「浮世草子(うきよぞうし)」は、江戸時代の「元禄(げんろく)文化」を代表する文学です。戦国の世が終わり、平和で豊かな暮らしを享受する人々の心情にぴったりとはまる内容で、一大ブームを巻き起こしました。浮世草子の特徴や、代表的な作家「井原西鶴(いはらさいかく)」について分かりやすく解説します。
そもそも浮世草子とは?
浮世は「世の中」を、草子は「書物」や「読み物」を指す言葉で、浮世草子とは「世の中のことを書いた読み物」という意味です。
世の中の出来事をリアルに、面白おかしく表現した浮世草子は、文芸作品の新しい形式として受け入れられ、人気となりました。
浮世草子が書かれた時期と、流行のきっかけを作った人物を見ていきましょう。
江戸時代に流行した小説のこと
浮世草子は、江戸時代の前期から中期にかけて、上方(かみがた、京阪地方)を中心に流行した小説の総称です。
1682年(天和2)に、井原西鶴が発表した「好色一代男(こうしょくいちだいおとこ)」を皮切りに、約80年続きました。
この頃は、長く続いた戦乱の世が終わり、人々の暮らしにもゆとりが生まれていました。「天下の台所」と呼ばれ、経済の中心地だった大坂では、特にその傾向が強く、力をつけた商人を中心とした「元禄文化」が花開きます。
浮世草子は、これまでの「憂き世(辛く、はかない世の中)」が「浮世(楽しむべき世の中)」に変わった元禄の時代を象徴する文学です。
浮世草子の代表作家「井原西鶴」
井原西鶴は浮世草子の作家として、真っ先に名前が出てくる人物です。
もともとは商人でしたが、15歳のころから俳諧師(はいかいし)に弟子入りし、21歳のときには大きな催しに参加して名を残すほど上達します。
1675年(延宝3)、34歳で妻に先立たれたのを機に、商売をやめて出家し、俳諧師として本格的に活動を始めました(俳号は鶴永)。俳諧は、江戸時代に庶民の間で栄えた、文学ジャンルの一つです。
井原西鶴の俳諧は、作風が奇抜で、「阿蘭陀流(おらんだりゅう)」などとからかわれることもありましたが、本人はあまり気にしていなかったようです。
その後は作家に転向し、1682年にデビュー作「好色一代男」を刊行します。1693年(元禄6)に亡くなるまでの10年にわたり、人気作家として活躍しました。
井原西鶴と同じく元禄文化を代表する人物として、俳諧の松尾芭蕉(まつおばしょう)、人形浄瑠璃の近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)、画家の尾形光琳(おがたこうりん)などがよく知られています。
浮世草子の内容
浮世草子には、当時の庶民の生活スタイルや考え方が、ありのままに描かれています。恋愛・仕事・お金など暮らしに沿ったジャンルを扱っている点は、現代の小説にもよく似ています。
主なジャンル別に、浮世草子の内容を見ていきましょう。
町人の生活
浮世草子はテーマによって、大きく「好色物」「武家物」「町人物」「気質物(かたぎもの)」の四つに分類されます。
好色物は男女の恋愛、武家物では武士の生きざまがテーマです。町人物は主に商売やお金のことをメインに、気質物では特定の身分や職業を扱っています。
町人物の代表作としては、井原西鶴の「日本永代蔵(にほんえいたいぐら)」が挙げられます。お金持ちになる方法や、お金の貯め方などがテーマで、小説というより現代でいうビジネス書に近い内容です。
男女の恋愛
井原西鶴のデビュー作「好色一代男」は、男女の恋愛がテーマの「好色物」です。「好色一代男」が浮世草子を生んだといってもよいくらい、両者は密接な関係にあります。
このため、好色物は浮世草子の中でも特別なジャンルであり、手がける作家も多かったようです。
当の井原西鶴は、好色物にとどまらず、武家物や町人物など次々に新しいジャンルを開拓し、後の作家の進むべき方向を示しています。
浮世草子誕生の歴史
浮世草子は、どのように生まれ、どうして廃れていったのでしょうか。その前身といわれる「仮名草子(かなぞうし)」の誕生から、流行が終わるまでの流れを見ていきましょう。
先に誕生した仮名草子
「仮名草子」は、漢字が読めない人でも簡単に読めるように、仮名や仮名混じり文で書かれた書物の総称です。江戸時代の初期に誕生し、庶民の間で普及しました。
仮名草子が生まれる以前に、庶民向けの読み物として作られていたのが、「御伽草子(おとぎぞうし)」です。
ただし、御伽草子は手書きで複製していたため、上流階級など一部の人しか入手できませんでした。
一方の仮名草子は、木版を使った大量印刷により、広く普及していきました。これにより、庶民も気軽に文学に親しめるようになり、浮世草子の流行につながったとされています。
庶民に人気を得た浮世草子
仮名草子の内容は、人生の教訓や啓蒙的(けいもうてき)な説話から、名所案内、事件や災害のレポートまで多岐にわたります。
著者は主に知識人で、浮世草子に比べると堅苦しい内容でした。「戦国大名の一代記」のような、昔の人や出来事がテーマの作品も多く見られます。
いっぽう浮世草子では当時の町人が主人公となり、色恋や仕事に向き合う姿が描かれています。
井原西鶴のような町人出身の作者が書く浮世草子は、身近でリアリティーのある娯楽小説として、庶民に支持されたのです。
浮世草子の流行の終わり
井原西鶴の後に活躍した作家「江島其磧(えじまきせき)」は、歌舞伎や浄瑠璃の構成をヒントに、新しいジャンル「時代物」を手がけて人気を得ます。
しかし、江島其磧の死後は、力のある作家がなかなか現れず、時代物のベースとなっていた浄瑠璃も衰退していきました。
出版社や作家たちも、さまざまな手を打ちますが、効果はなく、江戸で興った新しい文学に取って代わられます。
多くの作品が世に生まれた浮世草子
浮世草子が誕生した背景には、戦(いくさ)のない平和な時代になったことや、印刷技術の進歩があります。
生きることで精一杯だった庶民が、自分たちの言葉で、自分たちの暮らし方や心情を表現し、楽しむ余裕ができたのです。
浮世草子の歴史を学べば、元禄文化を盛り上げた、当時の上方庶民のエネルギーを、少し分けてもらえるかもしれません。
もっと知りたい人のためにおすすめの本
河出書房新社 ビジュアル入門 江戸時代の文化「京都・大坂で花開いた元禄文化」
壮麗華美な「桃山文化」の影響を受けながら、江戸時代前期は、三代将軍徳川家光の治世のもとで上方(京都・大坂)中心の文化が賑わいます。そして五代将軍綱吉の時代には「元禄文化」が一気に花開きます。当時の貴重な絵とともに、元禄文化の魅力を解説しています。
小学館 新編 日本古典文学全集65「浮世草子集」
井原西鶴以降、主に上方を中心に花開いた浮世草子の傑作三編を収録。「好色敗毒散(こうしょくはいどくさん)」「野白内証鑑(やはくないしょうかがみ)」「浮世親仁形気(うきよおやじかたぎ)」、いずれも、江戸時代の人々の色と欲の生態を活写した庶民文学の代表作です。現代にも通じる庶民の愚かさや哀しさが読みどころです。
小学館 新編 日本古典文学全集66~「井原西鶴集」
“好色”の語のためか、近代小説の祖として名高い「好色一代男」は教科書で見ることがありません。でも古典としても風俗小説としても面白い西鶴は、パパ・ママ世代の教養としてぜひ読んでおきたいところ。全集として手元に置き、代表先「好色一代男」や「好色五人女」「好色一代女」をじっくり紐解いてみませんか。
サライの江戸 「江戸庶民の暮らし」
「サライの江戸」シリーズです。この第2弾では、庶民・職人の長屋から、湯屋、高級料亭まで、落語や歴史小説でおなじみの空間を完全CG再現。さらに、庶民の食事処大図鑑や、あらゆるものの値段を現代の価値に換算する物価・収入チェック、また町全体が巨大テーマパークともいえる江戸の娯楽大解剖なども試み、1冊で江戸庶民の暮らしのすべてがわかります。
構成・文/HugKum編集部