今月のキーワード : インクルーシブ
「多様性を認め合い」「社会をやさしくする」を実践している保育園が注目を集めています
SDGs を理解するためのキーワードのひとつに「インクルーシブ」があります。日本語では「すべてを含んでいる」という意味で、「誰一人取り残さない」というSDGsの原則を表現しています。では、具体的に「インクルーシブ」とはどのようなことなのでしょうか?
インクルーシブ保育の実践園として各方面から注目を集めている「カミヤト凸凹保育園/カミヤト凸凹文化教室」の馬場拓也さんにお話を伺いました。
──まず、インクルーシブとは、どのようなことですか?
馬場拓也さん(以下、馬場)私たちの園名は「凸凹」です。これは、誰もが凸と凹を持っていて、一人ひとりの凸に注目して、凹はみんなで埋め合うという理念が基になっています。凹だけを取り出し、障がいというラベリングをして線引きをして、こちらとあちらに分けることはしません。凹は特別なことではなく、いろんな凹のグラデーションの中にみんながいて、その多様性を認め合うことだと思っています。
──どのような取り組みでインクルーシブ保育を実践しているのでしょうか?
馬場 ここには、障がいのあるなしにかかわらず、0歳から18歳までの子どもたちが通っています。保育園に0 歳から年長までが90名、文化教室(障害児通所支援事業・未就学児の児童発達支援と就学児の放課後等デイサービス)に10名。制度的には分かれていますが、園内を自由に行き来できるように空間を設計しています。そもそも、インクルーシブという言葉を意識して構築したわけではなく、結果として「これはインクルーシブ教育だね」と、教育学が専門の先生に言っていただき、ああそうなのかと。常にプロセスの渦中にいて、職員も私も実践の中で思考し続け、できないと決めつけたり、諦めたりしないことが大事だと思っています。
年齢、性別、障がいの有無に関係なく行き来できる空間設計
カミヤト凸凹保育園・文化教室は、平屋で中庭を囲むように回廊が配置されています。これは、お寺の伽藍配置からヒントを得たそうです。自然と横のつながりができる回廊を、子どもたちが元気に走り回っています。
認可保育園内に児童発達支援と放課後等デイサービスを併設
凸凹文化教室は、0~18歳の子どもが通う支援施設。他の園児と一緒になって自由に活動している様子からは、障がいの有無などわかりません。卒園してからも、関係性を継続できる好事例。
──回廊を走り回って遊ぶ子どもたちを見ていると、障がいのあるなしは、言われないと気がつきません。文化教室を併設したのは、どんな理由からなのでしょうか?
馬場 年齢の違う子、肌の色の違う子、自閉症の子など、何らかの〝異なり〟が隣にある、ごちゃ混ぜの生活環境が自然なはずなのに、管理がしやすいなどの大人の都合から、あらゆるシーンで分断されてしまっています。現実問題として、保育園と障害児通所支援事業は、行政の管轄が違うため書類の申請などは面倒ばかり。けれども、そこで諦めずに好事例となることで、「どこでもできる」ことを提示し、社会を良くしたいという思いがあります。
──実際、子どもたちはどんな様子ですか?
馬場 違いを気にして線引きをするのは、大人です。子どもたちは、そのような色眼鏡で相手を見ません。以前、指の不自由な職員がいました。保育士は子どもたちに絵本を使ってそのことを伝えたのですが、みんなちゃんとわかっていました。自閉症の子に対しても、職員の接し方をよく見ていて、それを真似て自然に手を差し伸べています。お互いに成長しているんですね。
──暮らしの中で子どもと一緒にインクルーシブを実践できるヒントがあれば教えてください。
馬場 例えば、街中で足の不自由な人がいたとします。子どもが「なんで歩き方が変なの?」と問いかけてきたら、そこに蓋をしたりごまかしたりせず、子どもの声に耳を傾け会話をしてみてください。「病気で足がなくなったのかも。どう感じた?」など、丁寧に子どもの気持ちを聞くことが大切。そんなリアルな体験の積み重ねから、「みんな違って認め合う」という意識が芽生えるのだと思います。
地域の人たちとも交流できる保育の在り方
高齢化が進む地域をあえて選び、開園。園内の様子が見えるように壁の隙間を開けてベンチを設置したり、散歩に出かけて地域の人たちと交流したり。「地域にこの園をどう寄与できるか」という思いが基になっています。
保育園の母体である社会福祉法人愛川舜寿会は、特別養護老人ホームやデイサービス、生活困窮者相談支援事業などの拠点となるミノワホームを運営しています。馬場さんは、ミノワホームの運営を任されたとき、分断の象徴となっているように感じた壁を取り崩し、地域との隔たりをなくしました。
親子で体験! インクルーシブの概念をやさしく伝える絵本
「インクルーシブってどういうこと?」そんな疑問を、子どもと一緒に絵本で学びましょう。カミヤト凸凹保育園の保育士さんオススメの絵本を紹介します。
「どうして○○ちゃんはしゃべらないの?」など、子どもから疑問が出たときが学びのタイミング。「みんな違う」ことが当たり前であることを自然に理解できる絵本を読み聞かせして、子どもが抱いた気持ちをくみ取ります。
『さっちゃんのまほうのて』
共同制作/たばたせいいち・先天性四肢障害児父母の会・のべあきこ・しざわさよこ偕成社1320円(税
込)
片手に先天性四肢障害を持った女の子が主人公。友だちとの違いにふさぎ込んでしまうけれど、周りの愛情や新しい命との触れ合いによって元気を取り戻す物語。
『まっくろネリノ』
作/ヘルガ・ガルラー 訳/やがわすみこ偕成社1100円(税込)
真っ黒な色をした鳥のネリノ。色のきれいな兄さんたちは、ネリノが黒いという理由で遊んでくれません。ところが、兄さん鳥たちが捕まってしまい…。ネリノの救出劇が始まります。
『スイミー ちいさなかしこいさかなのはなし』
作/レオ・レオニ 訳/谷川俊太郎好学社1602円(税込)
小さな黒い魚のスイミーが海を一人で泳いでいると、いろんな魚に出会います。スイミーは仲間の赤い魚を集めて、ある方法で大きなマグロを追い払う作戦を思いつきました。
記事監修
社会福祉法人愛川舜寿会・カミヤト凸凹保育園・カミヤト凸凹文化教室の常務理事
馬場 拓也
1976年神奈川県生まれ。大学卒業後、有名ファッションブランドのトップセールスマンとして活躍後、2010年に2代目経営者として福祉事業に携わる。19年、厚木市認可保育園「カミヤト凸凹保育園」を、翌年同園内に障害児通所支援事業所「カミヤト凸凹文化教室」を開園。共著に『わたしの身体はままならない』(河出書房新社)、『壁を壊すケア~気にかけあう街をつくる』(岩波書店)がある。
『小学一年生』2021年10月号 別冊HugKum 構成・文/神﨑典子 写真/カミヤト凸凹保育園、文化教室
1925年創刊の児童学習雑誌『小学一年生』。コンセプトは「未来をつくる“好き”を育む」。毎号、各界の第一線で活躍する有識者・クリエイターとともに、子ども達各々が自身の無限の可能性を伸ばす誌面作りを心掛けています。時代に即した上質な知育学習記事・付録を掲載しています。