日本の保育実践を研究する東洋大学ライフデザイン学部准教授の高山静子先生が案内する、豊かな保育環境の世界。
「乳幼児期の子どもは、環境に働きかけ、遊びという形で、何ども同じ行為を繰り返すことによって、環境の性質を理解し、環境に合わせて能力を獲得します。そのため、幼稚園・保育園・認定子ども園では、子どもたちが自発的に環境とかかわりをもち、豊かな学びを得ることができるように環境を構成します」(高山静子先生)
子供たちの学びを支える環境づくりに取り組む、先進的な保育園、幼稚園、こども園をご紹介します!
目次
新しい時代の新しい能力を育てる幼児教育
あんず幼稚園(埼玉・入間市)
今、教育の世界では新しい能力観に注目が集まっています。そのひとつに「キー・コンピテンシー」という概念があります。これはOECD(経済協力開発機構)により開発された指標で、どんな仕事に就いても、地域でも家庭でも能力を発揮して幸せに生き、社会にも貢献する人が持つ能力で、次の3つにまとめられました。
教育の新しい能力観「キー・コンピテンシー」とは
1 自律的に行動する。
2 異質な立場の人と協同的にかかわる。
3 言葉や技術などを状況に応じて使う。
日本の教育は、今このような新しい能力を育む方向へと変わろうとしています。幼児教育において育みたい資質・能力は「知識・技能の基礎」「思考力・判断力・表現力の基礎」「学びに向かう力・人間性等」とまとめられました。
あんず幼稚園は、このような新しい能力を着実に育む環境を準備しています。例えば、保育室や園庭の空間は、開放的で、子どもが遊ぶ場も、遊ぶ内容も自分で決めることができます。遊びの素材は、紙やダンボールや木切れなど、子どもが創造的に考えて遊びに必要なものを作ることができる素材を準備しています。クラスの集団はゆるやかであり、遊びの時間はクラスを超えて遊びます。保育者は、子どもたちが主体的に豊かな活動を展開できるように、テープの使い方、くぎの打ち方など、必要な知識や技術を、一斉活動の中で計画的に子どもに伝えています。
確かな幼児教育を支える自由と秩序のバランスがとれた時間と空間と人の環境が、ここにはありました。
子供が「やりたい」を実現できる場、空間、モノ、時間
活用性の高い空間
回廊デッキは子どもの発想でさまざまな遊びの場に変わります。用途が決められていない空間では、オープンエンド(終わりが決まっていない)の活動が展開できます。
汎用性の高い素材
牛乳パック、空き容器、空き箱、新聞紙、布の切れ端、小さな紙、トイレットペーパー芯などの廃材を常時ストック。子どもが「やりたい」と思ったとき、すぐ製作に取りかかれる環境を整えています。
子供が「作りたい」と思ったときが作りどき。素材棚から好きな素材を取り出し、製作に取り組みます。
ダンボール箱を利用して保育者が作った素材棚。新聞紙や空き箱、紙切れなど、子どもがいつでも好きに使える素材がストックされています。
いすにも机にも台にもなる汎用性の高いオリジナルの家具。
製作の時間には、机にもなります。子どもの背丈にぴったり。
イスをずらっと並べれば、すぐに電車ごっこが始まります。
子供が自分で選択し、主体的に動く環境
自分で空間を変えられる
保育室内の棚やいすなどの家具やマットレスなど、子どもたちは、自分で運び込んだり、動かしたりして遊びに必要な空間をつくることができます。子どもたちの選択で、空間までも変えることのできる自在な環境。
ジェットコースターを作る子どもたち(後ろ)とそのコースを作ってすべる子どもたち(前)。
子供が自分で選択できる“仕掛け”
子どもたちが自分の意思で選べる、決められるような仕掛けが随所に見られます。保育者は子どもの気持ちに寄り添い、見守りながら必要なときにサポートしています。
自分たちの遊びの環境を自分たちの手で作る年長さん。保育者の見守る中、トンカチも使います。
年少さんだけの専用園庭では、裸足でも靴を履いてもOK。子どもが好きなほうを自分で選ぶことができます。
畑は園庭のすぐ脇にあるので、自分の決めたタイミングで植物の世話をすることができます。
子どもたちが自由に行き来できる3つの園庭には、それぞれに専任の保育者を配置。人的環境が整っているから、子どもの意思を発揮させることができるのです。
年長さんの活動に取り入れた「協同学習」
みんなで考えながら作ったり、遊んだり
ダンボールを使った大きな製作物や遊びに必要なものを、みんなで考えながら作る環境が整っています。保育者は、子どもたちの話し合いを見守り、適宜サポートします。
「ジェットコースターであそびたい」という、ある子供の提案に乗った子どもたちが、話し合いながらコースター作りに挑戦。
大きなダンボールを使って、みんなで作ったお化け屋敷。天井に黒いビニールを張るなど、暗くするための工夫が見られます。
協同学習の仕組みを取り入れ言葉を育む
おもちゃ作りを習った子どもが、ほかの子どもに「作り方を伝える」という協同学習の仕組みを取り入れ、子どもが必然的に言葉で説明する機会をつくっています。
6名のグループに分かれて、それぞれグループごとに「伝え合い」が行われます。保育者は子どもたちの様子(理解度や表現力など)を記録。
活動のきっかけは「おもちゃづくりめいじん」の掲示。こま、えんばん、ぱっちんの作り方を、おもちゃ作り名人(変装した保育者)が教えてくれるという内容です。
おもちゃ作りを習ってきたら、グループに戻って「伝え合い」の時間。実際にやって見せたり、言葉で表現したりしながら、ほかの子どもにおもちゃの作り方を教えます。
担当したおもちゃの作り方を教え合う手法です
6名からなる生活グループの中から、2名ずつがそれぞれ、こま、えんばん、ぱっちんのおもちゃ作り講習会に参加します。子どもたちは、3つのおもちゃすべてを作りたいと思いますが、講習会は、同日同時間に開催されるため、どれかひとつにしか参加することができません。そこで、習ったことをグループに持ち帰り、それぞれが教わったことを「伝え合う」ことができれば、グループの全員が、こま、えんばん、ぱっちんの作り方を学べるという仕組み。中学や高校で行われている「協同学習」の手法のひとつです。幼児期では「先生役」をすることの誇りや、言葉で伝える難しさも体験できます。
より詳しい内容が知りたければ、こちらの書籍で!
『幼稚園・保育園・認定こども園の環境構成 学びを支える保育環境づくり』
高山静子(たかやましずこ)
東洋大学 ライフデザイン学部 准教授
保育と子育て支援の現場を経験し、平成20年より保育者の養成と研究に専念。平成25年4月より現職。九州大学大学院人間環境学府単位取得満期退学。教育学(博士)。研究テーマは、保育者の専門性とその獲得過程。著書に『環境構成の理論と実践』(エイデル研究所)『子育て支援ひだまり通信』(チャイルド社)他。
撮影/藤田修平 構成/神崎典子