「足利学校」ってどんな学校? 日本遺産に登録された学舎の歴史と見どころ

栃木県にある「足利学校」は、歴史の教科書にも登場する有名な場所です。昔の様子を今に伝える貴重な遺産として整備が進み、栃木県の人気観光スポットの一つにもなっています。足利学校の歴史や見どころ、観光情報を紹介します。
<画像・足利学校全景>

足利学校とは

「足利学校(あしかががっこう)」は、栃木県足利市にある史跡です。名前の通り、学問を修める場として古くから使われていました。まずは、足利学校創建から現在までの歴史を振り返ります。

「日本最古」として有名な学校

足利学校は、日本最古の学校として有名です。歴史に名前が登場するのは室町時代中期ですが、実際に建てられたのはもっと前と考えられています。

ただし、創建の経緯(いきさつ)については下記の通り諸説あり、はっきりとは分かっていません。

●奈良時代に、国学(こくがく)を学ぶ施設として設置された
●平安時代前期の漢学者・小野篁(おののたかむら)が創建した
●鎌倉時代に、足利義兼(よしかね)が子弟教育の場として創建した

足利義兼は、平安時代後期から鎌倉時代前期の武将なので、遅くともこの頃には存在したと考えられています。

参考:史跡足利学校 | 足利市 公式ホームページ

関東地方のかつての最高学府

室町時代の中頃、関東管領(かんとうかんれい)の上杉憲実(うえすぎのりざね)が、学問振興のために足利学校を整備します。憲実は、学長として鎌倉から僧を招き、儒教五経(じゅきょうごきょう)のうち四経の注釈書を寄進するなどして、足利学校を発展させました。

憲実の息子や孫も書を寄進して、学校の発展・保護に努めます。関東地方で「最高の学府」となった足利学校には、全国から学生が集まり、なかには沖縄から来た人もいたそうです。

足利学校が栄えた理由は、ほかにもあります。当時は、各国を治める武将たちが、実戦で役に立つ人材を求めていました。足利学校では戦(いくさ)に使える易学・兵学・医学なども教えていたため、卒業生が軍師として召し抱えられることも多かったようです。

足利学校「學校門」(栃木県足利市)。學校門は、足利学校のシンボル的存在。1668(寛文8)年に入徳門、杏壇門とともに創建された。「杏壇」は、孔子が弟子たちを教えた場所に杏の木が植えられていたことが由来。現在の「教壇」に通じている?

フランシスコ・ザビエルが訪れたとも

室町時代の末期には、足利学校は3,000人以上の学生数を記録するまでに発展します。宣教師のフランシスコ・ザビエルが本国(スペイン)へ送った手紙の中で、足利学校を「日本でもっとも大きく、有名な大学」と報告するほどでした。

江戸時代に入って戦がなくなると、足利学校が教える実戦向きの学問は好まれなくなります。幕府が朱子学(しゅしがく)を学問の中心としたこともあり、足利学校は徐々に衰退していきました。

学校としての役割を終えつつある足利学校でしたが、その歴史や存在意義を重視した幕府は保護に努めます。学校が所蔵する貴重な古典を目当てに、全国から儒学者や知識人が訪れるようにもなりました。

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「近世日本の教育遺産群」として日本遺産に

1921(大正10)年、足利学校の敷地と現存する建物が「国の指定史跡」となります。1980年代には史跡保存整備事業が始まり、江戸時代中期の様子が再現されました。

さらに2015(平成27)年4月、国は足利学校跡を「日本遺産」に認定します。日本遺産は、日本が誇る文化財の保護と観光資源としての活用を目指し、文化庁が始めた制度です。

足利市を含む四つの自治体が受け継いできた、教育施設や文書などが「近世日本の教育遺産群」として登録されました。足利市以外の自治体と、中心となる史跡は以下の通りです。

●茨城県水戸市:旧弘道館(藩校)
●岡山県備前市:旧閑谷(しずたに)学校(庶民向け公立学校)
●大分県日田市:咸宜園(かんぎえん)跡(私塾)

咸宜園「秋風庵(しゅうふうあん)」(大分県日田市)。咸宜園は、1805(文化2)年、江戸時代の先哲・廣瀬淡窓(ひろせたんそう)が天領・日田に創立した全寮制の私塾。身分を問わず誰でもいつでも入塾でき、平等に学んだ。1897(明治30)年まで存続している。

足利学校の見どころ

足利学校跡には、さまざまな見どころがあります。儒学体験ができるイベントや、おすすめスポットを紹介します。

当時の学習を垣間(かいま)見ることが可能

江戸時代の様子を再現した建物内には、当時の教室もあります。畳敷きの室内に並ぶ低い机の上に、開いた書物が置かれ、今にも学生が入ってきそうな雰囲気です。

足利学校「宥坐之器」(栃木県足利市)。溜まっている水を柄杓(ひしゃく)ですくい、鎖で二点がつながれた容器にその水を入れていく。ほどよい量を入れると安定するが、他人を思いやることなく私利私欲に走れば必ず転覆する、という戒め。

「宥坐之器(ゆうざのき)」と呼ばれる展示物では、孔子(こうし)の教えの一つ「中庸(ちゅうよう)」を体感できます。中庸とは、何ごともほどほどがよいとする考え方です。宙吊りの器は、空でも水を一杯に入れても傾いてしまいますが、ほどよい量の水を入れると安定する仕掛けになっています。

また「學校門」の近くには、易占いをデザインしたマンホールが設置されています。外周には開運のメッセージが記されているので、探してみるとよいでしょう。

背景に描いた字降松(かなふりまつ)は、当時、読めない字などを紙に書いて枝に結ぶと、ふりがなや注釈が付けられていたという伝説の松。外周の模様は易に使われる「卦」で、水が流れるように物事が良く進むことを表している。

イベントを狙うのも、おすすめ

足利学校跡では、さまざまな体験会やイベントが開催されています。なかでも日曜日に実施している論語(ろんご)の素読(そどく)体験は、観光客が参加しやすい人気のイベントです。足利学校論語素読運営委員会のメンバー指導の下、皆で声を出して論語の一節を読み上げます。

秋に行くなら、「曝書(ばくしょ)」の見学もおすすめです。曝書とは書籍に風を通し、虫食いやカビを防ぐ作業のことです。

部屋中に広げられた書物の中には、国宝や国宝級とされるものもたくさんあります。貴重な書物がずらりと並ぶ様子を目(ま)のあたりにすれば、歴史の重みをひしひしと感じられるでしょう。

足利学校の観光情報

最後に、足利学校跡の観光情報を紹介します。旅行計画を立てるときの参考にしましょう。

アクセス・基本情報

足利学校跡の参観時間は、以下の通りです。

●4~9月:9:00~17:00(受付は~16:30)
●10~3月:9:00~16:30(受付は~16:00)

原則として毎月第3水曜日(祝日・振替休日のときは翌日)と、12月29~31日は休業日なので注意しましょう。

最寄り駅は、JR両毛(りょうもう)線足利駅または東武伊勢崎(いせざき)線足利市駅です。足利駅からは徒歩約10分、足利市駅からは徒歩約15分で到着します。

自動車の場合は、北関東自動車道の足利ICを利用しましょう。なお来場者は、隣接する「太平記館」の無料駐車場を使えます。

参観料は、大人420円・高校生220円で、中学生以下や、障がい者手帳を持っている人・付き添いの人は無料です。

史跡足利学校

日本最古の学校に行ってみよう

足利学校は、いつ、誰が建てたのかも分からないほど、古い歴史を持つ教育機関です。室町時代から江戸時代中期まで、儒学や軍法など、さまざまな知識が身に付けられる学問所として栄えました。

日本最古の学校跡に家族で足を運び、昔の人の学習意欲や熱意に思いを馳せてみると、よい思い出になるでしょう。

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構成・文/HugKum編集部

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