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障がい者の方向けにマンツーマンで水泳指導「水の中では、みんな自由」
スポ―ツ庁の調査※によると、障がいをもつ子どもの約半数は、1年を通じてスポーツをしておらず、その理由は、指導者がいない、周囲の目が気になる、迷惑をかけるのが心配、などがあげられるそうです。
大阪に拠点を持つ「プール・ボランティア」は、障がいのある子どもたちに水泳指導を行っているNPO。通っている子どもたちは、プールの時間を通じて笑顔がどんどん増えていくのだそうです。今回は、理事長の岡崎寛さんと事務局長の織田智子さんにお話しを聞きました!
※令和4年度 障害児・者のスポーツライフに関する調査研究
―プール・ボランティアさんの活動を教えてください
織田さん:私たちプール・ボランティアは、障がい児や障がい者の方に、マンツーマンで水泳指導をしているNPOです。ダウン症の子、脳性麻痺の子、生まれつき手、足のない子、自閉症の子など、あらゆるお子さんが来てくれています。我々はどんな障がいを持っていてもオールウェルカム! 年間で延べ5,000人の子に指導しています。
水泳は障がい児のスポーツに適しています。陸上では全く歩くことのできないお子さんも、水中では自由に動くことができますし、指導側のボランティアさんも、浮力を使って子どもをラクに支えられる利点があるのです。
―どんな練習をしているのですか?
織田さん:障がいやその子の目標に合わせて、1人ひとり違ったメニューで練習しています。自閉症の子など、当日に気分が優れないという子もいますので、ボランティアさんが状況に合わせてメニューを考えてくれます。水泳大会を目指して、4泳法全て練習しているお子さんもいますよ!
車椅子の方への配慮を「特別扱い」と怒られて
―お2人はなぜこの活動を始めたのですか?
岡崎さん:私達は、もともと同じ市営プールで働いていた同僚でした。僕は競泳の選手、織田は飛び込みの選手だったので、自分たちの特技を生かして、何か社会貢献ができないかとは話していましたね。
当時、働いていたプールに、毎日通ってくる車椅子のおっちゃんがいたんです。毎回大きな浮き輪を膨らまして、終わったらへこまして、ということを繰り返していて。そこでおっちゃんに、「毎回そんな大きな浮き輪を持ってこなくても、こっちで預かっておくよ」と伝えたんです。するとプールの館長が「市民は平等に扱わなあかん。1人を特別扱いするな!」と怒るわけです。
僕自身、サービス精神が旺盛なので、障がい者の方が来るたびにサービスをしては、怒られて。そのときの館長は「平等」の意味がわかっていなかったんですね。
織田さん:25年前は障がい者に対して、いないものとして社会が回っているような感覚がありました。みんなが楽しくプールに入れるようになって欲しいと思っていた矢先、1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が制定され、「これだ!」と。会社を辞めて、プール・ボランティアを立ち上げました。私たちは日本で最も古いNPOのひとつだと思います。
「プールの中では身体のハンディは関係ない」身体1つでできるスポーツが水泳
―教室に通っているお子さんはどんな風に変わってきますか?
「僕は義足だけど何でもできる!」
岡崎さん:去年から参加している子で、膝から下のない男の子がいます。これまで、自分が義足であることを明かさずにダンス教室に通っていたそうですが、だんだん難しいステップが出てきて辞めてしまったんですね。
そこで、用具を使わない身体ひとつでできるスポーツとして、ここに来てくれました。最初は心を開いてくれなかったんですが、徐々に楽しんでくれるようになってきて、今ではバタフライまで泳いでいます。学校では「僕は義足だけど、何でもできます!」と発表したと聞きました。頼もしいですよね。こういった例はいくつもあります。
彼女にとってプールは生きるためのもの
織田さん:1歳半の頃にお風呂で溺れ、活発な寝たきり状態になってしまった女の子は、ここに通いはじめて20年になります。通い始めの頃は自分の唾でも誤嚥してしまっていましたが、20年積み重ねてきた結果、誤嚥が減り発熱する機会も減ってきました。彼女は水の中でもとても活発! 麻痺があっても、プールの中ではハンディにならないんですね。医師からは、プールに入ることにより側弯症の進行が軽減されていると褒めてもらっているそうです。
逆に、コロナの流行でプールが閉鎖されているときは全身の筋力が弱り、食事がうまく飲み込めずに5kgも痩せてしまいました。週に1度のプールが彼女の健康を支えていたことを実感しました。
高校生から85歳まで幅広い年齢層のボランティアさんが活躍中! ひとりひとりに合った指導を
―ボランティアさんは、どんな方がいらっしゃるのでしょうか。
岡崎さん:下は高校生から、上は85歳までの方が来てくれています。最近では企業ボランティアさんも増えてきて、仕事を終えた後に来てくれています。出張や旅行で大阪に来たついでに、夕方ボランティアをして、帰って行く方もいます。皆さんが楽しく指導をしてくれるため、子どもたちは泳ぎだけでなく様々な人とのコミュニケーションも学ぶことができています。
ただ、泳げるボランティアは常に不足しています。マンツーマンで指導しているため、月に延べ250名の子を指導するためには、ボランティアさんも250名必要。今は待機してもらっているお子さんもいますので、興味のある方は是非ご参加いただきたいと思います。
配慮が必要な人が見てわかるように「ヘルプマーク・スイムキャップ」を開発
―プール・ボランティアさんでは「ヘルプマーク・スイムキャップ」を無償配布されていますが、どんなきっかけで作られたのですか?
織田さん:障がい児、とくに発達障がいのお子さんを連れてプールに行くと、しつけの悪い子だと周りから見られて、お母さんがつらくなることがあります。楽しむためにプールに行ったのに、子どもを叱らなくてはならず、子どももストレスが溜まり、親子共にもうプールに行きたくない…という悪循環になることも。
また、耳の聞こえない人はプールから上がる指示があっても分からず、周囲の人も見た目では気づけない。そんなきっかけから、みんなで配慮できる方法はないかと考え、ヘルプマークがついた水泳キャップを思いつきました。
岡崎さん:ヘルプマークは、外見からは分からなくても援助や配慮を必要としている方々が分かるようにと作られたもので、東京都が推進しています。断られることを覚悟で東京都に直談判したところ、OKのお返事をいただいて。現在は、必要としている方に無償で配布しています。
このキャップは、手の不自由な方や、知的障がいのお子さんにもかぶりやすいよう、締め付け感が柔らかい素材を使っています。
ヘルプマーク・スイムキャップの申込みはこちらから≫
お江戸進出が目標! 活動範囲を広げてもっと多くの子の支えになるように
―素晴らしい活動ばかりですね! 2021年には保健文化賞を受賞されるなど、数々の賞を受賞されていますが、今後の目標を教えてください。
岡崎さん:お江戸進出です!(笑)活動をしていると、関東でも教室を開いて欲しいという声を本当にたくさんいただきます。大阪で後任を育てることや、資金の問題など…課題はたくさんありますが、東京で教室を開くことは目標です。
織田さん:そうですね。現在、大阪を中心に、和歌山、新潟、北海道の帯広で展開をしており、来年には京都が誕生します。東京、神奈川からのオファーはすごく多いので、期待に応えられたらと思っています。
これまで、自分が選手だったときを含めて長い間水泳をやってきましたが、障がい児たちと泳いでいる今が一番楽しいと感じています。喜ぶ子どもたちや、親御さんたちとお話できるのも本当に幸せな時間ですので、これからも活動を続けていきたいです。
障がいのある子ども達がスポーツを楽しめる世の中に
今回はNPO法人プール・ボランティアの活動をご紹介しました。プール・ボランティアさんの活動が全国に広がり、障がいのある子どもたちがスポーツを楽しむきっかけが増えたらと思います。
活動に共感された方は、ボランティアとしてのご参加や、寄付という形で支援することもできます。是非、プール・ボランティアさんのWEBサイトをのぞいてみてください!
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hugkum@shogakukan.co.jp
お話を聞いたのは…
構成/HugKum編集部 取材・文/寒河江尚子