行き詰まった育児を積み木が助けてくれた【おもちゃ美術館・子どもには物語のあるおもちゃを3】

日本をはじめ世界各国のおもちゃに触れて遊べる体験型ミュージアム「東京おもちゃ美術館」にまつわる、おもちゃと遊びのプロたちがおすすめのおもちゃを紹介するこの連載。続いてのご登場は、副館長の石井今日子さんです。

ご自身の初めての育児を振り返りながら、思い出の積み木「アムステルダム」と、子どもが自分で見つける遊びについてお話いただきました。

行き詰った育児の突破口となったおもちゃの存在

生まれ育った福岡で幼稚園教諭、保育士として勤務していた石井さん。夫の転勤で東京へ来たのは妊娠8ヶ月のときでした。

「子どもが生まれるのがとても楽しみで、不安はありませんでした。自信があったわけでもないんですけど、子どもが好きで仕事にもしていたくらいですから、子育てで困る気はしなかった。ところが、生まれてみたらとっても大変だったんです(笑)」

保育士として子供には慣れていたはずなのに…

親も友達も知り合いもいない地での初めての出産・育児。仕事ではプロとして子どもと接していた石井さんでも、昼夜問わず泣き叫ぶ赤ちゃんを前に途方に暮れ、孤独を感じたそうです。

「長男は神経質な子でした。今思えば、私が神経質だったのかもしれないんですけどね。とにかく一番憂鬱だったのは、朝起きたら1時間も泣き叫ぶこと。だから起きる前に足音すら立てないようにして家事を済ませ、長男が起きてきたらすべて彼のためにしてあげられるようにとがんばっていました。でも、ある時もう疲れ果ててしまってね。『いい加減にしなさい!』って別の部屋でふて寝をしたんです。すると、長男はどんどんエスカレートしてギャンギャン泣き、私の中の悪魔の心には、ざまあみろみたいな気持ちがありました」

ところが、しばらくするとピタリと泣き声が聞こえなくなります。なにかあったのでは?と逆に心配になった石井さん。慌てて見に行くと、壁に向かって一個一個積み木を積み上げる長男の姿がありました。

写真/石井さん提供

顔は涙でベトベト、おむつはパンパン。全部積み上げ、もう積み木がなくなると「おなかすいた」と言って機嫌よくごはんを食べたそうです。

子どもには自分で遊びを見つけ出す力がある

オランダの町並みを再現できるおしゃれな積み木が突破口に

オランダのアムステルダムの街並みを誰でも作り出すことができるオシャレな積み木「アムステルダム」。福岡の幼稚園を退職する際、同僚の先生方に贈ってもらった大切な積み木が教えてくれたのは、子どもが持つ力でした。

「私はまだひとりで遊べないと思っていたの。泣いたら親が泣きやませないといけないと思っていたし、いつもこの子にとって“いいこと”をしてあげなきゃいけないと思っていました。でもね、この子は積み木を積み上げることで、ぐちゃぐちゃとした気持ちを自分で解決しようとしていたんです」

その一件以来、長男は毎朝泣きながら起きると、積み木をひっくり返して一個一個積み重ねるという日々が半年ほど続いたそう。本来子どもには、自分で見つけ出す力があるのです。

「また、教育の現場では幼児のうちに『非認知的能力』を身につけておきたいといわれます。具体的には、最後までやり遂げる力、思いやりなど他者と協力する力、感情をコントロールする力などのことですが、これらは遊びの中でこそ育つものです。そしてまた、与えられた遊びの中にはありません」

長男が毎日繰り返していた積み木を積むということ。気持ちを落ち着かせる道具としては、「アムステルダム」でなくてもよかったのかもしれません。しかし、これは自分で見つけ出した落としどころであり、遊びだったのです。

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一緒に遊んだ時間はかけがえのないもの。時を経て親にとっても喜びに

積み木が好きな長男とウルトラマンが好きな次男。ずっとそんなふうに思っていた石井さん。2人が中学生になった2011年には、東日本大震災が発生。当時、東京おもちゃ美術館では被災地でおもちゃの広場を開催したり、おもちゃを贈る活動を行いました。

「わが家でも、比較的きれいだった積み木を被災地に贈ろうという話になりました。長男は『みんなのために使ってほしいと思う』ってすごく賛同してくれて、思い出の積み木だけど、遊びつくしたからこういうことを言ってくれるんだと感心しました」

では、ウルトラマン好きの次男は?

「『お母さん、あげてもいいよ。だけど、最後にもう一度みんなで遊びたい』って言うんです。このとき、次男も積み木が好きだったということを初めて知ったの。決めつけてはいけないんだなと教えられたと同時に、あまり自分のことをしゃべらない子だったから、積み木遊びもすごく好きだったって本人の口から聞けて、本当にうれしかったんです」

家事や育児に追われていると、一緒に遊ぶことをわずらわしく感じることもあるかもしれません。しかし、子どもの頃に親子で一緒に遊んだ時間は、大切な思い出として心のつながりとして残るものだと石井さんは言います。

「時間が経ってからでも、必ずごほうびとして親に返ってきますよ」

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アムステルダム HABA(ドイツ)
主な材料:木製
セット内容:積み木4cm基尺114ピース、パーツ52個
価格:14,580円(税込)

お話を伺ったのは

石井今日子|東京おもちゃ美術館 副館長
認定NPO法人芸術と遊び創造協会 子育て支援事業部部長。幼稚園教諭、保育士などの経験や、自身の子育て体験を生かし東京おもちゃ美術館の「赤ちゃん木育ひろば」立ち上げを担当。おもちゃを通して日本の木の良さを伝える「木育(もくいく)」を広めている。2児の男の子の母。

記事監修

おもちゃ美術館|木のおもちゃ

日本をはじめ世界各国のおもちゃに触れて遊べる体験型ミュージアム「東京おもちゃ美術館」。認定NPO法人芸術と遊び創造協会運営。「赤ちゃん木育ひろば」など、親子で木のぬくもりに触れる場を提供。長門や鳥海山木など全国に姉妹館が。おもちゃを通して日本の木の良さを伝える「木育(もくいく)」を広めている。

取材・文/木村亜紀子

 

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