「一倍」は「二倍」の意味だった!
「倍」という漢字には、「2倍」という意味がある
実は「一倍」という語は古くは「二倍」の意味で使われていたのです。「倍」という漢字自体に2倍という意味もあるので、「一倍」でも2倍の意味だと考えられていたようです。たとえば平安時代の『今昔物語集』の巻第14・38の説話には、次のような「一倍」が「二倍」の意味で使われている例があります。
「舅僧(しゅうとそう)の銭(ぜに)二十貫を借用して、彼(か)の国に下(くだり)ぬ。一年を経(ふ)るに、借(か)れる所の銭(ぜに)一倍(いちばい)しぬ」
しゅうとの僧の銭二十貫を借用して彼の国(ここでは陸奥国)に下った。一年経(た)って、借りた金が二倍になった。という意味です。しゅうとの僧からお金を借りていますが、このお坊さん、高利貸もしていたのです。何しろ、借りた金が1年で「一倍」、つまり2倍になってしまうほどの高利です。この金を借りたのはこの僧の娘婿でしたが、しゅうとは取り立てに容赦なかったので、婿はしゅうとを殺害しようと手足を縛って海中に投げ込んでしまいます。
何だかミステリーっぽいのですが、残念ながら(?)そういう話ではありません。経を唱(とな)えた御利益で、しゅうとは助かるのです。
話を戻しますと、「人一倍」は「一倍」の古い意味が残っているわけです。でもだからといって「人一倍がんばる」は、べつに人の2倍もがんばる必要はないと思います。人よりもちょっとだけがんばればいいのです。
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。最近は、NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。