いざ「令和」!知らなきゃマズイ『万葉集』の基礎知識をおすすめマンガで学ぼう!

新元号「令和」の出典としてにわかに注目された『万葉集』。これまでの元号には、中国の古典が用いられており、日本の古典が元号の出典とされたのは初めてのことです。

学校のカリキュラムでは、中学校の「古文」で学ぶこの和歌集は、古典の基本的な文献の一つ。国語の基礎知識として今一度おさらいをしてみましょう。

長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い、神永暁さんに『万葉集』の基礎知識を教えていただきました。「万葉集」関連のおすすめ本も紹介します。

万葉集は、日本の最古の歌集

「令和」の出典の歌の作者、大伴旅人の息子・大伴家持が編さん

新元号「令和」の出典である『万葉集』は、日本の現存最古の歌集です。ただ、その成立の時期はよく分かっていません。年代の明らかなもっとも新しい歌は759年正月の大伴家持(おおとものやかもち)の作ですので、最終的な編さんはそれ以後だと考えられています。家持は、『万葉集』の編さんに大きくかかわっていた人物です。そして、大伴家持は、「令和」の出典となった観梅の宴を催した大伴旅人(おおとものたびと)の息子でもあります。この宴は、旅人が太宰府の長官として赴任していたときに催されたのでした。

実質的に『万葉集』は舒明(じょめい)天皇の時代(629~641)から始まると考えられています。そのときからもっとも新しい歌が作られた759年まで、約130年にもわたって、さまざまな形式の歌が『万葉集』には収められているのです。その数4,500首余り。天皇から庶民まで500名近くの歌人の作品が収録されています。

富山県高岡市駅前にある、大伴家持の像

令和の出典は「梅」に因んだ歌。万葉歌人は「桜」より「梅」が好きだった?

収録期間が約130年間にも及びますので、歌われている内容はさまざまですが、主に以下に分けられます。

「相聞歌(そうもんか)」と呼ばれる恋愛の歌

「挽歌(ばんか)」と呼ばれる死を悼む歌

「雑歌(ぞうか)」と呼ばれる相聞、挽歌以外の歌もあり、風景や花鳥を歌った歌、宴席での歌など多岐にわたっています。

「令和」の出典となった観梅の宴の歌は、宴席の歌でもあり、梅を詠んだ歌でもあります。『万葉集』では、多くの植物が歌われています。各地に「万葉植物園」と名付けられた植物園があるのはそのためです。『万葉集』の歌に詠まれた植物は160種類ほどあると考えられています。

その中で梅は二番目に多く詠まれた植物です。一番は何かというと、秋の七草の一つ萩(はぎ)です。桜も詠まれていますが、梅の三分の一ほどですので、万葉歌人は桜よりも梅の方が好きだったようです。

『万葉集』の代表的な歌人は?

よく『万葉集』を庶民の歌集だという人がいます。確かに「東歌(あずまうた)」と呼ばれる東国地方で庶民の間で歌われた民謡や宴席の歌、大陸に面する北九州地方の防衛に当たった防人(さきもり)の歌なども収録されています。防人の歌には夫を防人に送り出した悲しみを詠んだ妻の歌や、防人となって九州に行く人が家族を思って詠んだ歌などもあります。

でも、代表的な歌人は、天皇・皇后をはじめ皇族や貴族、宮中に仕える大宮人(おおみやびと)なのです。特に、額田王(ぬかたのおおきみ)、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)、高市黒人(たけちのくろひと)、山部赤人(やまべのあかひと)、山上憶良(やまのうえのおくら)、高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)、大伴旅人(おおとものたびと)、大伴家持(おおとものやかもち)といった歌人たちは、現代人でも心を打たれるような名歌を数多く残しています。

さらに、天武天皇の息子でありながら謀反の疑いで自害させられた大津皇子(おおつのみこ)とその姉大伯皇女(おおくのひめみこ)の悲歌、天武の娘但馬皇女(たじまのひめみこ)の異母兄穂積皇子(ほづみのみこ)に対する激しい恋の歌なども収録されています。これらの歌は、その悲劇的な物語を知っていれば、より深い感動をもって味わうことができるでしょう。

ひらがな、カタカナの元になった「万葉仮名」

『万葉集』の歌は、漢字を一つずつ表音文字として用いて、表記されています。これを「万葉仮名」と呼んでいます。固有の文字がなかった日本で生まれた、独特の表記法で、この方法で日本語を表記したのです。遊び心もあったようで、「十六」と書いて「しし」と読ませるなど、判じ物めいたことも行っています。なぜ、「十六」で「しし」なのかわかりますよね。ヒントはかけ算です。

このような表記法が、平安時代以後になるとこの仮名を草体化した平仮名や略体化した片仮名へと変化していくのです。「令和」の典拠となった序文は純粋に漢文ですから、当時の知識人は漢文を書きつつも、こうした日本語の表記方法も模索していたのだと思います。

『万葉集』を知るためのおすすめ本

代表的な万葉歌を知りたければこれ!

「日本の古典をよむ(4) 万葉集」

訳/小島憲之 木下正俊 東野治之

小学館

『万葉集』の代表歌317首を選び、原文の読み下し文による歌の本文と、現代語訳を収録したものです。現代語訳のあとに添えられたかんたんな解説もとてもわかりやすい。

「新版 万葉集 現代語訳付き」 (角川ソフィア文庫) (1)~(4)

翻訳/伊藤博

角川学芸出版

万葉歌を全部収録!
全20巻、4500首を歌群ごとに分けて現代語訳を付したものです。(1)には『万葉集』の巻一から、「令和」の出典になった観梅の宴の歌が収められた巻五までを収録しています。

「天上の虹」 全11巻 

講談社漫画文庫          里中満智子 (著)

「百人一首」でもおなじみ。万葉歌人でもある、持統天皇の生涯を描いた歴史大河マンガ

持統(じとう)天皇(645~702)の生涯を描いた、大河歴史漫画です。持統天皇は天智(てんじ)天皇の第二皇女で、天武(てんむ)天皇の皇后だった女帝です。持統天皇の生きた時代は、『万葉集』では同時代の柿本人麻呂や、多くの皇子、皇女の歌が収録されています。特に、皇族の中には悲劇的な最期を迎えた人たちも大勢います。作者の創作もありますが、『万葉集』に収録されている、この漫画の登場人物の歌と合わせて読むと、さらにこの時代への興味がわくのではないでしょうか。


教えてくれたのは

神永 暁|辞書編集者、エッセイスト

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

編集部おすすめ

関連記事