子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。
たんぽぽのうた1 ドラえもんのいないのび太と思うとき
ドラえもんのいないのび太と思うとき贈りたし君に夢の木の実を
「なりたいと」と思う力がなくては、「なれるように、がんばろう」と思う力も生まれない
息子は、私に似て人一倍不器用なので、「スモックのボタンをはめられるようになる」というのに、ものすごく時間がかかった。そこから、園での一日がはじまるというのに。
「ドラえもんがいたらなあ」と、思うことも多いらしい。「いくらドラえもんだって、ボタンはめるのは手伝ってくれないんじゃない? それぐらいは、自分でやろうよ」と言うと、妙に納得した顔をしていたが。
たぶん、これからは、もっともっとドラえもんに助けてもらいたいような場面が、あるだろう。でも、ドラえもんは、来ないのだ。そんなとき、何が一番の支えになってくれるだろうか。いろんな答えが考えられるが、ひとつは「夢みる力」ではないかと思う。
夢といっても、大きさはさまざま。「上手にボタンをはめられるようになりたい」ということだって、子どもにとっては立派な夢だろう。「なりたい」と思う力がなくては、「なれるように、がんばろう」と思う力も生まれない。少々うまくいかなくても、「なりたい」と思いつづける力、それが夢みる力だ。
たんぽぽのうた2 外遊び終えたズボンを洗うとき
外遊び終えたズボンを洗うとき立ちのぼりくる落葉の匂い
なんでこんなものを、後生大事に持ち帰ってくるのかと思うのが「男の子のポケット」
息子のズボンを洗うとき、まずしなくてはならないのが、ポケットの点検だ。うっかりして、石ころや葉っぱや虫を、洗濯(?)してしまったことが何度もある。男の子のポケットというのは、ほんとうにおもしろい。なんでこんなものを、後生大事に持ち帰ってくるのか……という類いのものが、必ずといっていいほど入っている。
「おかあさんに、おみやげ!『ごつば』だよ」と、よれよれになった(どう見ても三つ葉の)クローバーを取りだしてくれたりすると、ちょっと嬉しいけれど、おみやげは時に得たいのしれないプラスチックの破片だったり、グチャグチャになったふりかけの袋だったり、蝶の羽らしきものだったり。
汚いものや危ないものに、思わず顔をしかめることもあるけれど、誇らしげに出されると、受け取らざるをえない。
俵万智『子育て歌集 たんぽぽの日々』より構成
短歌・文/俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集は『未来のサイズ』(角川書店)。https://twitter.com/tawara_machi
写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。1977年生まれ。 長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。最新刊『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)が発売中。
タイトルイラスト/本田亮