現役東大生でナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さんによる連載「松丸くんの教育ナゾトキ対談」。松丸くんが、日本の子どもたちに「考えることは楽しい」と伝えるミッションのもと、日本の教育界でご活躍中の豪華ゲストの方々と、教育対談を繰り広げてくれます。
第4回のゲストは、子ども向けのワークショップを数多く提供するNPO法人CANVAS代表の石戸奈々子さん。石戸さんは文部科学省「小学校プログラミング教育の手引き」作成にも関わった、プログラミング教育の第一人者です。テクノロジーのおかげで学びの可能性が広がる時代について語り合う、中編です。
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今ない世界を作る場所にワクワクして
石戸さんが教育やテクノロジーに興味を持ったきっかけを教えてください。
石戸 子どものころは宇宙に憧れていたんです。兄が科学館が大好きだったんですが、それに着いていくうちに、私はプラネタリウムにはまって。それで、航空宇宙学科がある大学に行きたいと思って、東大を選びました。でも、東大の授業で見たビデオで、MITメディアラボ(米国マサチューセッツ工科大学にある、世界最先端の研究所)の存在を知った瞬間、私が行くのは宇宙じゃない、メディアラボだと思いました。
松丸 子どもの頃から宇宙が夢だったのに(笑)!
石戸 後から考えると根本は同じなんです。「未知の世界への探究心」。宇宙は今ある世界になにかを探しに行くことになるけど、MITメディアラボはデジタルの未来社会をリードしていて、今ない世界を作っていく場所だったんです。同じ未知の世界でも、既にある世界を探求するより、ない世界を作ることにわくわくしたんですよ。それで、客員研究員としてMITに行きました。
松丸 MITの学びの環境や経験が今の活動に繋がっているんですね。
石戸 そうですね。世界中からありとあらゆる分野の第一人者が集まっていて、生徒も含めてとにかく多様な人がいるんですけど、先生も生徒もスポンサーもフラットに議論し合えるところでした。MITでは考えるだけではなく、形にする、アクションをすることを求められるので、施設にはなにか思いついたらすぐに作れるような道具があります。新しい非常識なことにチャレンジをすることが賞賛される文化でしたね。学びのおもちゃ箱みたいなところで、こういう場所で子どもも大人を学べたらいいのにと思いました。
松丸 僕も留学してみたいなと考えているので、想像するだけで刺激的です。
学びたい気持ちがあれば学ぶ手段がたくさんある時代
石戸 MITには、新しいテクノロジーの恩恵を最も受けるのは、子どもと発展途上国だっていう思想があったんですよね。今、世界中の子どもたちが使っているスクラッチというプログラミング言語もメディアラボが生み出したものだし、私がいたところは、OLPC(One Laptop Per Child)と言って、一人一台100ドルのパソコンを配るプロジェクトが行われていました。それは1台100ドルのパソコンを作るという技術チャレンジであり、学校や教科書がない、教師がいないような地域で、ネットワークに繋がったパソコンを子どもたちに配ることが学びへの最大の近道なんだという教育改革のチャレンジでもあります。
学びの空間としてのメディアラボの魅力とメディアラボの学びに対する考え方の両方に感銘を受けて、日本でCANVASを始めました。
松丸 海外の学習は、型にはまってないなと感じることが多いですね。日本の場合、授業のなかで何をしなきゃいけないと事細かに決まっているので、どうしても形を変えられない部分が出てきて、東大でも最適な授業ができていないと感じることが多いんです。
いちばんもったいないのは、それで情熱を失ってしまう人がいること。これを学びたいと思って授業を受けているのに、これしか提供してくれないんだってわかった時に心が離れしまう。例えば、デザインを勉強したくて授業を取っても、ほかの生徒のパソコンのレベルやデザインの知識に差があるから、全員が満足する水準では教えられないでしょう。
石戸 そうですね。
松丸 もちろん、自分で勉強することはできるんですけど、そもそも先生と一対一で相談できる機会も少ないので、大学で授業を受ける意味ってなんだろうと疑問が湧きますよね。
石戸 以前、ビル・ゲイツさんが「いずれ、世界最高の学びは大学ではなく、ネットで得られるようになるだろう」と言っていたのが心に残っています。現に、そうなりつつありますよね。東大もMITもスタンフォードもハーバードもオンラインで授業を公開していて、大学に入らなくても学びたいことを学べるわけです。昔はお金を持ってないと読みたい本も読めなかったし、大学にも入れなくて、その先生の講義にも辿り着けなかった。でも今は学びたいという気持ちがあればいろいろな手段がありますよね。すごく良い時代になりました。
松丸 僕もそう思います。
デジタル化で学校と教師の役割も変わる
石戸 今は、学びの場のあり方をゼロから考えなおすタイミングなんじゃないかと思いますね。例えば、150年前の外科医を今の手術室につれてきても全く役に立ちません。そのぐらい医学は大きく進歩しました。でも、学びの場としての教室はどうでしょう? 江戸から明治になった150年前に、欧米から一斉授業の方法が入ってきて、寺子屋から一気に切り替わったけど、それから今に至るまでずっと、教室は「先生が知識を伝達する場」です。これだけ社会が大きく変化するなかで、一度、日本の教育を考え直すべきではないでしょうか?
松丸 大学のテストも、授業のノートを復習して臨む人もいますけど、ユーチューブで関連する動画を見て勉強している人もいます。そう考えると、学校では最後の関門としてテストが用意されているけれど、学び方には選択肢があって、なにを選んでどう学んでもいいというやり方のほうが、生徒は自分に合ったものを選べるし、先生との相性も気にならないから、今の一斉授業よりもいい学びになりそうです。
石戸 そうなると教室も先生もいらない、という話ではなくて、役割が変わるんです。今回の新型コロナウイルスの影響で、海外ではオンライン授業に切り替わったところもたくさんありますが、やっぱり、それだけでは物足りない。同じ世代の子どもたちが教室に集って、オンラインで学んだことについて議論をしたり、理解を深めるためのアクションをすれば、学びを定着させることにつながるし、そこに集う価値があると思うんです。そのなかで、先生の役割としては、ただ教えるティーチングよりも、集団での活動を支援するファシリテーションになっていく。それが、これからの学校の姿だと思いますね。
松丸 発展途上国で学校の授業を受けられない子どもでもネットワークさえあればユーチューブで勉強できる時代は、企業も個人も勝負する土俵が平等になっていきますよね。ネットワークでつながっているから、アイデアひとつで世界に飛び出すことも夢じゃないし、遠くの誰かと一緒にモノづくりをすることもできる。石戸さんの著書のなかに「一億総クリエイター時代」という言葉がありましたが、これからの教育として、創造力とコミュニケーション力の育成が大切だという理由がわかりました。
石戸 今は第四次産業革命と言われる変化の激しい時代なので、最近は保護者から「これからどんな職業が生まれるですか?」「どんな職業が残るんですか?」とよく聞かれるんですけど、私にもわかりません(笑)。ただ、200年前の産業革命の時にも「機械に仕事が奪われる」という同じ議論が起きているんです。確かに、そのときにあったいろいろな仕事がなくなりましたが、新しい仕事もたくさん生まれました。今のほうが圧倒的に便利で豊かになっています。近い将来、今ある仕事の50%、60%がなくなるなら、それを埋める仕事を作るのが今の子どもたちの役目です。だからこそ、自分で考えたり、仲間と共創するなかで新しい価値を作っていく力が大事だと伝えたいですね。
プロフィール
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。著書に「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」「子どもの創造力スイッチ!」「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。
これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。
デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。
プロフィール
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
取材・文/川内イオ
▶︎前編はこちら「パソコンは鉛筆と同じ!デジタル教育の3つのメリット」
▶︎後編はこちら「プログラミングとナゾトキは似ている! 学ぶことを楽しく」
▼第1回 高濱正伸先生(花まる学習会)との対談はこちら
▼第2回 宝槻泰伸先生(探究学舎)との対談はこちら
▼第3回 藤本徹先生(東大 ゲーミフィケーション研究者)との対談はこちら