タイのペートンタン首相が職務停止に! カンボジアとの電話会談の音声が流出し、失った国民の信頼【親子で語る国際問題】

今知っておくべき国際問題を国際政治先生が分かりやすく解説してくれる「親子で語る国際問題」。今回は、タイの首相の職務停止について解説します。

タイのペートンタン首相が職務停止に

2025年7月、タイの憲法裁判所は、ペートンタン・シナワット首相の職務を一時停止する命令を下しました。この決定は、カンボジアとの国境紛争を巡るペートンタン首相の対応が憲法の倫理規定に違反したとして、上院議員らが解職を求めた訴えを受けてのものです。

タイ史上、最年少の首相として注目を集めたペートンタン氏ですが、就任からわずか1年足らずで大きな危機に直面しています。

国境紛争があったカンボジアとの電話会談の音声が流出

ペートンタン首相の職務停止の引き金となったのは、2025年5月にタイとカンボジアの国境未画定地域で発生した軍事衝突です。この衝突でカンボジア兵1人が死亡し、両国間の緊張が高まりました。

6月15日、ペートンタン氏はカンボジアのフン・セン上院議長(前首相)と電話会談を行い、緊張緩和を図りました。しかし、この会談の音声が流出。

ペートンタン氏がタイ軍幹部を批判したことや、フン・セン氏を「おじさん」と呼ぶなど親密な態度を見せたことが明らかになりました。この発言は、タイ国内で「国の主権を損なう」「軍の権威を貶めた」として大きな批判を浴びました。

上院議員の一部は、ペートンタン氏の発言が憲法の倫理規定に違反すると主張し、6月20日に憲法裁判所に解職を求める請願を提出。裁判所は7月1日、この訴えを受理し、審理期間中の職務停止を決定しました。

職務停止中はスリヤ副首相兼運輸相が首相代行を務め、憲法裁判所は8月中にも最終的な解職の判断を下す見通しです。

連立政権が不安定化し、政権崩壊の危機に

ペートンタン氏への批判は、音声流出をきっかけに急速に高まりました。6月28日にはバンコクで約1万7,000人が参加する大規模なデモが行われ、保守派を中心に「首相は国家の敵だ」との声が上がりました。

さらに、連立政権の第2党である「タイの誇り党」が6月19日に連立から離脱し、他の3党も離脱を検討中です。この動きにより、ペートンタン氏の与党である「タイ貢献党」は議会の過半数を維持するのが難しくなり、政権は崩壊の危機に瀕しています。

ペートンタン氏は謝罪し、電話会談は「国のための交渉術だった」と釈明しましたが、国民の怒りは収まっていません。経済再建の遅れや高水準の家計債務、輸出低迷なども支持率低下の要因となっています。

タイ政治の今後のシナリオ

タイの政治は、2006年の軍事クーデター以来、タクシン・シナワット元首相を巡る「タクシン派」と「反タクシン派(軍・王室・保守派)」の対立が続いていました。

ペートンタン氏はタクシン氏の次女であり、「タイ貢献党」の党首としてその影響力を背景に首相に就任しました。しかし、今回の職務停止は、保守派によるタクシン派への牽制が背景にあると見られています。

今後のシナリオとしては、以下の3つが考えられます

1.解職と新首相選出
憲法裁判所がペートンタン氏の解職を決定した場合、議会で新たな首相が選出されます。反タクシン派のプラユット元首相(軍出身)の復帰が取り沙汰されており、「親軍政権」の再興が懸念されます。

2.議会解散と総選挙
ペートンタン氏が解職前に議会を解散し、総選挙に持ち込む可能性もあります。ただし、現在の選挙制度ではタクシン派の圧勝は難しく、政権基盤の強化は不透明です。

3.連立政権の維持
ペートンタン氏が弁明で支持を取り戻し、連立政権を再構築できれば、政権は存続する可能性があります。しかし、保守派や軍の圧力は続き、政権運営は厳しい状況が予想されます。

不透明なタイの未来

ペートンタン首相の職務停止は、タイの政治的混乱をさらに深める要因となっています。憲法裁判所の最終判断、議会の動向、国民の反応次第で、タイは親軍政権の復活か、さらなる政治的不安定かを選択することになります。

タクシン派と保守派の対立が続く中、経済再建や国際関係の安定化は後回しになる可能性が高く、タイの未来は不透明です。日本を含む国際社会は、タイの動向を注視する必要があるでしょう。

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記事執筆/国際政治先生

国際政治学者として米中対立やグローバスサウスの研究に取り組む。大学で教鞭に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。

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