、どこの企業もそれほど人員にゆとりがあるとは言えないはずです。60万円の助成金と引き換えに、働き盛りの男性従業員が職場を抜けると、かえってマイナスが出ると思うのですが、どうなのでしょうか。

高橋さん「もちろん現場の効率は一時的に下がります。しかし、変化は会社の伸びしろを生みます。誰かが抜けると、周りのメンバーがそれをサポートしようとします。その結果、周囲全体のレベルが上がり、見えない形で組織が強くなります。
仕事場から従業員が抜けてしまうと確かにマイナスで生産性は悪いのですが、周囲全体のレベルが上がり、本質的な生産性が高まって、差し引きで結果として会社にはプラスとなります」

「また、表現に注意も必要ですが、男性従業員が抜けると言っても1カ月前後の話です。長くても数カ月です。子育て中の当事者たちにはものすごく大変で、ものすごく意味のある、実り豊かな数カ月ではあるのですが、何十年と続く会社員人生で見た時には、大した時間ではないはずです。会社にとってもたいしたロスではありません。
会社は人によって成り立ちます。会社の成長は、いろいろな人が集まり、それぞれが活躍して初めて実現できます。男性社員が育休を経験すると、家族のために頑張るといった覚悟が強くなって帰ってきます。その覚悟が、結果として生産性を向上させる側面もあると思います。
なので、男性の従業員に育休を取得させるという選択肢は、会社にとってもマイナスにはならないと考えています」

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ただ、こうなると素朴な疑問も出てきます。

「誰かが抜けると生産性は落ちるように見えて上がる」
「周りが成長するので組織全体が強くなる」
「育休を経験した男性は生産性の向上が見られるケースが多い」

これら高橋さんの言葉を聞くと、企業としては男性の育休取得を、むしろ喜んだほうがいいようにも聞こえます。しかし、現実にはどうして「育休」を取りづらい空気や環境、取らせない上司が存在するのでしょうか。

高橋さん「当然、本人にも会社の側にも葛藤があるはずです。育休を取得する人は、少なくともその期間だけ職場を離れるのですから、表面的なスキル向上という意味では成長の機会を失います。そもそも個人の成長で言えば、替えの利かない人材になる、育休が取れない人材になるべきという考え方もあるはずで、その意味で本人が取得を悩む場面もあるはずです。

強制よりも「取りたい人が100&取れる」環境を

高橋さん「一方で男性従業員の育休取得を促す会社の側にも、その余裕があるかないか、といった現実問題が当然あります。人員としてゆとりがある場合は気持ち良く送り出せますが、少人数でやっている会社や、大企業でも少人数の部署における管理職は、育休を取得したいと部下が言ってきても、正直葛藤があると思います。
細かい条件や状況を無視して男性従業員に一律に取れとも本来は言えないはずですし、管理職の側にも絶対に取らせろと求められない難しさがあるはずです。
少なくとも弊社ではこの先、100%の取得率の数字にこだわるのではなく、取りたい人が100%取れる環境づくりを通じて、従業員の幸せや会社の成長を実現していきたいと思っています」

ゼロか100かの極論では世の中は変わらない

育休など難しいテーマを議論すると、どうしても極論から極論へと考えが飛んでしまいがちですよね。世の中を一変させる魔法のようなアイデアを求めたり、100%の育休取得を実現している分かりやすい会社を手放しに褒めたたえたり、逆に「日本はどうせ変わらない、無理でしょ」と絶望してしまったり。

しかし、現実には取る側にも取らせる側にもいろいろなグラデーションがあって、そのグラデーションの中で最適な形をそれぞれが粘り強く探してく以外に、明るい未来は待っていないのかなとも思いました。この記事が、その粘り強い解決策探しの一助になればと願います。

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